ちょっちぷんさんがトラックバックしてくれた記事タイトル「鏡との戦い 」は発音すると「神々との戦い」を連想させます。サイボーグ009の未完の一編のタイトルでもあります。
 神々と戦うともなると、まず凡人に勝ち目はないでしょう。こういうテーマの漫画(だけではないと思いますが、私の教養の範囲だと漫画止まり)は他にも、「デビルマン」や「百億の昼と千億の夜」などがありますが、いずれも勝利を連想させるラストではありません。
 神々との戦いの結末は、次の3つが予測できます。
 
1 敗れる
2 勝つが、自分も滅びる
3 勝って、自分が神になる
 
 3が一番怖いです。神々を文字通りの意味でなく
「とてもかなわないもの」
の象徴として取ったらどうでしょう。そうすると話は鏡との戦いに戻ります。
 人に助けてもらって生きているくせに他人が助けてもらうのを非難するというのは私には理解できないし、そういう人に寛容であることができません。
 
 ちょっちぷんさんの差別シリーズの中
「個への好意と彼らが属する集への警戒は矛盾なく存在する」(要約)
という内容が登場します。ならば
「個への警戒と彼らが属する集への好意は矛盾なく存在する」
はずです。
「他人が助けてもらうのを非難する人に寛容であることができない」
まではよくても
「人に助けてもらって生きているくせに」
を前につけてはいけないのです。
 
 大変インパクトの強い、一気に自分を優位に立たせる一言です。しかしその集に属する他の人々まで巻き添えにしてしまう爆弾です。
 差別しないというのは何とムカつくことでありましょう。その圧倒的に不利な立場で、神ならぬ身は、かなわぬ戦いに地団駄踏んでしまいます。そこが、越えてはいけない一線かも知れなくても。
 
 
 5月15日の記事。ちょっちぷんさんのトラックバック。 神と鏡と私とあなた  神と鏡と私とあなた2
現在進行中のホットなテーマです。神とは内なる良心か最優先の他者か、自分自身を鏡に映した姿か。私は上記漫画のイメージが強すぎて、ひたすら畏怖すべき絶対者です。