「君はどうしたいの?君の好きなようにしたら良いよ」


恋の終わりを自分の気分で決められるのは、
幸せか否か。

簡単に言えば、それほど彼には必要とされていない結果だと思いました。

私たちは、代官山のカフェへ行きました。
普段なら、絶対に行かない場所でした。
そこを選んだのは私。

いつも二人で行っていたお店では、哀しい話はしたくなかった。
せっかくの思い出の場所が、哀しい雰囲気をもってしまうから。
それは、避けたかった。

だから、目黒通りを走らせていた彼からmailが来た時に、
いつもの場所には行きたくないと、珍しく自分の意見を言いました。

代官山のそのお店で、
私は覚悟を決めてしまったので、食事をする気分にはなれず、
まわりのテーブルの恋人たちが食事をしている中、
私は黙ってコーヒーを飲みました。

彼のいうところの「戦力外」になりました。
幾つかのお皿がテーブルに並び、彼はいつもと違うペースで食事をし、
それは明らかに私の出した空気のせいでした。

どのくらいの時間が過ぎたかを私は覚えていません。
しばらくして、彼は帰ろうとしました。
私は、もう見ることがないかもしれない彼の顔を、じっと見ました。

車のところまで一緒にいくと、普段なら何も迷うことなく助手席に乗ったのに、
その時は、私は乗ってはいけないようなそんな気がしました。

私の大好きな青い車でした。
車体が少し低くて、車内を暖かくするとシートも暖かくなる車でした。
天気の良い時には、オープンにして走りました。
夏の花火を車の中から見ました。

一気にそんなことを思い出して、
「タクシーで帰った方が良ければそうするけれど」というのが、精一杯でした。
私が一人で帰ると言えば止めないのも知っていました。

少しドアの前で周りを見回し、息をのみながらドアを開けてシートに座りました。
ほとんど無言のまま山手通りを通り過ぎて、目黒通りを過ぎ、
家が近づいてくると、涙は出ないものの泣きそうになり、
彼の横顔を見ることも出来ずに、ただじっと前を見ました。

マンションには、やっぱりあっという間に着きました。
そこで私がすることは、ドアを開け何事もなかったように立ち去ること。
空気が止まったように思いました。
息が出来なくなりそうでした。

「普通の恋人みたいなことをしたいなら、俺は出来ない」

ドアを開け、足を地面につけ、目線がかわり、ドアを閉めました。
走り去る車の音。
青い車。
エントランス。
自動ドアを開けてしまえば、それで終わる。

そう思ったら、とても哀しくなりました。
一瞬躊躇し、バッグの中から携帯を取り出し、
彼からの着信を探し通話ボタンを押しました。

「なに?」
「帰らなくちゃいけない?」
「いや、お腹すいているし」
「今日、帰らなくちゃいけない?」
「どうした?急に」
「もう、あの話はしない」

そして、私は部屋へ戻り、5分ほど頭を真っ白にした後、
彼が玄関の前に現れるのを待ちました。

いつものように、何事もなかったように、彼は寝息をたてて、
そのあと朝5時になるまで、私は一人いろいろと思い出しながら考えました。

隣で寝息をたてる男の人。
この時間が過ぎたら、もう会うことのないだろう人。
今までは、くっついて、出来るだけくっついて眠りたかった人なのに、
今日は少しうれしくない。
終わりだって分かっているから。
この人は、どんな気分なのでしょう。
きっと、何も感じていないだろう。
隣で寝息をたてる男は、そういう男なのを、承知のうえで時間を共有したかった。

そんなことを考えて、朝まで過ごしました。

「君はどうしたいの?君の好きなようにしたら良いよ」

その言葉が、ぐるぐる頭を駆け巡りました。

私の好きな人は、そういう人でした。
青い車に乗った人でした。

私がほかの男の子、あるいは男の人に気持ちを打ち明けられたとき、
いつもすぐに彼の顔が浮かびました。

あなたを大好きで仕方がない私は、
他の人に必要にされているのよ、とでも言いたくなるような、
ちょっと意地悪な感じに。

私は、きっと分かっていた。
普通の恋は彼とは出来ないことを。

それなのに、それを求めたって、
駄目だってことも分かっていたのに。

少しは彼に必要とされたかった。
少しでも良かった。

一緒にいる時は、優しい人でした。
どこかに食事に行った時には、
ドアを開けてくれる人でした。
私のグラスが空になると、すかさず「何が良い?」と聞いてくれる人でした。

小雨のディズニーランドでは、私が濡れないようにアウターを着せてくれる人でした。

私が仕事のことで彼のお腹の上で泣いていた時には「泣かないで」と言って髪を撫でてくれました。

私が会いたい時には会えなくて寂しい思いをし、
時々会える時には、彼は魔法使いだと思いました。
あるいは、麻薬。
私の媚薬。

そう思わせる、何かがありました。
彼の匂いが好きでした。
香水などではない、少し疲れた男の人の香りでした。

私は、その匂いが大好きで仕方がありませんでした。
またたびをもらった猫のような気分でした。

青い車に乗った人でした。