話題になりましたね。

ドラマ化に映画化にと、随分と忙しい本になったようです。


その流れにのって、私も読みました。


本当は去年の暮れには手に入るはずが、在庫不足の為、

入手困難に陥りつつ、やっとの思いで手に入れました。


話題になってはいても、とりあえず流れにのろうと思っただけで、

特に期待もせず読んだのですが、面白かったです。


見た目、マザコン男のセンチメンタリズム全開のお話に陥りそうな所を、

エキセントリックなオトンの存在が気持の良いユーモアの風を吹かせて

全体的にほんわかヒューマンドラマに収まっている。


誰にでもありそうで、誰にでもあるわけではない家族の絆、愛。

離れているからこそ解る家族の有り難味。

一緒にいるからこそ感じる家族の疎ましさ。

それを素直に書き綴る、リリーさんの自叙伝。

解りすぎる位に解って、鼻の奥をつんとさせながらも、笑った。


その中でも、時々挟まれる、「ある人は言った」の引用が心に残る。

遠い昔の過去から、つい最近の過去を振り返り、現在に至る自分に課された

時間の流れの残酷さが、骨身に沁みる。

誰もが経験した時の流れの痛みに何かを学び、

その時には解らなかった事、想像だけで、「そういうものなのかもしれない」と思った

言葉の一つ一つが、自ら経験する事によって、いつの間にか自分の言葉となる。


世代の違いで、本文中の事柄全てに共感できる訳ではないけど、

一つ一つのその世代を生きて来た人の生の感情に気持は揺す振られた。

90年代、ミレニアムを自分の時代として迎えたゆえ、

いずれは今起こっている事を自分の時代として懐かしみ語るときが来るのかもしれない。

「昔は良かった」なんて、絶対言いたくはないけど、

自分の生きた時代を何かしらの輝きし時代として語れる日が来る事を望んでいる事も、

やっぱり否めない。

そして、その時代を傍観する側に、今となってはなってしまっている我が両親の死を

いずれは迎える事も、やっぱり否めない。


元気でいる事が当たり前の両親。

それでも、遅くに生まれた子供であるがゆえ、

他の友達の両親よりも、早くに両親の死を迎える事になる事実。

年老いた両親を恥ずかしく思っていた事も、

そんな両親に苦労を掛けた事も、全てが思い出になる瞬間。

その時が、少しでも先に伸ばされることを望まずにはいられない。



本の詳細はアマゾンで↓

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私の持論で、 本との出会いは一期一会 だと思っている。

この本はまさにそれだったと思う。


去年の年末、仕事でNYに行って、ここぞとばかりに買い漁った中の一冊。

私が住むボストンには日本の書店がない為、日本の本を入手するのがとても困難。

大抵はネットであれやこれやと物色し、日本の家族から送ってもらったり、

図書館で僅かながらも提供されている日本の本を借りる。

運がよければ、ボストンのコミュニティサイトで売り出されている本を手にする事もできる。

それでも、自分で選んで本を買う機会というのは本当に少ない。


そんな中でのNY行き。


願っても無いお話。


交通費だって、ホテル代だって会社持ちだし。ラブラブ

限られた時間でどれだけ良い本に巡りあえるか。


まさに 一期一会


それでも、事前にネットでリサーチしてある程度は買う本を決めていった。

予算的に新書を買えるのは2冊まで。

あとは、BookOffで一冊$1~5の間で直感で選ぶ。


その中に「夜のピックニック」は残念ながら含まれていなかった。


リサーチをしている中で、何度となく目に触れながらも特に購買欲をそそられる事もなく、

いざ、紀伊国屋へ。


目指すは重松清の「その日のまえに」とリリー・フランキーの「東京タワー」。


が、しかし!


重松さんの本はあったものの、リリーさんの本は売り切れごめん。


なんと!!


買う気満々の所に水を差されたような気分の中、とりあえず店内を徘徊。

次いつ来れるか解らない事を考えると、何か代替物が欲しくなる。

それが、「夜のピクニック」


買って良かった。


出会えて良かった。


久し振りにそう思えた良作。


別に劇的な事が起こる訳でも、ドラマティックな事があるわけでもない。

ただ高校生が「歩行祭」なる行事で夜通し歩いているだけ。

それなのに何故か悲しい位に優しい気持を思い出す。


私の学校にも 「競歩大会」 なるものがあった。

たかだか10キロの道程を走ったり、歩いたりを計算しながら

制限時間内にゴールをするというもの。


「ねぇ、どこまで走る?」


「とりあえず、橋のところまでは走ろ。」


友達同士、はぁはぁ息切れをしながらも軽いおしゃべりをしながら走った。

ある程度走ったあとは、秋色に染まった田園風景の中をのんびり歩いた。

その間、友達は入れ替わり、立ち代わり、

一体、誰と、どんな話をしたのかなんか、全く覚えてない。

前日に見たテレビの話だった気もする。

恋の話をした気もする。クラスメートや先生の噂話だったような気もする。

将来の話や、夢の話、自分という人間についての話だった気もする。

ありとあらゆる話を、前を行く人を追い抜き、追い抜かれしながら話した。

汗ばんだ皮膚を風に晒し、徐々に体力を奪われ重くなった体を引きずるように

ただひたすら歩いた。

軽快だったおしゃべりも途切れがちになる頃、沈黙に耐えられなくなった

一人の友達がつまらない悪戯をする。


「あっ、パンダ。パンダ


「え!どこ?どこ?」


「いるわけないじゃん。」


そりゃそうだ。。。



平日の昼間、クラスが潰れて嬉しい反面、邪魔臭い行事に辟易していた。

ただ疲れるだけの学校行事。

それでも、みんな疲れながら、呆れながら、笑っていた。

きっと、楽しかったんだろうな。

日常の中の、非日常的なその一時が、楽しかったんだと思う。


あれから10年。あの頃の友達とは無縁になってしまった。

みんなどこで何をしているのか知らない。

今となっては、顔も名前も思い出せない同級生もいる。

生きているのか、死んでいるのか、それさえも知らない。

同じ時を過ごして、同じ思い出を共有している事さえ、幻想のような気がしてくる。


「夜のピクニック」を読んで、言いようの無い切なさを思い出した。

高校生だった私。

恋とは無縁だったけど、大好きな友達がいて、愛すべき家族がいた。

誰もが通る反抗期を過ごし、見えない未来を思い焦燥感に駆られた。

笑って、泣いて、悩んで、それでも高校生でいた私。

あの頃はもう戻らないけど、私という時間軸の中、確かに存在している。


幼稚で不器用で、それでも精一杯だった10代という時間を

世界中のキレイを全部集めても足りない位の美しさで描いてくれた傑作。




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28歳になって3日が過ぎました。

その3日間がこんなに怒濤な波日々になるとは・・・。


当日→ 友達とお食事。(まぁ、これは良し)  (*^o^*)


1日目→ 友達の引越しの手伝い。仕事が終わってからだったので、かなり疲れた。(-。-;)


2日目→ 仕事最終日。失業。支店の方に見送られ、NY支店の方からは手作りカードラブレターを頂きました。

      ("たまたま”暇だったから作れた、と散々言われるも、かなり嬉しかったです!)(=⌒▽⌒=)

      

      仕事上がりに、友達の引越しアゲイン。


      ちっちゃい子なのに、クイーンベッドなるものを愛用し、移動中、そのフレームが

      足の甲に落下し、負傷。手裏剣 滅茶苦茶痛かった。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


      何とか全ての荷物を運び込み、引越しをした本人が召集したルームメート(以下RM)と、

      何故かそのRMの元カノ(現在、ボストン市内の語学学校に通うという名義で放蕩&居候中)と

      遅めの夕食をウェンディズで食べに行くも、RMが元々カノと電話をしていて、

      元カノが切れて、いやぁ~な空気満々。

      私と友達がいる前で、RMを激しく罵倒するも、1分後にはマシンガントーク爆弾を炸裂し、

      私と友達の度肝を抜く。何を考えているのか、さっぱりわかりません。

      

      というか、恐い。 

      

      おんなじ女だというのが、これまた嫌になる。

      こういうヒステリックな女を久し振りに見た。

      若さゆえ、ですかね?


3日目→ 記念すべき プー 第一日目。

      

      平日に朝寝坊をして、少し、気が重い。

      引越しを手伝った友達からお昼のオファーを受けて、とりあえず身支度を終了。

     

      「今からいくねぇ」と、一本電話を入れて、バスルームで歯を磨いていると、

      突然、天井から猛烈な勢いで ダウン が漏れてきた。

      

      今の家に引っ越してきてから約2年。

      たびたび、水漏れを起こしていたがその 洪水量波 が尋常じゃない!


      思わず、歯ブラシを銜えて、泡だらけの口のまま後ずさりしたら、

      ドアの横に立てかけてあった扇風機を倒し、倒れた扇風機が、

      その前に立ててあったRMのキーボードの足を倒し、その間に挟まれつつも

      目の前ではさらに勢いを増してが落ちてくる。波


      「どうした?どうした?」


      と、これまたたまたま家にいた我がRMの救いの元、

      とりあえず、口の中の泡を除去。

      私の横で、RMが


      「またかぁ?」


      とはいえ、やっぱりおかしい!!

      慌ててアパートのマネージメントオフィスに直行。


      オフィスに申告して、走る人 家に帰ってみると、

      何故かリビングの電球の隙間からも ダウン !!!!


      「えぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーー!!!」



      やばい!やばい!やばい!やばい!やばい!


      慌てて家中のゴミ箱総動員し、が滴ってくる下に置くも、

      直ぐに満杯になっていく。

      しかも、家にあるゴミ箱だって限りがある!!


      と、ここに私たちの尋常ならぬ気配を察知し現れたのがお隣さん。

      日本びいきのキティちゃん好き、いつもレースやピンクのものを身に纏っている

      その名も 「パー子さん」 (ただ単に、私達がそう呼んでいるだけ。本名不明)


      渡された3つのゴミ箱は、やっぱり全て「キティちゃん」

      すばらしい。


      とか、言っている間にも、自分の部屋の天井からもがぁぁぁ!!!

      しかも、ベッドの上のひび割れから汗が滴り落ちてくる。。。


      何てこった・・・・。


      パー子さんの提案で、私のベッドとPCをお隣さん家に一時避難。


      


      水浸し


  一段楽して、変わり果てた部屋。


  家のあちこちが浸し。


  生活に必要なものは、水源から離れた場所に避難させて何とか無事。


  で、考えたのは、儲けようぜ!!!


  ← 左の写真とか、色々写真を取って保証金請求お金





 もちろん、皆に言われて 写真カメラ を取り捲りました。


 RMはミュージシャン音譜で、様々な 楽器カラオケヘッドフォン や 機材 テレビパソコン がやまほどある。


 で、壊れた、って事にして お金お金 を取るか。


 人間、強い生き物です。


 オーナーやリペアーマンに向かって、RMは


「It's so Baaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaad!!!!!!!!!!!!!」 


を連呼。


その横で、私はとりあえず溜息を付き捲りました。


演技派。ドキドキ


が止まっても、余韻の ぽたん汗ぽたん汗 が止まるまでも何も出来ない。


って事で、私は再度お昼ごはんをドタキャンした友達のお引越しの手伝い。


ボストンのアパートのリース(賃貸期限)の関係で、8月31日、9月1日は

町をあげての引越しデイ。


至る所で引越しをしている人の群れ群れ群れ。


渋滞に巻き込まれながらも何とか友達の引越しも終了。


でも、私の一日は終わらない。


家に帰って、漏れの後片付け。


もちろん、RMは家にいない。。。


一人、ゴミ箱に溜まったをじゃばじゃばあせる捨てて、濡れて汚れたラグを洗濯。

ついでに、溜まった汚れ物も洗濯。


洗濯の時間を使って、床を拭き、借りたゴミ箱をjきゅっきゅと洗う。


と、終わった頃にRMが「手伝う事ある?」って、こらこら。パンチ!


いい加減、疲れたわ。


なんなのこの日々。




            

ついに、誕生日を迎えてしまった。

嬉しいような、悲しいような。。。


日本から電話があって、おめでとうを言ってもらったけど、

電話で話すことといえば、


「いつ、日本にかえってくるの??」


日本に帰る気がないから、それを言われるだけで、いつも撃沈する。


Visaの問題で、帰らなくちゃいけないのはわかっているけど、

それでも、誰かから言われるのは、なんとなく、つらい。


失業もするし、収入源はなくなるし、頼れる人はいないし、


あぁ、つらい・・・。


結局、あんまり気分良くないから、電話、きってしまった。。。


これで、また自己嫌悪。


色々してくれて、心配もしてくれて、それなのに、なんて親不孝なの???


気分が滅入る前に、ごめんなさいの電話、しようかなぁ。


早く、今の生活から逃げ出したいな。


人生、思うように行かないよな。


行けば、万事OKなんだろうけど、そうもいかんよなぁ。


もっとまともなこと、ちゃんと書けるようにせんといかん。


明日からは、読書感想文もちゃんと続けよう。


でも、今日までは、もうちょっと、不貞腐れていたい。





どうにかなるさ。



と思っても、心は沈む一方。


どうしたらいいのかなぁ?

何をしたらいいのかなぁ?


周りで、頑張っている人を見ると、卑屈になる。

頑張っていない人を見ると、腹が立つ。


出来ない自分を棚にあげて、認めてくれない人を責める。


こんななの、良くないよなぁ。

私らしくないよなぁ。


だめだめ。


前を向いて、頑張れ。

私、頑張れ。


もうちょっとしたら、もっと頑張ったら、


私、頑張ったね、


って言ってあげられる。


それまでは、頑張れ。


頑張れ。


頑張れ。





読みましたよ。

アメリカの主要都市には良くあるのだけど、

ネット上のコミュニティサイトの「For Sale」で、ゲット


(*一冊$2で、上・中・下、トータル$6なりぃ~ :*:・( ̄∀ ̄)・:*:)


やっぱり同僚に、ダン・ブラウンの 天使「天使と悪魔」ドクロ を借りて、

その 第2弾、って事で、読みたかったんだよね。


で、感想といえば 天使「天使と悪魔」ドクロ の方が、私は好きだったかなぁ。。。


面白いのは面白いのだけど、捻りとか、読者への裏切りとか、

そういった事を考えると 天使「天使と悪魔」ドクロ の方が良作かな、と思うのですが。。。


でも、この人の著作を2つ読んで思うのは、

読み終わった後に 賢く なったような気分にさせられる。

知識の豊富さや、念には念を入れた取材とか

彼ならではの Wit メモ で、推理、冒険小説にしている。


別に新しさはないと思う。

それでも、ストーリーの流れであったり、登場人物の描写であったりが

読者に先を促す効力を発揮している。 


それは、象徴学といった特殊学問であったり、

人類にとっての永遠の課題 (問題とも言うかな??) である宗教を扱っている事とか、

本来なら一般Peopleが敬遠してしまうようなトピックを扱っているのに、

博識ぶった文体を避けて、Pop 音譜 に書き上げている、彼の才能故でしょうね。


例えば、同じ宗教を扱ったお話でも、妙に説教臭くて、

余計胡散臭さを持ってしまうお話だってあるし、

あるひとつの学問に拘りすぎて、何がなんだかさっぱりです?? みたいのもあるから、

そういったことを考えると、彼はPopuralityをGet出来るStory-Tellerといえるのでしょうね。


まぁ、宗教という科学的根拠を持たない偶像崇拝は

結局、「信じる」「信じない」の世界だし、

信じているから正しいとか、信じないから間違っているとかではなく、

ただの心の拠り所かな、と思っているのですが。。。


それじゃ、だめですかね?


ダン・ブラウンを読んでの一番の感想は、



ヨーロッパ、行きたいなぁ・・・  :*:・( ̄∀ ̄)・:*:


浅はかです。 はい。

8月の下旬。

日本では残暑見舞いのひとつでも出すようなこの時期、

ボストンの気温は17度。。。


寒い・・・。


街中には薄でのコートまで羽織っている人がちらほら。


そんな天気なのに、職場には冷房が入っていた。


ありえん。。。


ビルディングのメンテナンスを一手に引き受けているAlexに頼んで

きってもらったはずなのに、私の席の真上に設えてある冷房の換気口からは

一日中、 ぶぉぉ~~ん、って音が鳴っていた。。。


もう、秋なのかしら???


あぁ、いやだ。


時が過ぎるのが早すぎるよ。本当に。


先が、見えないこの時勢 (私の身の上も含め) 今後どうなることやら・・・。


私、実はかなりの活字中毒。


本を読まない日がない って言うぐらい。


で、ただ読んで自己満足で終わるのも嫌だし、良い本を読んでそのままにしとくも嫌だから、

読書録をとりあえず作ります。


「空中ブランコ」 By 奥田 英朗


2年半位前に刊行されていたのですね。この本。

アメリカにいると、やっぱり時差があるなぁ。

確かにネットとかでベストセラーとかに入っていたのは知っていたけど、

そんな前だったとは思いもしなかった。

と、同時にもっと早くに読めなかったのが悔やまれる。


だって、


ベル 面白い!!ベル


久し振りに本を読んで笑いました。

確かに、ちょっとしたエピソードとかで 「クス」にひひ ってなる事はあるけど、

声に出して笑うほど面白い本って、なかなか出会えない。


しかも、このお話の主人公、伊良部は精神科医だし、そこに訪れる人は言ってみれば「病気」なわけだから、

ヒューマニズムを追求して、お涙頂戴モノにするのだって容易いわけじゃない。

例えば、昔あったサイコドクターみたいな奴。

実は人を治療しながら、医者本人も心に傷を負っていた、みたいな。


それが、この主人公ときたら おでぶちゃん で 幼稚なおぼっちゃま


もし、こんな人が身近にいたら、 きっと いじりまくる。 


私も、以前カウンセラーに通っていたから解るけど、

精神科医とかって、基本的に真面目で神妙な人が多い。


*ちなみに私は最初に出会ったカウンセラーを 逆治療 して泣かした事がある。

 武勇伝音譜 武勇伝 音譜



本業の人から見たら、この主人公みたいな医者は言語道断なんでしょうね。

でも、患者側からみたら あり なのかなぁ、とか思ってしまう。

こうゆうお医者さんがいてもいいかな、って。


心の病気って、本人にとっては本当に深刻で、でも病気とは認めたくなくて、

でもでも、誰かに解ってもらいたくて、目に見えるもの、耳で聞こえるもの、触って解るものであって欲しい、

っていうのが殆どだと思うのだけど、実際、社会生活のなかでは、

ほんのちっぽけな本人だけが持つ「こだわり」だったりする。


人が出来る事が、自分には出来ない。

自分が感じている事を、他人は感じてくれない。


そういう「ずれ」みたいなものが、わだかまって 「心の病気」 になってしまうのだと思う。


軽率に扱ってはいけないのかもしれないけど、伊良部みたいに、


「なぁ~んだ」 (=⌒▽⌒=)


で、終わったら、それはそれで楽になれちゃったりする気がする。


実際、私もカウンセラーにかなり深刻に言われて、


私、やばいんだ・・・ (((( ;°Д°))))


って、もっと酷くなった事がある。


大丈夫、大丈夫、 (-^□^-) って言われたら、それはそれで


大丈夫じゃないから、話にきてんじゃんか!!! むきぃ~~ ヽ(`Д´)ノ


ってなったかもしれないけど、2度、3度、続けて言われたら、


たいした事ないかも、、、  って思えたかも。


なにわともあれ、これを読んで一番思ったのは、



人間って、可愛いなぁ    ってこと。



みんな、不器用で、自分が一番可愛くて、それでも完璧じゃない。

頑張っても頑張っても満足できなくて、自分にも人にも厳しくなる。

頑張っているから、自分の非を認められなくなるし、人を責めたくなる。

正解も不正解もないのに、白黒つけたくなって、結局、自分を追い込んでしまう。

だから悩んで、苦しんで、本当の事がちゃんと見れなくなる。

焦って、転んで、初めて自分の痛みを知って、やっと人の痛みも解るようになる。

痛みが解れば、許す事ができる。

許しを与える事が出来た時、自分にも、人にも優しく出来るようになる。

きっと、それが成長するって言う事なんだろうな。


そんな事を改めて感じられた一冊でした。


ちなみに、私が好きなのは「養父のヅラ」と「女流作家」です。


あぁ、失業まで1週間をきってしまった。

と、同時に、誕生日まで迎えてしまう。

なんという、情けなさ。。。。


ついていない時は、本当に、ついてない。

そういう時もある。

でも、どうにかなると信じて、毎日、毎日、一日を過ごしてる。


本当は、仕事を辞めて、収入がなくなる不安がめちゃくちゃあるけど、


今まで持てなかった時間が持てるじゃ~ん、とか、少し前向きに考えてみたりもして。


ポジティブシンカー、ワタシ。


な~んて、悠長なこと言ってられないんだけどなぁ。。。


まぁ、いいか。


なんとかなるさ。    


なんとかするさ。


それで、今までやってきたんだから。


それでも、努力は惜しまない。絶対に。

いつも、ぎりぎりまで自分を追い込んで疲れていたけどさ。

追い込む事も出来ない自分なんて、つまらない。きっと。


今だから、解るんだよね。

アメリカにいると、皆、テストの前とかペーパーの提出に追われて、

毎日、毎日徹夜とかしていて、学校で会った友達と、


「頑張ろう」 とか 「頑張って」 とか、言い合ってって、

いつも、全てが進行形。

でも、本当は励ましとか、慰めじゃなくて、


「頑張ったね」 の、完了形が欲しいんだよね。


誰かに、認めてもらいたい。


誰かに、誉めてもらいたい。


それを出来るのは、本当は、唯一、自分ひとりなんだよね。


自分で認めてあげられた時が、一番、幸福な時。


昔、友達が言っていた。


自分のやっている事とか、今、全然、認められないし、


「自分は、もっと出来る」


「本当の自分はこんなんじゃない」


とか思っているけど、

結局、自分が思う自分にはなれない。

でも、本当に最後の時、死ぬ間際にでも、


「私の人生、なかなかだったよ」


って思えたら、それが一番良い生き方なよう気がする。


「そうだね。」 って、その時は普通に答えたけど、今は身に沁みて解る。


新しい生き方を初めてからも、一杯、チャンスを逃しているし、選択ミスもいっぱいしてる。

あぁすれば良かった、こぉすれば良かった、って未だに後悔することあるけど、

これからの人生を悲観視するほどの後悔は一度だってない。


あぁしなかったけど、あの時の 「あぁ」 の代わりが絶対あるって、信じてる。


まだまだ、これから。



ただひとつ信頼(?)している占いを今日見たら、更新していなかった・・・。

本当に気が向いた時のみ見ているのに、同じ占いを 2度 も見てしまうのって、どう?

しかも、あまり良い事書いてくれていないし。。。(-""-;)

今思っている事、考えている事がこの先の妨げになっているそうな。


じゃあ、どうすればいいのさぁ!!!\(*`∧´)/


やりたい事は見えてる。その道で生きたいと思っている。

それを   ダメ xxxxx って言われているようなもんじゃん。


こりゃ、不眠症にもなるわ。


近頃、寝つきがよくない。本当に寝れない。

睡眠欲だけはたっぷりあったのになぁ。

一日 10時間 とか平気で寝れたのに。。。(その分、徹夜も素晴らしかったけど・・・)

昨日も3時すぎに寝て (しかも薬の力を借りて。本当は飲みたくなかったのだけど)、7時には目が覚めた。


まだ寝れる、っていうんで、お布団の中でごろんちゃしていても、2度寝の気配は現れず、

結局起きて、そのまま出勤。

さすがに、薬の副作用で一日 ぽぉ~~っ (゜ρ゜) としていたけど。


今(日が変わるまで30分前)、ガンガンに、目覚めてます。

ちなみに、今日、一冊本読み終わりました。


(西村京太郎氏の「おれたちはブルースしか歌わない」、青春推理小説、だってさ。

西村氏から、 犯人を自分でも推理してみよう!って言われて、


○○じゃない?? (-_☆)?? って思ったら、


主人公が同じ推理をした!   結果は・・・ですが。)


っていうか、本を読んでるだけじゃだめなのにぃぃぃーーーーーー!!!!


前に進まないなぁ。


来週には失業決定なのに、このままでいいのか??


良くないさ。わかっているさ。


とりあえず、同僚の知り合いに声を掛けてもらう約束だけは取り付けた。


そろそろ、運よ、やってきて・・・。


切実な願い。