逃げたくなる
出会う前に
こんなに哀しいなら

涙が出る前に
大好きな人に
どこでも良いからどこにいきたい?と聞かれたら
あなたはどこを答えますか?
デイトの約束
行きたいところなんてきっと
どこにもない
一緒にいたいだけだから
電話が鳴って、さっきまで聞いていた声がした。

躊躇う。

その人は、
安心を与えるようなフレーズを声に出した。

その人が私に与えようとしている安心感は、
私にとって何パーセントなんだろう。

例えば、
その人が100%と思っている安心感を、
私が80%と感じればあと20%欲しいと思うだろうし、
そう思う事によって、
これ以上を望むの?と言わせてしまうかもしれない。

そしていつかいなくなる。

それならば、初めからいないほうが良い。


そんな私にも、
その人は、
安心を与えるようなフレーズを声に出した。
さよなら
言わないけれど
私はいつだって
そっと

何も言わずに
さよなら
海岸にいました。
ショートパンツ姿で、その人は砂浜に寝転んでいました。

「1ヶ月、旅行に行ってくる」

そう言って空港に向かいました。

東京の深い夜、彼は夕日の浜辺にいました。

私は嫌な夢を見て苦しくなって、携帯を手に取り、
迷わず通話ボタンを押しました。

国際電話の音。
時々向こうの国の言葉が流れました。

浜辺。
子供のはしゃぐ声が小さく聞こえ、
海風が少し彼の声を消し、
私は聞きたかった声を必死に拾いました。
私の聞きたかった声を好きだと思いました。

東京の1ヶ月は、とても長くて、
彼はもう私の知らないどこかへ行ってしまったように感じました。

彼が日本に戻った日、
私たちはいつものお店に行き、食事をし、
どんなことを過ごしていたのか、
何をしていたの?と話をしました。

たくさん、知りたかった。
私の知らない国で、
私の知らないものを見て、
私の知らない太陽を浴びて、
私の知らない海風にあたっていた彼の1ヶ月を。


海岸にショートパンツ姿で、
砂浜に寝転んでいた1ヶ月を。
わがまま
欲張り

質問をする
欲しい答えなんてない

わがままで
欲張りだから
「君はどうしたいの?君の好きなようにしたら良いよ」


恋の終わりを自分の気分で決められるのは、
幸せか否か。

簡単に言えば、それほど彼には必要とされていない結果だと思いました。

私たちは、代官山のカフェへ行きました。
普段なら、絶対に行かない場所でした。
そこを選んだのは私。

いつも二人で行っていたお店では、哀しい話はしたくなかった。
せっかくの思い出の場所が、哀しい雰囲気をもってしまうから。
それは、避けたかった。

だから、目黒通りを走らせていた彼からmailが来た時に、
いつもの場所には行きたくないと、珍しく自分の意見を言いました。

代官山のそのお店で、
私は覚悟を決めてしまったので、食事をする気分にはなれず、
まわりのテーブルの恋人たちが食事をしている中、
私は黙ってコーヒーを飲みました。

彼のいうところの「戦力外」になりました。
幾つかのお皿がテーブルに並び、彼はいつもと違うペースで食事をし、
それは明らかに私の出した空気のせいでした。

どのくらいの時間が過ぎたかを私は覚えていません。
しばらくして、彼は帰ろうとしました。
私は、もう見ることがないかもしれない彼の顔を、じっと見ました。

車のところまで一緒にいくと、普段なら何も迷うことなく助手席に乗ったのに、
その時は、私は乗ってはいけないようなそんな気がしました。

私の大好きな青い車でした。
車体が少し低くて、車内を暖かくするとシートも暖かくなる車でした。
天気の良い時には、オープンにして走りました。
夏の花火を車の中から見ました。

一気にそんなことを思い出して、
「タクシーで帰った方が良ければそうするけれど」というのが、精一杯でした。
私が一人で帰ると言えば止めないのも知っていました。

少しドアの前で周りを見回し、息をのみながらドアを開けてシートに座りました。
ほとんど無言のまま山手通りを通り過ぎて、目黒通りを過ぎ、
家が近づいてくると、涙は出ないものの泣きそうになり、
彼の横顔を見ることも出来ずに、ただじっと前を見ました。

マンションには、やっぱりあっという間に着きました。
そこで私がすることは、ドアを開け何事もなかったように立ち去ること。
空気が止まったように思いました。
息が出来なくなりそうでした。

「普通の恋人みたいなことをしたいなら、俺は出来ない」

ドアを開け、足を地面につけ、目線がかわり、ドアを閉めました。
走り去る車の音。
青い車。
エントランス。
自動ドアを開けてしまえば、それで終わる。

そう思ったら、とても哀しくなりました。
一瞬躊躇し、バッグの中から携帯を取り出し、
彼からの着信を探し通話ボタンを押しました。

「なに?」
「帰らなくちゃいけない?」
「いや、お腹すいているし」
「今日、帰らなくちゃいけない?」
「どうした?急に」
「もう、あの話はしない」

そして、私は部屋へ戻り、5分ほど頭を真っ白にした後、
彼が玄関の前に現れるのを待ちました。

いつものように、何事もなかったように、彼は寝息をたてて、
そのあと朝5時になるまで、私は一人いろいろと思い出しながら考えました。

隣で寝息をたてる男の人。
この時間が過ぎたら、もう会うことのないだろう人。
今までは、くっついて、出来るだけくっついて眠りたかった人なのに、
今日は少しうれしくない。
終わりだって分かっているから。
この人は、どんな気分なのでしょう。
きっと、何も感じていないだろう。
隣で寝息をたてる男は、そういう男なのを、承知のうえで時間を共有したかった。

そんなことを考えて、朝まで過ごしました。

「君はどうしたいの?君の好きなようにしたら良いよ」

その言葉が、ぐるぐる頭を駆け巡りました。

私の好きな人は、そういう人でした。
青い車に乗った人でした。

私がほかの男の子、あるいは男の人に気持ちを打ち明けられたとき、
いつもすぐに彼の顔が浮かびました。

あなたを大好きで仕方がない私は、
他の人に必要にされているのよ、とでも言いたくなるような、
ちょっと意地悪な感じに。

私は、きっと分かっていた。
普通の恋は彼とは出来ないことを。

それなのに、それを求めたって、
駄目だってことも分かっていたのに。

少しは彼に必要とされたかった。
少しでも良かった。

一緒にいる時は、優しい人でした。
どこかに食事に行った時には、
ドアを開けてくれる人でした。
私のグラスが空になると、すかさず「何が良い?」と聞いてくれる人でした。

小雨のディズニーランドでは、私が濡れないようにアウターを着せてくれる人でした。

私が仕事のことで彼のお腹の上で泣いていた時には「泣かないで」と言って髪を撫でてくれました。

私が会いたい時には会えなくて寂しい思いをし、
時々会える時には、彼は魔法使いだと思いました。
あるいは、麻薬。
私の媚薬。

そう思わせる、何かがありました。
彼の匂いが好きでした。
香水などではない、少し疲れた男の人の香りでした。

私は、その匂いが大好きで仕方がありませんでした。
またたびをもらった猫のような気分でした。

青い車に乗った人でした。
熱のせいで何をするにも怠い日でも、
彼に会うと少しは健康になるような、
不思議な感じがしました。
体調が悪い私を気づかってか、
部屋に来た彼はビニール袋を手に持っていました。
何が出てくるのだろうとぼんやり眺めていると、
出てきたものは、パンでした。
風邪なのに、私は風邪なのに、パンでした。
パンなのは許せても、ひどく甘そうなパンだったのです。

けれど、どうして?とは思いませんでした。
きっと自分が食べたくて買ってきたんだろうなぁ、
この人、迷わず手を伸ばしただろうなぁ、と想像しただけで、微笑ましくなりました。
私はそのひどく甘そうなパンを、少しだけかじってテーブルに置くと、
彼は数分後私の顔を覗き込み「食べないの?」と母親に許可を得るような顔で言ったので、
黙ってうなずき彼を眺めていると、
やっぱりうれしそうに、風邪の私が食べかけたパンを食べ始めました。

甘いものが好きな男の人は、今まで私の周りにはいなくて、
お酒がそんなに飲めない男の人も、やっぱり周りにいなくて、
私は彼を眺める毎日が、
新緑を目にするような清々しく新鮮な気持ちになりました。
大好きな人の笑い方に似ている人を見つけた。
その似ている人を見るたびに、
笑い声を聞くたびに、
私は彼が大好きなんだなって思うのです。
いつも眺める
右の横顔
君のその横顔
忘れないでいよう
青い車も
眠る横顔も