茶道というものは、
人間生活と密接に結びついている
もので、生活から決して
浮いていない、離れていない
はずのものであります。
しかし、今日は果たして
どうなっているかというと、
それはちょっと問題でありますが、
本来茶道としましては、
人間生活の中のある
一つの事柄ではなく、
生活全体を内に含んだ
生活様式なのであります。
ところが今日は、茶道に
たずさわっている方々が、
そういうことを普通あまり
自覚していないのではないかと
私は思うのであります。
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これは今から約40年前、
1987年に一刷の本ですが
茶道の何が問題なのでしょうか?
あれから茶道は、
そして今の🇯🇵日本や日本人は
どうなっていますか。
誰もがその答えを持って次に進みます。
目を背けたくなるような国内外の現状や
宗教観、倫理観も多様化しています。
嘘が本当になり、本当が嘘になる世界。
もはや正義にも悪にもなる混沌とした世界。
それを茶道は経験してきています。
むしろ、その様な世界から茶道は
確立されてきたのだと思います。
祖先の叡知である、
「茶道の源点」にもう一度立ち返り
茶道を再定義、再構成しなければ
私はこれからの日本に大して
希望をつなぐことはできない。
このまま行ったら
日本はなくなってしまうのでは
ないかという感を日ましに深くする。
日本はなくなって、その代わりに、
無機的な、からっぽな、ニュートラルな
中間色の、富裕な、抜け目がない、
或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。
それでもいいと思っている人たちと
私は口をきく気にもなれなくなって
いるのである。
三島由紀夫先生
The tea ceremony is closely related to life and is not far from life.
The tea ceremony involves cleaning the tea room, decorating the tea utensils appropriate to the theme, learning how to move the body and how to make tea, preparing the mind and mastering the art of entertaining guests.
They already exist in our lives. Practicing the tea ceremony is something that makes our minds and things beautiful and simple.