膵炎の検査結果から、一週間。
病院へ整腸剤と点滴セット、そして食べてくれるかどうかわからない療法食の缶詰を買いに行きました。
もう長くはないと分かってはいましたが、点滴セットは半月持つぐらいの分を購入しました。
11月中旬に膀胱炎⇨大腸炎と大きく体調を崩し、入院治療を乗り越えて、12月を迎えることができました。
12月9日
その日は、朝から冷え込んでいて、私自身、頭痛持ちであることから体調がすぐれず、午前中から寝込んでいました。
隣には、スヤスヤ眠るかわいいバルちゃん。
その日は、ずっとバルと布団の中で温まっていました。
夕方、バルにご飯をあげようと抱きかかえると、前回、低血糖になった時のようにぐったりとして動きません。
急いで仕事中の夫に電話をして、状況を説明しました。
夫はバルを溺愛していて、以前から「最後の最後まで諦めたくない」、「どうしたらもっと一緒に入れるのか」とバルとの未来を諦めきれずにいたのですが、今回ばかりは電話口で声を震わせながら
「もうバルは今までたくさん頑張ってくれた。あの時、持ち直してくれて嬉しかったけど、ただ苦しい時間を引き延ばしただけになった。もう、バルを頑張らせられない。」そう、言いました。
バルを見送ることを決心したその日の夜
家族みんなで変わるがわるバルの様子を見守りました。
できるだけ苦しまないで旅立てますように、そうみんなで祈りながら見守りました。
お別れを決めてから、5時間後
今まで、横たわって意識朦朧としていたバルの目が開いて、大きく2回グーッとのけぞるような仕草をしました。
これが、バルちゃんの最期。
15歳6ヶ月でした。
バルのお見送りに子どもたちがそれぞれ選んだお花
真っ赤なバラは長男が「バルちゃんはとてもかっこよかったからカッコいい花を選んであげる」と
小さな身体が更に小さくなって、また私たち家族の元に戻ってきました。
バルちゃんは、コロナ禍という事もあり、移動式の火葬車に来てもらい火葬してもらいました。
みんなが揃う、土曜の日が落ちた暗い時間に火葬してもらったんですが、火葬後、家に戻って玄関の灯りの下で骨壷をマジマジと見た時に『ただいま』の文字が…
ただの印刷された文字だとわかっていても
尻尾を千切れんばかりに振るバルが目の前に浮かび
骨壷を抱えたまましゃがみ込んで、
年甲斐もなく大きな声を出して泣いてしまいました。
これからも心はずっと一緒だと思いたいです。
初めて愛犬を見送ることになり
一体どんな最期を迎えるのか
尿毒症や肺水腫になって、更に苦しむようなことになったら、その時はどうしたらいいのか。
その時が来るのを想像すると毎日怖くて怖くて仕方なかった。
でも、動けなくなってから数時間で、たくさん苦しむ様子もなく、スーッと旅立っていったバルを見て
すごく悲しいという気持ちと同じくらい、あまり苦しまずにいけてよかったと安堵の気持ちがありました。
初めての愛犬の看取りは、私たち家族にすぐには立ち直れないほどの大きな悲しみをもたらしましたが、
後に、バルと同じ腎臓病で旅立ったオレオ、長い年月、肝臓病と闘ったチャクラの闘病と看取りに、バルの闘病と看取りの中で得た経験が活きることとなります。
2年前の出来事を簡単に時系列でまとめたので、あまり参考にはならないかと思いますが、バルが頑張って生きた記録を残しておきたいと思い、当時の記録と記憶を頼りに書き綴りました。
ここまで、読んでくださった方
お付き合いいただき、どうもありがとうございました。
オレオやチャクラに関しても、今後闘病記録を残せたらと思っています。
それから、先日の健康診断で今年16歳になる猫のウオッカが腎臓病の初期段階と判明しましたので、そちらの経過も記録していきたいと思います。
また当ブログに指(?)を運んでくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。