宿屋のおやじ日記 -70ページ目

444. 他県の局のアナウンサーとしてデビュー

五年ほど前に 当時 山口県の某テレビ局のアナウンサーをされていた先輩と

我が お宿においでになって 一階の カクテルスナック ロペ で名刺交換した

のが 最初の出会いの女性がいらっしゃいました。


その後 その先輩は 結婚されて 彼女もフリーになって テレビ や 地元

エフエム局のアナウンサーをされておりました。


いつも上昇志向の 明るい おだやかな 素敵な女性で いろいろな企画に

取り組んでいただけるものですから 湯本の旅館組合 特に青年部の行事に

協力してもらったり 個人的にも 旅館の案内所の 総会後の懇親会の司会を

担当してもらったり この最近では 長門市の ふるさとまつりの総合司会も

されたりと 随分 お世話になったものでした。


一週間ほど前に 九州のある県の 主要局の局アナとしてデビューが決まった

という連絡を頂きながら 一方で 大慌てで 引越しの最中です。と結んで

あったものですから もう お会いできないものと 「 がんばってね。 」とだけ

メッセージを添えて お返事していたのだけれど 昨夜急に ちょっと御挨拶にと

その ロペ に寄って下さいました。


「 やっぱり 司会業に携わるものとして 局アナというのは その頂点にある

様な ものですから 嬉しいです。 」と 満面の笑顔で 話して下さいました。


いろいろな企画で 泊まっていただく機会は何度もあったのですが そのたびに

僕も含めて 皆が彼女を放さないもので お部屋に帰られるのが 遅くなって

当社自慢の 大岩風呂の 神泉の湯 にお入りいただけなくて、昨日くらいは

思い出に 入ってちょうだいよ と随分ねばったのだけれど、、。


やはり あれこれとお仕事も 急なことでもあったりして 申し送りが出来なくて

固め撮り が込んでいるらしく いつものように なんとも さわやかに 穏やか

におことわり頂いて お帰りになりました。


マスター は  それは あくまで表の理由で 多分 本当は コトブキ に

違いない とかなり 熱心にサグリを入れてましたが 絶対にそれはあり

ません、 その時には かならず 御一報いたします、という彼女の言葉を

信じる事にいたしました。


どうぞ元気に頑張って下さい。しばらく後の 凱旋の報告を楽しみにして

います。 お元気で K O さん。       

            

                        宿屋の おやじ でした。

443. 日経新聞 最終面「 甘苦上海 」その後

40話が過ぎて 奴といよいよ 第一戦か、と期待しておりましたら 次の章では

いきなり 「 終わった 」で話がスタートでございました。


ナンジャらホイ、と読まずにすませるわけにもいかず つい読み進みましたら

今度は 男のほうが 二十数歳年上の キャリアウーマンに その行為の採点

をメールで流すという筋書き。まったく 作家というオシゴトの方々は いろんな

発想が出来るものだと 感心してしまいます。


四、五年くらい前に ある同級生から 浅田次郎なる 作家を教えてもらって

髄分と はまってしまい 何冊も固め読みした時代があった。


いくら読んでも アキが来なくて 楽しんでいたのだが かなり後に 氏の 

「 殺されて・とられて・ たまるか 」という自伝風の本を読んで驚いた。


氏は 金融を含めた いわゆる 裏社会で 髄分長い間 御活躍だった様で

やくざ や 各種ブローカー や 一方で警察との丁々発止のヤリトリ、時には

一分一秒を争う 血みどろの闘争社会での話しがほとんどであった。


タイムマシン 風、 生まれ変わり 風、人との入れ替わり 風、よくこんなに

ユニークな発想ができるものだ。よほど これまでの 人生をゆったり 

さわやかに 和やかに すごしてこられた方だろうと 勝手に想像していたので

やくざの親分から 「 おい、アサ。少し高額の金を預けているからって なめる

んじゃねぇぞ。てめえの生命なんざ 一千万出したって つりが来る程度だって

のを わすれんな。」 なんて すごまれるくだりを読んでいたら 何の関係も

ない僕の方がドキドキしてしまった。


体験がなければ いろいろな筋書きも頭に浮かばないと思えるし、 

現実は小説よりも奇なり なんて一言もあるし、「 どんな平凡な人の一生でも

分厚い本の一冊くらいの物語ができる 」と言われた誰かの言葉を思い出して

何かの機会に 本作りにチャレンジしてみるのも おもしろそうだなぁ、なんて

考えている 宿屋の おやじ なのでした。

442. 「 クリスマスまでに 見つけNIGHT 」 11月21日.19時30分

昨日のお昼に、 表題 企画の会場の下調べに エフエム アクアのボンジ氏と

相互医師会、ウン? いや 総合司会の逆井 氏のお二人がおみえに

なりました。


今回は ギンギン キラキラ の照明関係は 考えておいででないようで ホッと

いたしました。


僕は途中で 退座しましたが その後 お二人の間で どのようなお話が

なされたのか。いずれにしても 人を喜ばせて 盛り上げられるのがお得意の

御両人ですので 楽しくて温かい雰囲気の進行になるであろう事は 想像に

かたくない。


楽しみに当日を待ちたいと思います。


一組だけでも、勿論 可能なら何組ででも なんとなく盛り上がってもらって 

アフターパーティに お隣の カクテルスナック ロペ にでも のぞいて

いただければ嬉しいですネェ。 


昨夜 御家族連れのお客様のところに御挨拶に行きましたら ホンの数ヶ月程

の男の子に 妙になつかれてしまいまして、何年ぶりかで 抱っこ いたし

ました。久しぶりに左腕にかかった重量に感動しながら どうしても不安定で、

すぐにお母様にお返しいたしましたが、やっぱりこの国のお宝ですね。


お二人の出会いから 一気に 子作り 子育てまで 飛躍する必要もありません

が、楽しい出会いの広場に育ってもらいたいものだと 考えております。


今日もよい天気になりそうな 湯本温泉の朝です。

441. ネルトン 詳細

440. の続き というか 詳細の御案内です。


日時は 今月の 21日の金曜日、19時30分より


場所は 当 湯本温泉ホテル枕水 一階の デジャビュー です。


テーマは「 クリスマスまでに 見つけNIGHT 」


スタートした時には ディスコホールとして ほぼ一年間と半年ほど 地元の

若者皆さんと お客様とで 賑わってはおりました。


ただ あの ディスコ界の王者 マハラジャ さえもが しゃぶしゃぶのお店に

模様替えする時代が到来、 それも あんなに早く、こようとは 想像も出来ず

当然の事ながら当社の施設も その後 細々とカラオケホールとして営業して

いたのでした。


時折 その施設を御存知の方々が 結婚披露宴の二次会場として 御用命

頂いたりするのが ひとつの救いであったり、スタートが そんな出発でしたから

音響は ものすごくよくて 一度ここで歌われた方からは かなりの好評を

頂いているのが最近の模様です。


ライトも使わないままで きており かなりの不備がありそうですが そこは

総合司会の エフエム アクア の人気パーソナリティ 逆井(  さかさい )氏の

リードに御任せしたいと思います。


いずれにしても おひと組でも成立して あるいは この企画そのものが 

何らかの支持をされて 継続的に 開催される事になるといいなぁ、( 当社の

場所そのものにこだわっているわけではありませんので、念のため )と思って

いる今朝の 宿屋の おやじ です。

440. ネルトン 御案内

ひとつ ふたつ前のこのページに記入した 長門市の若者の為の 出会いの

企画の日時が決まったようで 報告いたします。


今月 十一月二十一日 金曜日の19時 アレッ 半だったっけなぁ、すみ

ません、又 御案内いたします。


それと 正式名も聞かずに電話を切ってしまい これまた 改めて 御報告いた

します。


地元の エフエム局 エフエム アクア さんの主催です。


元気な 特に 男の子に頑張って欲しい、と宿屋のおやじは念じております。


宗本社長の 「 35歳過ぎても 出会いのチャンスがなくて ひとりの男女が

多い。」という一言を聞いて そういえば と あれこれ知ってる顔を思い出し

ましたが 確かに独身が多いようですね。


長門市のためだけじゃなく この国のためにも 精一杯の参加をお待ちして

います。       宿屋の おやじ でした。


追伸 


大阪のおばちゃん連みたいに あれこれ やかましいお世話好きも たまらない

けれど、 思えば 「 仲人 」という役目も 大切なお役だったんですねぇ。 

439. 秋の夜空 と 大宇宙

昨夜 珍しく 夜中の二時に目が覚めました。


これまた 何の意味もなく 夜空が見たくなって 外に出てみました。


空を見上げてビックリ。正に 満天の星。これだけの星が輝いていたのだ、と

久方ぶりに気がついて 改めて 我が家から ジャンパーを取り出して 再度

夜の星を見上げ続けた次第。


後で調べて 平成十三年の十一月十九日だと分かりましたが、当時 湯本の

真ん中辺りにあった スナック ロペ からの帰りに 丁度 しし座流星群に

出会って 興奮しつつ 走って帰り、我が家全員を 正に たたき起こして 皆で

「 うわー、すごい。すごいねー。」 「 あっ、今度はこっちだ。」 「 あっちだ。」

と はしゃぎまわった秋の一夜を思い出しました。 


酒臭いおやじの ものすごい剣幕に 「 ナンなの。こんな夜中に」「 ンもー 

眠たいんだけどー。」と たいそう不機嫌に目を覚ましながらも 「 仕方ない

なあ。」と付き合ってくれた 三人の子供達。


三人ともが 我が家を離れ 今の我が家は 愛する( と ことさらに書く必要も

ないのだけれど )妻が寝ているだけ。星がきれいなだけで起こすのも申し訳

ないので ひとり静かに二度寝をしました。


大宇宙をつかさどる 圧倒的に大きな力は 昼となく 夜となく 人が見て

いようといまいと ひたすらに全力で 僕達を見守っていてくださるのだと

何となく 直感的に感じて 子供達の無事と 関わりのある全ての人に 物に

事象にただ感謝した 宿屋の おやじ なのでした。

438.無事に おとずれ夜市 じゃらんじゃらん 終了

本年度 最後の おとずれ夜市 じゃらんじゃらん が 一昨日 曇り空の元

無事に 終了いたしました。


先月 先々月と 雨天中止だったもので やきもきしながら当日を迎えましたが

無事に開催されてホッといたしました。


アコースティックライブの出演者も 下関やあちらこちらから 来て頂ける様に

なって カクテルスナック ロペのマスターも 余裕の立ち居振る舞い。

オオトリは やっぱり このリンダマスターで締めくくってもらいました。


来年四月の第一日曜日、この日は 地元の温泉まつりと同日開催で 一年が

スタートいたします。


おいでいただいた 皆様、出店に御協力いただいた 皆様、特に今年は 夏の

ディスティネーションキャンペーンで 長期にわたり ありがとうございました。


このしばらく ゆったりと 毎月の第一日曜日をエンジョイされて下さい。


宿屋の おやじ も 天気とにらめっこ、そして 開催のプレッシャーを感じずに

すごさせて頂きます。


重ねて ありがとうございました。

   

437. 早くも十一月

昨夜 カクテルスナック ロペ さんの お嬢ちゃんを 久しぶりに拝見いたし

ました。


十二月に御出産とかで 大きなおなかを抱えて ご主人とお母様とご一緒

でした。


僕の長女と同級生でしたから 子供の頃からよく知っているわけで 「 へぇー、

あの○○○チャンが お母さんかぁ。 」と感慨一入。


しゃべらいでもいいものを、旦那さんに やれ 「 毎日 おなかをさすりながら

赤ちゃんと会話してあげて 」 だの 「 体が一番、赤ちゃんの為にも 健康に

気をつけて 」 だの つい余計な一言が続いてしまいました。


毎朝の 御出発時に かわいいお子様を見ると そのご一家の宝物であると

言うのは 勿論の事 この最近は この日本国の宝物に見えてまいりました。


つい先日 エフエム アクア の宗本社長から 「 ここ最近 仲人さんという

お世話役の方が いらっしゃらなくなって 35歳過ぎて 独身の男が随分

増えて 大きな 社会問題。お宅の 元の ディスコホールを利用して 若い

男女の出会いの場を作りたい。」という お申し出がありました。


「 ふーん、ネルトンかぁ、 いつか 既婚者用の企画もつくってよ。 」と

そこは 昭和三十年生まれの同級生同志 気楽に返事をしましたら いつになく

コウジ( 社長 )が 真剣な声で 「 オイこら、真剣な話なんだぞ。 」


で、長門市の現状の話を縷々聞かされたのでした。


企画そのものに反対はありませんし、わがお宿の一室がお役に立てればと

回答しております。今月の金曜か土曜か 詳細が決まり次第 御案内いたし

ます。


どうぞ お楽しみに。


「 ねぇ ムネモトー、いつか おチャラケで 妙な企画も考えてよ。 」


オープン披露の時には 学生時代にDJとして 福岡で活躍していた長門市時事

の竹安社長と やっぱり同級生の佐野君に組んでもらって 150名を越える

若い男女を集めてもらいました。 今ではふつうのカラオケホールになっている

あの狭い会場によく入ったなぁ、と未だに信じられない。

   

元気な長門市づくりの一つにでもなればと思っている 宿屋の おやじ でした。

436. 26日の下書きの続き

いつものように 六時前後に出社して 館内というか 事務所の中にはいるのだ

けれど アレコレと用事をすませていたら もう 四日間も空白になって

おりました。今は 二十九日の朝です。


それにしても本当に寒くなりました。


夜中の コオロギを始めとする虫達の合唱も いつの頃からか、ったって随分

前の事になるんでしょうが 聴こえなくなりました。これから来年の春まで 朝夕

は 清流 おとずれ川のせせらぎ の音ばかりになります。


いや正確には カラス すずめ ハト の声は時折聞こえております。


昨日の朝 気付いたのですが 大体同じ時刻に事務所前の細い通りを通う

子供達も いつも にぎやかなのではなくて ひたすら 静かに歩くだけの朝も

あるんだなぁ、という事でした。 登下校中には いつも誰かと 走り回っていた

記憶しかないもので なんとなく意外な思いがしました。


日経の最終面に 昨日はこんな記事が出ていました。


桂 かい枝 という落語家の「 全米RAKUGO珍道中 」というテーマにて 

得意な英語落語を20話くらいもたれた この方の キャンピングカーでの

半年間に渡るアメリカでの落語ライブのお話しでした。


以前 桂 枝雀 師匠の英語落語は 英語が苦手な僕にも それなりに理解

できて大笑いした事があるのですが この方の記事にも随分笑うところが

ありました。


かなり前にも書きましたが モノマネが得意で 創造性がない なんてよく

自虐的に わが日本の事を表現する人のあるなかで 十年前に 日本の

バブルがはじけた時に 「 それはいけない。そんな事をしたら 経済に

悪影響がでる 」なんて声高に騒いだ 欧米の各国が その時の日本の

対応と同じような事をして この金融恐慌と言われる時代に 対処しながら

悩んでいるわけですから自信を持って頑張りましょう。


ケイリン カラオケ ジュードー 最近では モッタイナイ も市民権を獲得

しつつあるとか。なんと 素敵な事なんでしょうか。


またまた 打ち込むうちに 寄り道ばかり。宿屋の おやじ でした。

435. 書き始めると

ついだらだらと長くなってしまうクセは なかなか かえられない様で・・・・。


今日もおだやかな一日の始まりです。

忘年会のお問合せも随分と入ってくるようになりました。


僕が子供の頃には お盆とお正月は オフシーズンだったそうで その対策に

ホテルオークラの橋本専務の御講演で 三宅一生 氏なんかとファッション

ショーを企画されたりしていた事を話されていました。


そういえば 小学校の低学年の頃には テレビのお正月番組を観ながら 今は

ない父と お雑煮を食べていた事もあったなぁ と、思い出した僕でした。


それも うっすらとした記憶だけだから 七つ違いの妹の時代には もう 一年

を通じてのトップシーズンで そんな思い出は多分ないのでしょう。


子供さんが 少なくなる現実の中で これからどんな旅館の役目が必要に

なってくるのでしょうか。


今では思いつかない いろんな企画物がごく当たり前のように開催されていたり

するのでしょうね。


オンシーズンの土曜日という混雑が予想される一日の朝の曇った空を

見上げながら ふと あれこれ考える 宿屋の おやじ でした。 


いつもこれくらいで終われると いいんですが。   でした。    ではまた。