2007/5/8 説教する弱者   chargeup
    <memo> 同じ集に属する他の弱者を攻撃する弱者
    <key word> 主張する弱者、障害者、最強、属性、悪者、ああいう人たち、人質、始末が悪い
    <tag> 差別
 
2007/5/9 Home away Home #14   わたりとりさん
    <memo> 医学と宗教の相容れぬ場、自分の身体の取り扱いを自分で決定する自由
    <key word> 人工的な措置を施す嫌悪感、授かりモノ、霊性、信教の自由、耐えられない重さ
    <tag> 宗教
 
2007/5/13 鏡との戦い   ちょっちぷんさん
    <memo> 属性が被っていることでしか人は争わないという複雑なメカニズム
    <key word> アドラー、優越性を追及、劣等感、目標設定、投影、ジャンピング、自己非難
    <tag> 差別
 
2007/5/15 神々との戦い   chargeup
    <memo> 防戦のためであっても、敵の所属する集を攻撃することは集への差別となる
    <key word> 勝ち目はない、敗れる、滅びる、神になる、寛容、人に助けてもらって生きているくせに
    <tag> 差別
 
2007/5/18 Home away Home #15   わたりとりさん
    <memo> 倫理、法律と宗教の相容れぬ部分がぶつかる時、外の人間はその宗教に怖れを感じる
    <key word> 倫理、ブロック、死の取り扱い、カルト、終末思想、苦行、信教に基づく医療拒否
    <tag> 宗教
 
2007/5/20 Home away Home #16   わたりとりさん
    <memo> 受けたい医療の選択、死に方の選択に、倫理、社会、法的手続きの壁
    <key word> 医療を拒む、救護の義務、本人にとって幸せな死の迎え方、社会の基盤、正規の手続き
    <tag> 宗教
 
2007/5/22 Home away Home #17   わたりとりさん
    <memo> 希望する葬儀の形に、遺族の意志、社会的に標準とされるプログラムの壁
    <key word> 葬儀の型、喪主の事情、葬祭業者、手続き、もてなし、許可証、何のためのもの
    <tag> 宗教
 
2007/5/26 Home away Home #18   わたりとりさん
    <memo> 死後の自分の肉体の処理方法についての希望に立ちはだかる、法と世間の目
    <key word> 自然葬、墓地埋葬法、風土、死生観、受け入れられる土地、あちら側にまわる
    <tag> 宗教
 
2007/6/2 障害か個性か   chargeup
    <memo> 障害なら差別され、個性ならいじめられる現実の中の世論の揺れ動き
    <key word> 願い、揺り戻し、劣った側が優れた側に合わせる、無知は罪、障碍と捉えられる抵抗感
    <tag> 差別
 
2007/6/3 Home away Home #19   わたりとりさん
    <memo> 他の宗教を信じる他人を差別する意識がないつもりでも、家族には別な葛藤がある
    <key word> 動機、困難、外聞、得体の知れない、一世にはない想いと意思が宿る
    <tag> 宗教
 
 
 5月19日の記事。待望の、はてブによるリンク集 ができたので、この中間報告写すこともないんですけど、今まで写していたので今日のところは写します。さすが、はてブを使うとタグでパッと切り替わるので、過去記事に行くのも楽々です。
 昨日の、アメブロ開設1周年記念メール誤送信事件ですが、このことを書いた他の記事を探したら、かなりの人が自分がいつブログを始めたか忘れていて、本気にしてしまったことを知りました。
 一生お金に困らない「貯金生活」ができる本  池田武史+貯金生活研究会 三笠書房 \495+税
 
 シリーズ化をねらっているもののなかなかシリーズ化しないレビューシリーズ 第2弾。今回は少し型を崩してみました。
 
 タイトルで思わず手に取ってしまいました。一生お金に困らず生活したい、というのは全人類の夢であり、私の夢でもあります。(ちーせー)
 私は今のところ、貧しいながらもどうにか生活できていますが、5年後も失業せずにいられるか全く保障はありません。10年後には路頭に迷っているかも知れませんし、15年後にはホームレス狩りに追われ、20年後には飢え死にしている可能性もあります。そう考えると、一生お金に困らないというのは切実な願いであります。
 
 著者は肩書きを持つ専門家ではなくフリーライターですが、それだけに文章は面白く、流れるように読めます。タイトルのイメージに比べ内容は極めてオーソドックス、目新しいことはありません。見開き2ページのコラム形式で、比較的挑戦しやすい簡単な節約術から銀行、証券会社と順に並んでいて、初めの方のものから少しずつ実行すれば自分にもできそうな錯覚を与えてくれます。
 よく雑誌に袋分けとか出ていますが、最初からこれが出てきたら
「うええええ」
でもう挫折です。
「まず96円を貯金箱に入れる」
なら私でもすぐできそうな気がします。
 
 最初に何やるかが示されていると、後はそこから流れて行けます。就職活動をする時でも
「まず履歴書を書こう」
だと全然動けませんが
「まず文房具屋に行って履歴書を買おう。文房具屋が近所になければコンビ二でもいい、履歴書がどれかわからなければ店員さんに聞け」
なら動けますね。あれ、違いますか。
 
 株や外貨預金の部分に来ると突然文章が面白くなくなります。この辺は誰が書いても面白くない部分ではありますが、名前の出ている著者以外の人(貯金生活研究会?)が書いたのでしょうか。プチ貧乏な若者(私だな)が対象なので、この辺は力を入れていないのでしょう。
 とりあえず貯金できそうな気分になった(一生困らないかはともかく)ので、このレビューを読んで同じように感じた方は、この本を買ったつもりで500円貯金してみて下さい。
 私はタイガース貯金というのをやってみようと思います。タイガースが勝ったら1000円貯金するのですが、今年は当分貯まりそうにありません。
 
 
 5月18日の記事。今日アメブロからブログ開設1周年おめでとうメールが届いたんですが、1周年じゃないし、2周年ですらありません。去年本物の1周年で届いた時はうれしかったけど、間違って届くと間抜けなものがあります。誰かと間違えたのか、それとも全員に届いてしまっているのでしょうか。
 
追記:19:45づけで、誤送信お詫びメールが届きました。まさかこの記事を見て、ではないですよね。万一ご覧になっていましたら、間抜けと書いてごめんなさい、ええ、ほめ言葉なんですの。カワイー(古)とかと一緒で。
 秋の祝日をまとめ、11月上旬に大型連休を作る構想が浮上というニュース。(またリンク切れ)
 
 祝日はそれなりに意味があってつけたであろうに、国民に休暇を取らせる理由づけになっているのはどうかとも考えますが、秋にまとまった休みがあるのは大変うれしいことです。
 何も一斉に休まなくてもという考えは依然ありますが、
 
1 企業が余剰人員を抱えたがらない
2 日本では仕事が人格の一部になっている
 
などの理由から、全員が休む日を強制的に作って社会の動きをストップさせないと、いくら厚生労働省が運動してもなかなか休めるものではありません。
 他の人も休みだから安心して休めるので、休み取った日に何かあって私のせいにされたら大変です。1日くらいならよくても、まとめて1週間も有給を取れる会社員は少ないと思われます。いろんな意味で。
 
 このニュースについて書かれたブログを見ると批判的なものが多いですが、新しい試みには批判はつき物ですのでがんばっていただきたいものです。
 
 普段の土日は寝る、家事をする、その他用事を片づける、で終了で、何かレジャーをしようという気にはとてもなれません。この前のゴールデンウイークは、つけ麺食べ歩き企画 が充実しました。そういうことをしようという気になるのもある程度長さがあるからです。
 休暇を無理やり充実させることによって
「あの頃は楽しかったなあ」
と老後の思い出とするのです。
 前にも書きました が、どん底に落ちこんだ時自分を救うのは素晴らしい未来ではなく素晴らしい過去なのです。未来はどうなるかわかったもんではありませんが、過去の輝きは決して変わりません。(またそういう襲撃されそうなことを)
 
 年末年始、春のゴールデンウイーク、夏休み、秋のゴールデンウイーク、と大体3ヶ月に1回はまとまった休みがあるというのも励みになります。年末年始やお盆前後の夏休みはあまりレジャーは充実しません。ゴールデンウイークはまさにレジャーのための休暇です。
 
 と妄想が盛り上がってきたものの、リンク先のニュースのタイトルをよく見ると
「公約化を検討」
の段階です。公約というと守られないイメージ(偏見)です。実現するとしてもかなり先になりそうです。あてにならない未来を夢見ては過ごせないですね、私の性格上。その頃には自分の周辺の状況も変わっているかも知れません。
 
 
 5月17日の記事。失業中の世間的長期休暇は、活動が停止し情報も更新されないのであせります。
 ちょっちぷんさんがトラックバックしてくれた記事タイトル「鏡との戦い 」は発音すると「神々との戦い」を連想させます。サイボーグ009の未完の一編のタイトルでもあります。
 神々と戦うともなると、まず凡人に勝ち目はないでしょう。こういうテーマの漫画(だけではないと思いますが、私の教養の範囲だと漫画止まり)は他にも、「デビルマン」や「百億の昼と千億の夜」などがありますが、いずれも勝利を連想させるラストではありません。
 神々との戦いの結末は、次の3つが予測できます。
 
1 敗れる
2 勝つが、自分も滅びる
3 勝って、自分が神になる
 
 3が一番怖いです。神々を文字通りの意味でなく
「とてもかなわないもの」
の象徴として取ったらどうでしょう。そうすると話は鏡との戦いに戻ります。
 人に助けてもらって生きているくせに他人が助けてもらうのを非難するというのは私には理解できないし、そういう人に寛容であることができません。
 
 ちょっちぷんさんの差別シリーズの中
「個への好意と彼らが属する集への警戒は矛盾なく存在する」(要約)
という内容が登場します。ならば
「個への警戒と彼らが属する集への好意は矛盾なく存在する」
はずです。
「他人が助けてもらうのを非難する人に寛容であることができない」
まではよくても
「人に助けてもらって生きているくせに」
を前につけてはいけないのです。
 
 大変インパクトの強い、一気に自分を優位に立たせる一言です。しかしその集に属する他の人々まで巻き添えにしてしまう爆弾です。
 差別しないというのは何とムカつくことでありましょう。その圧倒的に不利な立場で、神ならぬ身は、かなわぬ戦いに地団駄踏んでしまいます。そこが、越えてはいけない一線かも知れなくても。
 
 
 5月15日の記事。ちょっちぷんさんのトラックバック。 神と鏡と私とあなた  神と鏡と私とあなた2
現在進行中のホットなテーマです。神とは内なる良心か最優先の他者か、自分自身を鏡に映した姿か。私は上記漫画のイメージが強すぎて、ひたすら畏怖すべき絶対者です。
 私は努力が嫌いなんですが、それは努力したくないという意味ではなく、努力=説教の構図が出来すぎて恐怖症になり
「努力しなければならない」
系の文章を見る度に過敏に反応しているということです。このエントリーも、過敏に反応した結果だと受け取っていただければ幸いです。
 
 努力強要の根拠のひとつに、エジソンの名言
「天才は99%の努力と1%の天分である」
があります。1%の天分のことを言いたかったのに、99%の努力の方に注目が行ってしまったとエジソン自身が嘆いたという話はウィキペディア にも載っていました。
 努力と天分というのは正しい訳ではないようですが、対比しやすいので、一応日本で広く知られている努力と天分という単語を使って考察します。
 
 99と1を足すと100だから、足し算に見えますが、凡人がエジソンと同じだけ努力してもエジソンの99%まで行くでしょうか。何がしかの人物にはなるでしょうが、エジソンの99%まで行けば歴史に名は残るでしょう。ケプラーとか野口英世とかドクター中松とか。ここまで行ければ大したものです。
 
 エジソンが誰も追いつかないほどすごい努力をしたというよりは、99+1=100という式が間違いである可能性が高いです。だとしたらかけ算でしょうか。なるほど、どんなに才能があっても努力しなければ結果はゼロであるという説には大いにうなずけます。
 しかしエジソン並に努力しても天分がゼロなら結果はゼロということはないでしょう。すると、足し算でよいが99と1ではないと考えた方が良さそうです。
 50+50、うーん、35+65で天分優先な気がするんですが、いかにも怒られそうですね。結果は全て本人の努力次第教ある限り。
 
 さっきのウィキペディアにもあったように
「自分の発明は自分が考えたものではなく、自然界や宇宙の声を聞いたもの」
というのが妥当なところではないでしょうか。本人がそう言っているのですからきっとそうでしょう。
 異文化交流議論の海風さんの記事「無神論者の信仰 」にあるような、見えざる手、超自然的なものに救われたような経験は、少なからず誰もがしていると思います。
 私のような者でも、自分で考えたとは思えない言葉が、表現が次々とこぼれてくることがあります。自分の努力以外の力で生かされている、という感謝の気持ちが、全て本人の努力次第教につぶされるのは残念です。
 
 
 5月14日の記事。エジソンはこの名セリフのお陰で努力の象徴みたいになってしまいましたが、学校に行っていないので、現代日本であれば
「学校に行こうと努力する気持ちが感じられない」
と説教されるタイプでしょう。エジソンが学校に行っていないから自分も行かなくていい、という性格の悪い子供は私の周りにはいませんでした。学校に行かなかったからこそ無駄な努力をしないで済んだ、と私はもちろん考えていません。