宿屋のおやじ日記 -75ページ目

394. 昨夕 白沢センセより御連絡

昨日の夕方四時ごろ 白沢氏ご本人より お電話がありました。

確かに あの時は かなり酔っ払っていて 髄分あれこれしゃべってしまった

けれど、面白おかしくを狙って オーバーにお話しした部分もかなりあって

活字になるとですねー、と少し弱りきられた御内容。


そこまでお伝えいただければ 書くわけにもいきません。とにかく伏せまして

いつか又 カクテルスナック ロペ で続きのお話しを聞く事と致しましょう。


さて エレベーター前での青年は・・・・・・。


「 えっ ? ハッ ? 僕でできる事でしたら 協力しますが・・・・。」なるべく

山口 いや 長門弁が出ないように気をつけながら・・・。


「 そう ? ありがとう。実はね お宅の大学の一人に 私の 一番嫌いな

タイプがいてね、その男に まとわりつかれて 困っているの。」


「 そうですか。で僕は何をしたら いいので・・・・・。」


「 しょうか。」が口に出るのと コンパの会場のドアが元気に開いて大音響の

音楽と 「 オイ おまえ 」と声がするのが同時だった。間違いなく この声の

主が そのおかたらしい。


彼に背中を向けている彼女が 小さく 口を鳴らすのと一緒に むんずと 僕の

右腕に彼女の手が入ってきて まだ移動していなかった エレベーターの中に

引っ張りこまれた。


「 ゴメン 一階までで いいから お願い。 」


こんな出会いがあるのだろうか。高校時代に観ていた 「 これが 青春だ 」や

「 青春とはなんだ 」みたいな青春ドラマの一シーンみたい。 ポッと出の山口

の田舎の若者が突然にテレビの主人公になったようで 正直 喜んでいた

のだけれど 一階で降りて その後の記憶が定かでないのですよ。


近くのコーヒー店かなにかで お礼を言われて 名前と住所の交換をして 僕は

また 会場に戻ってしまった・・・。


翌朝 チケットをくれた友達にその流れを伝えたら 「 おまえ、バカじゃないの。

そこまでの出会いがあったら そのまま 消えちゃえよ。全く 田舎もんは 

駄目だなー。」とひどくののしられて へこんでしまった。


確かに会場に戻った僕は 目ざとく そのトラブル 僕にとってはホンワカ物語

の原因オトコに 見つけられ お前 あの子とドーユー関係なんだ。何で俺の

ジャマをするのだと、確かに 男の僕でも 付き合いをためらうようなカラマレ

方だった。


お陰で フイに腕を捕まえられた時に サワッと感じた 初めての 女の子の

胸の感覚までもが どこかに消し飛んでしまい 今でいう「 サイアク・・・。」の

一晩になっていたのでした。


「 お前がキライ だって 言ってたよ 。」の一言も言えず まったくトーキョー

っちゅう場所はヘンなところだと・・・。 「 消えちゃえ 」 もなにも 新宿駅から

たったここまで来るのに 何度もなんども道を尋ねたこの僕が 何をどう 

どこに案内しろって言うんだよ。

 

そのオトコとは その後に 狭いキャンパスだから 自然と話をするように

なったけれど 卒業するまで ぎこちない会話しかできなかった。


宿屋の おやじ のコンパデビューの思い出の一シーンでした。

393. 昨日の「 392 」の続きを書くべきや 否や

「392」の続きを書くべきかどうか 躊躇しています。


実は 昨日の朝 お客様をお送りしていましたら 関西のある方が 名刺を

出されまして「 実はね、今回の旅行で お宅ともう一軒別のホテルで 家族

旅行をどうするか あれこれ 悩んでいたのですよ。 各旅行社のクチコミや 

お宅のホームページの内容を比較しながら ここに決めたんですが、狙いに

たがわず いいお宿で 皆 満足しています。ありがとうございました。」と 

お話しをいただいたのですよ。


その会話の中に「 実は僕もブログを四年くらいやっていましてね、なかなか

ご熱心に取り組んでいらっしゃる方だなぁ、と感心しながら 読みました。」と

いう一言がございましたのでございます。


一度に汗が吹き出てきまして、


熱心に取り組んでいる事ばかりを書いているのではない事は チョイとお付き

合い頂けば すぐ御理解いただけるのですが そういう風に感じていらっしゃる

方が 多分昨夜 御自宅にお帰りになって 開いてみたら いきなり なんでも

ない学生時代のバカな思い出話になっていては( これは なんだ。今朝 折角

話したばかりなのに )となんとも不愉快にお思いになるかも・・・・・と、思い

まして・・・・・弱気になってます。


いずれ又 書き連ねてまいります。


ただ これは随分前に 書いたような気もしてまして たいした内容でないのも

事実ですから どうぞ 御期待はずれのその時には 許しておくれやっしゃ。


本当はですね、白沢センセがらみの 広島カープの選手 特に一軍ではない

方のプレイヤーの方ガラミの思い出話を書きたかったのですが とんでもない

回り道になっちまいました。 いずれ またまた。


                        宿屋の おやじ でした。

392. 思えば

カープ優勝で 後楽園球場の外野から人工芝のグラウンドに飛び降りた事は

書いちゃいましたし、それは 三年の時でした。


マドンナの事も 学校名が出ると ある特定の女性が分かってしまうので 

ヤッパリ伏せといた方が無難そうだしなぁ・・・。


やっぱり 白百合との合コン デビューの事かなぁ・・・。


と思いつつ・・またまた・・用が出来ました。 いずれ又 御案内致します。


「 ネェ、あなた 成城の方? ちょっと 困っているんだけれど・・・。」


酒を飲めば まっ赤になるのは知っていたし 第一 コンパ、なんて催しものの

参加も初めてで 何を着ていくべきかも分からない 山口を出て数週間の

十八歳の男の子が 三十分遅刻して到着した 新宿のとあるビルの何階かの

会場のエレベーターを降りたとたんに、 その少し 血相が変わった かなり

イライラした感じの ただし おきれいな女性が 立っていらしたのでした。

ジャンジャン。

             

アノ頃の 素直さ と 純粋さ  を思い出しつつ ホンワカほんわか これを

書いている

                        宿屋の おやじ でした。

391. 無事 お盆期 通過

事故も無く 無事に お盆が過ぎました。皆様 お元気にお帰りの事と思い

ます。宿屋の おやじ です。


昨夜は 山口DCの「 と゜こでも紙芝居 」も おとずれ川河川公園で開催され

ました。


毎年の湯本温泉の納涼祭の 締めのエレキバンド( なんて言葉は 死語です

かね。今はなんて言うんでしょうか。ロックバンド ??? )「 Fストリート 」の

ボーカル 白沢氏にも 久しぶりにお会いして ポニョ いや ゴニョゴニョ 

世間話・・・・。


氏は 昨日の紙芝居の話し手も兼ねていらっしゃって 早目に来られていたの

だけれど いきなりの挨拶が「 あぁ お元気でしたか。久しくブログの書き

込みが無いんで また 再発か何かで お具合を悪くされているのかと・・。」と

キツメのジャブ一発。


確かに、数日記入はしていないけれど ホンの三日ほどだと 反論しようと

思いつつ 他にいろいろ話したい事もあったりしたので 「 それは どうもどうも

」のお愛想笑い。


流石に現役の中学校の国語の先生は 登場されるたびに 進化なさってて 

昨夜も素晴らしい出来でして 油谷の だいだいの花 のオーナー 湊氏も  

感心しきり。


ギター片手にこられていたのは見ていたから 折角来られたお客様のため

にも一曲歌ってもらおうと 終了後に シャシャリでまして


「 今の話し手は 萩の第一中学校の現役の国語の教師です。おとずれ

あかりみち という素敵な歌の作詞作曲もされています。湯本温泉のホーム

ページにも、 各ホテルにも ページに載せておられるところもありますから

お帰りになられたら 是非 お聞きになられて下さい。僕は湯本温泉

旅館協同組合の専務です・・・。」と


( ここまで書いて 夕方書くつもりが 夜が明けちゃいました。今 十九日の

   七時です )


少々 ビールの影響もあって 早速 先生にも 歌っていただいて 

「 よかった。良かった・・・。」と自己満足していましたら あははは、


白沢氏から 「 今は 第一中学校は ありません。萩東中学校です。」 と


それだけまらまだしも 旅館組合の事務局長からは


「 社長、水津さんは 専務じゃありません。副理事長ですよ・・・。」・・・・・・・。


なんと 自覚の無い事よ・・・。我ながら 不始末に 笑うしかなかった

宿屋のおやじ でした。

    

それからの二次会の カクテル すなっく ロペ での話は 又 後ほど

ノチホド・・・。


東中学校の僕達の同級生のマドンナのお話。広島トーヨーカープの二軍

選手の思い出話。大学二年の折のカープ初優勝の思い出話。つれづれ

書いてみますか・・・・・・。

390. まだ 暑い・・・・

「 この納涼盆踊り大会が終わったら 一挙に 温泉の郷は 秋です・・・・・。」

なんて一言を つい文章の流れ上 書いたのですが、見事に 大はずれ・・・。

タハハハ・・。

 

ますます暑くなった 温泉のサトでした。


やはり 不確かな事は書いてはいけません。


昨日は、 一昨日の その祭の片付けでした。無事にほとんどの飾り付けの

道具が 来年の為に それぞれの保管場所にしまわれました。


ただ 湯本中央の 野口雨情氏の歌にもあります 「 千代橋 」には まだ

紅白の布に巻かれた やぐら と 踊りの輪が広がった赤いちょうちんだけが

17日の解体の時まで 立っています。


あさって頃からは おとずれ川の清流のそばでの 「 ちいさな音楽祭 」や

「 どこでも紙芝居 」など 山口DCの企画ものが スタートいたします。


キチンとした日程を把握していず ウソを書いてはいけませんので よく確認

してから報告いたします。

 とにもかくにも 元気に過ごしましょ・・・・。 宿屋の おやじ でした。

389. 本日 湯本温泉納涼盆踊り大会

19時半から 湯本温泉の中央 おとずれ川を挟んで「 湯本温泉納涼盆踊り

大会 」が開催されます。


今年も お天気はとてもいいようで ホッと一安心。


「 浴衣コンテスト 」「 たった二行のラブレター 」の優秀賞の発表や 毎年の

カレイのごとく・・・、いえ、 Fストリートのライブ や さだまさしさんの永遠の

名曲「 精霊流し 」をBGMに 精霊流し など等 様々な企画が進められます。


昨日も 客室に御挨拶に行きましたら 「 あぁ どうもどうも、 楽しく読ませて

もらってますよ。」と 御返答いただいたお客様がありました。


あぁ、ありがたいな、と思いつつ ヤッパリ ドギマギ・・・。


この納涼祭がおわったら たちまち 秋の気配に変わります。


確か あと数年で五十周年を迎える この企画、 飛び入り参加も大歓迎。

気楽に御参加下さい。


昨年みたいに 懐かしい友達が 尋ねてきてくれないかと心待ちの 

宿屋の  おやじ なのでした。

388. 思い思いにおくつろぎ

不確かな記憶から。


アメリカの大財閥の総帥 ロックフェラー( 何代かは忘れました )氏に「 一番

くつろげる時間は何をしている時か 」を聞いた あるお方の思い出話。


浴衣を着て 日本庭園を見ながら 座布団を枕に 横になっている時・・・・と

回答されたと 何かの本で読んだことがある。 随分と昔の事で、この本が

日本人のサツか いえ、作家では無かったから その時には 社交辞令では

ないと感じて 随分 喜んだ記憶があるのだけれど・・・・・。


確かに 浴衣は 心身ともに ユッタリさせる効能があるようでして これは、

ご婦人方にも共通しているみたいです。


ツイ先ほど エレベーターから 降りてこられた 妙齢のご婦人。

当社のロビーは三階にあって、エレベーターを降りられるとすぐの右手が

ご到着された皆様がいらっしゃるフロントカウンターになっていて、このときには

たまたま複数のクループがチェックインの手続きをされていました。


この方 なんと、浴衣の裾をはしょっていらっしゃったのですよ。


何人かの方が、僕もそうでしたが、 ギョッとしまして その視線から 御自分の


( 只今十八時。すみません。御夕食のご挨拶にて おいとまいたしました。

 今は、二十一時になっております。  )


何らかの御事情で そうされていたことを思い出されたようで 慌てて直されて

またお部屋に帰っていかれました。

随分と浴衣に慣れていらっしゃった方なのか お孫さんなんかとオアソビに

なられるのに そうされていたのか 不明ですが 温泉宿での思い出としての

ヒトコマとして忘れさせて頂きました。


大事な事まで忘れるようになってはいけないぞっと、言い聞かせながらこれを

打っている 宿屋の おやじ でした。

387. 県立 大津高校 軟式野球部 残念

我が母校 県立 大津高校 軟式野球部は、 残念ながら 西中国大会の

準決勝で 広島商業に 1―2で敗れ 全国大会出場は叶いませんでした。

残念です。が、よくやってくれました。


僕の子供達が在学中には( 改めて 三人の子供の在学期間を通算すると 

八年になるんですね ) 全国大会には 何度か出場してくれて そのうち

一度は全国制覇もしてくれて、その上 準決勝までも何度かあって 大津の

名を全国に広めてくれました。


昨年も 地区優勝を果たし 全国大会にも出てくれたのですが なかなか 

連覇 という事業は大変なものですね。


保護者の皆様の中には、小 中 高校を通じた 後輩も多くて( さすがに先輩

は 少なくなりました ) お会いした時には 精一杯「 ご苦労さまでした。」と

労いたいと思います。


昨日は 柳井球場への応援には 行けませんでしたが、 チームプレーでの

一球一球の対応に、 もし わが子がその中にいたとしたら 緊張して 応援

なんか出来そうにない、と考えながら とりあえず大声だけは出して声援して

いた あの頃を思い出しました。


当時 宇部高校のPの会長をされていた方に「 エラーでのさよなら負け 」の

事を聞いた事があります。


「 いやー、昔はねぇ、一家挙げて家出をしようか・・・くらいに ダメージが 

あったけれど 今頃は それなりに 淡々としていて そんな事はないよ。」と

いうお返事に ホッとしながら ふと考えたのは。


そうは言われても・・・・、と ソフトテニス 水泳での競技だけで 大人数での

プレイ経験の少ない僕は、 たまに出かける高校のグランドでひたすら 珠を

追い続ける彼らを見ながら ヤッパリすごいなぁ、と心から尊敬してしまうの

でした。

386. 夏痩せ・ナツヤセ

生まれてこの方 ナツヤセ なんぞ 体験した事も無いし、逆に太る時期だった

のだけれど 今年の七月知友ジュン いや 中旬から 今日にかけては ちょこ

っと 体重が自然減程度に下がっているようで、これまた ありがたいと感謝

しております。


一時 91キロから 69まで下げた、下げざるを得なかった・・・、ものの 

ヤッパシ 何かにつけて力が出なくて つい油断したら あっという間に75まで

回復してしまった。


今は73キロほどの重さになっています。


程ほどの食料と運動で この夏を乗り切る所存。どうぞ 皆様 お元気に。



先日の 県知事選挙で 出身市の美祢市に続いて 53パーセントという高い

投票率だった 当 長門市に、 当選された二井知事が 挨拶においでになる

予定です。


七時四十分現在 昨日と変わらず 強烈な日差しの湯本温泉からでした。

385. 在来種でない トンボの集団と

二日前に川べりで出会ってから 夜中と朝方が 何となく過ごしやすくなった

ようにおもえるのですが いかがですか。


勿論 日中の暑さはそのままのようで 七時半の時点でさえ 強烈な陽射しが

事務室に入り込んでいます。


とにかく元気に 一日を過ごします。


昨日、 毎月の おとずれ夜市 じゃらんじゃらん に御夫婦でおいでいただく

方から 何で この前は中止なんかしたの。と チョイと強めの御質問を頂き

ました。


昼過ぎからの 断続的な雨と 三時前からのかなりつよい雨脚に これは

通り雨ではない、と判断して決めた事を説明して お詫びいたしました。


Jのつく全国組織にまだ在籍していた頃に 他県のある地域の催しものの

反省会で 五、六歳先輩の方が その酒席で


「 ある事業が 晴天に恵まれたら とてつもない 『 最高の 理事長 』、で

雨が降ったりしたら たちまち『 最悪の 理事長 』という評価になる あの 

評価基準は なんとかならないか。」


と 雄たけびになっていたのを 新入生の僕は ひたすら かしこまって拝聴

しつつ ( この方は 髄分と 天気に対してかなり よろしくない思い出が

おありなのだろうなぁ )と シミジミと 御同情申し上げた場面を思い出した

宿屋の おやじ なのでした。