私の持論で、 本との出会いは一期一会 だと思っている。

この本はまさにそれだったと思う。


去年の年末、仕事でNYに行って、ここぞとばかりに買い漁った中の一冊。

私が住むボストンには日本の書店がない為、日本の本を入手するのがとても困難。

大抵はネットであれやこれやと物色し、日本の家族から送ってもらったり、

図書館で僅かながらも提供されている日本の本を借りる。

運がよければ、ボストンのコミュニティサイトで売り出されている本を手にする事もできる。

それでも、自分で選んで本を買う機会というのは本当に少ない。


そんな中でのNY行き。


願っても無いお話。


交通費だって、ホテル代だって会社持ちだし。ラブラブ

限られた時間でどれだけ良い本に巡りあえるか。


まさに 一期一会


それでも、事前にネットでリサーチしてある程度は買う本を決めていった。

予算的に新書を買えるのは2冊まで。

あとは、BookOffで一冊$1~5の間で直感で選ぶ。


その中に「夜のピックニック」は残念ながら含まれていなかった。


リサーチをしている中で、何度となく目に触れながらも特に購買欲をそそられる事もなく、

いざ、紀伊国屋へ。


目指すは重松清の「その日のまえに」とリリー・フランキーの「東京タワー」。


が、しかし!


重松さんの本はあったものの、リリーさんの本は売り切れごめん。


なんと!!


買う気満々の所に水を差されたような気分の中、とりあえず店内を徘徊。

次いつ来れるか解らない事を考えると、何か代替物が欲しくなる。

それが、「夜のピクニック」


買って良かった。


出会えて良かった。


久し振りにそう思えた良作。


別に劇的な事が起こる訳でも、ドラマティックな事があるわけでもない。

ただ高校生が「歩行祭」なる行事で夜通し歩いているだけ。

それなのに何故か悲しい位に優しい気持を思い出す。


私の学校にも 「競歩大会」 なるものがあった。

たかだか10キロの道程を走ったり、歩いたりを計算しながら

制限時間内にゴールをするというもの。


「ねぇ、どこまで走る?」


「とりあえず、橋のところまでは走ろ。」


友達同士、はぁはぁ息切れをしながらも軽いおしゃべりをしながら走った。

ある程度走ったあとは、秋色に染まった田園風景の中をのんびり歩いた。

その間、友達は入れ替わり、立ち代わり、

一体、誰と、どんな話をしたのかなんか、全く覚えてない。

前日に見たテレビの話だった気もする。

恋の話をした気もする。クラスメートや先生の噂話だったような気もする。

将来の話や、夢の話、自分という人間についての話だった気もする。

ありとあらゆる話を、前を行く人を追い抜き、追い抜かれしながら話した。

汗ばんだ皮膚を風に晒し、徐々に体力を奪われ重くなった体を引きずるように

ただひたすら歩いた。

軽快だったおしゃべりも途切れがちになる頃、沈黙に耐えられなくなった

一人の友達がつまらない悪戯をする。


「あっ、パンダ。パンダ


「え!どこ?どこ?」


「いるわけないじゃん。」


そりゃそうだ。。。



平日の昼間、クラスが潰れて嬉しい反面、邪魔臭い行事に辟易していた。

ただ疲れるだけの学校行事。

それでも、みんな疲れながら、呆れながら、笑っていた。

きっと、楽しかったんだろうな。

日常の中の、非日常的なその一時が、楽しかったんだと思う。


あれから10年。あの頃の友達とは無縁になってしまった。

みんなどこで何をしているのか知らない。

今となっては、顔も名前も思い出せない同級生もいる。

生きているのか、死んでいるのか、それさえも知らない。

同じ時を過ごして、同じ思い出を共有している事さえ、幻想のような気がしてくる。


「夜のピクニック」を読んで、言いようの無い切なさを思い出した。

高校生だった私。

恋とは無縁だったけど、大好きな友達がいて、愛すべき家族がいた。

誰もが通る反抗期を過ごし、見えない未来を思い焦燥感に駆られた。

笑って、泣いて、悩んで、それでも高校生でいた私。

あの頃はもう戻らないけど、私という時間軸の中、確かに存在している。


幼稚で不器用で、それでも精一杯だった10代という時間を

世界中のキレイを全部集めても足りない位の美しさで描いてくれた傑作。




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