極上のネット依存症治療、それは。Yahooブログをやめる。以上。
 
 やめる宣言ではありません、念のため。「極上の休日 」で私はネット依存症ではない、はずだと書きましたが、内心恐れてもいます。ネットタイムを確保するために、他のもっと重要なことをどんどん先送りしているのではないかと。
 
 「星の王子さま」を買ってきたのにまだ読んでいません。私は夏休み中ではありませんが、残業はないので、読もうと思えば帰宅してから寝るまでに読めます。
 mixi依存症 というのもあるそうですが、半SNSと揶揄される我らがYahooブログも、依存症になりやすい要素はあります。
 
 アメブロは、コメントやトラックバックがあればメールが来るようになっているし、アクセス数は翌日にならないとわからないので、更新する時以外は存在を忘れていられます。コメントが入るとメールが来るなんて、と最初は抵抗あったのですが、このシステムのお陰でコメントのことを気にせずにいられることがわかりました。
 
 Yahooはそんな便利なシステムが当然ないので、常に
「コメント入っていないかな」「何人くらい来てくれたかな」
と確認したくなってしまいます。人間ができていないので発想がみみっちいです。こう書くとコメントを催促しているみたいですが、そういう訳ではなくて、ちょっとはあるかな、いやいや。
 
 なお、コメントの「すべて表示」をRSS登録して、更新があったらメールが来るようにするといいというコメントはしないで下さい。そんなことが本当にできるか知りませんが。
 
 
 8月14日の記事。最後の2行、ご想像通り試してみましたが、リアルタイムでメールとはいかないようですね。
 とある成人発達障害者ブログが閉鎖しました。運営期間は多分1ヶ月くらいです。記事がオール非公開となり、あいさつ文がアップされたと思ったら翌日にはブログ本体が削除されていました。あまりうかがっていなかったので詳細は不明ですが、意見の違う人とのコメントのやり取りが難しかったと書かれていました。
 
 意見の違う人とのコメントのやり取りが難しいというのはとてもよくわかります。異論を書かれた時、相手の考えを尊重しつつ自分の主張はしっかりと、というのがかなりきわどいです。ブログを運営する上で必要不可欠な能力であり、うまくあしらえる人もいるでしょうが
「これは批判ではありません」
と言葉の定義合戦に持ちこまれると、2つの道を1度にたどれない私の脳はショートします。
「そうですね、あなたのおっしゃる通りです、私が間違っていました、はいはい」
と記事を修正すれば満足してもらえるのかも知れませんが、私にもそれなりに考えがあってアップしたので、簡単には修正できません。反論があればそれに対して反論します。そうすると逆上して世にも恐ろしいことになる、人もいます。だから今は反論禁止をマイルールとしています。
 
 こう書くと、記事の修正を要求しているのではないと反論されそうですが、記事の修正を求めているのではなく、再反論すると逆上するとしたら、いったい何を求めて反論するのかわからず、返事のしようがありません。こういう人とはコミュニケーションが難しいし混乱させられるので近寄りたくありません。
 私は負担になるコメントは削除という道を選びましたが、それができなくて閉鎖を選ぶ心優しい人もいるでしょう。閉鎖を防ぐならこうしましょう作戦。
 
1 批判を受けにくい無難なことを書く
2 自分から宣伝などはせず、見つからないようにこっそりと書く
3 コメント欄を塞ぐ
4 負担になるコメントは削除
 
 私の方法は最悪ですね。関係ありますが、人のブログのコメント欄に
「私の大変さに比べるとあなたはまだ楽な方」
みたいなことを書く人は、他のブログで見てもうざいです。せっかくの、記事を読んだ余韻が台無しです。
 消せーーーーーと叫ぶ権利はないのですが、自分のブログなら消します。自分が大変な話は自分のブログに書いて欲しいものです。毎回
「○○さんの大変さに比べると私などまだ楽な方なのですが」
で記事を書き始めなければならなくなります。うざ。
 
 
 8月13日の記事。発達障害者ブログに限らず、初期の同化圧力につぶされるブログは多いのだろうと推測します。コメントが全然来ないという理由で閉鎖する人もいるので難しいものです。
 まだ続く、説教するニートの脳内シリーズ↓
リコーダーを吹く努力をするニート>>>越えられない壁>>>土日は寝るだけの労働者
苦労してゲームソフトをクリアし、達成感を感じるニート>>>越えられない壁>>>苦労して成功させたプロジェクトの功績を上司に横取りされる労働者
アルファブロガーなニート>>>越えられない壁>>>ミニブログを作ったけどすぐ消す労働者
 東京の「明聖アカデミー」、教室閉鎖し自己破産手続き
http://www.asahi.com/life/update/0811/TKY200708110081.html
 
 大学受験予備校がこんな時期に倒産して授業料の返還もできない見通しというのは気の毒な話ですが、自己破産を決めたのが10日金曜日の夜というのもひどい話です。
 金曜日の夜まで普通に授業が行われていたそうですし、土日は世の中の動きが止まるし、その後も世間はいわゆるお盆になります。救済策が出てくるにしてもお盆明けてからになるでしょう。
 
 こういう時は、近隣の同業の予備校が人道的立場から、手分けして残された生徒を無料もしくは安価で引き受けるという展開になることが多いので、地域によっては全員は無理かも知れませんが、業界全体の信頼のためにもそうなることを願います。
 被害者側が感情的に高ぶっているため、親切で手を差し伸べた近隣予備校が八つ当たりされるということは十分ありそうです。ただでさえ暑いので、私だったらパニクって大変な騒ぎです。
 
 何が言いたいかと言うと、こういったことが起こったら直ちにブログや掲示板にアクセスすることで仲間を見つけたり冷静さを取り戻したりする効果があるかも知れないので、何かの時に備える意味でここに書いておこうということです。自分がその立場になったらそれどころではないかも知れませんが。
 mixiにも既に被害者によるコミュニティができています。受験生の方には1日も早く落ち着いた生活が戻ることを祈ります。
 
 
 8月12日の記事。お盆明け、救済策を出した塾もあったようですが続編不明です。コミュニティも元社員のブログもあまり進展がありません。元社員のブログ、荒れすぎたせいかコメント欄閉じてしまいました。
 「フリーメール 失礼」で検索すると、当然ですがフリーメールは失礼であることを示唆する文章をいくつも見ることができます。この前書いた記事 や、引用したQ&Aサイトのコメント欄は
「失礼ではない」
という意見が大半でした。しかし失礼派の論もそれなりにもっともなものであり、
「失礼だと思う方がおかしい」
では済まされない溝があります。
 
 
1 問い合わせメールで名乗らないのは失礼
→私はwebサイトを見たというだけの間柄で、そこの管理人に質問メールを送るということをしたことはないのですが、1度もやり取りのない相手に本名(ハンドルでもいいという意味ではないですよね、この場合)を知らせるのは抵抗があります。
 知り合いにすらなっていない他人から、自分のためだけに無料で情報を引き出そうということ自体が私には失礼に思えるので、名乗っているかどうかは失礼かどうかの思考の範疇外にあります。
 
2 送る相手がプロバイダアドレスなら、プロバイダアドレスから送らないと失礼
→そういうものなんですか。考えもしませんでした。
 
 ネット上ではハンドルで活動、というのが基本中の基本だったので、素性を明らかにしない人間は信用ならない、という発想には戸惑いを感じます。はてなでも話題の実名匿名論争ともつながるものがあります。
 
 
は2000年に書かれた文章で、私はこの頃ネットを見ていなかったのですが、
「身元が判明するとまずいような行動をしようとしているのであれば、おそらくそれは犯罪である」
という表現には違和感を覚えるのです。
 上のリンク先の人はパソコン通信の時代のことを書いていますが、もしや実名VS匿名論争、プロバイダVSフリメ論争は、パソ通からインターネットへの世代交代に伴うものなのでしょうか。ネット上に自分のページを持つのが特別だった時代から、誰でも持っている、持とうと思えば持てる時代へ、奥が深いです。
 
 
 8月11日の記事。2000年は20世紀の終わり、2001年は21世紀の始まり、ネットにも転機となる時期だったようです。パソ通世代、ホームページ世代、ブログ世代の微妙な意識の差が垣間見えます。
 私に大好評な、説教するニートの脳内シリーズ↓
笑顔の絶えないニート>>>越えられない壁>>>搾取に耐えかねる労働者
努力の大切さを訴えるニート>>>越えられない壁>>>通勤だけで気力の大半を使い果たす労働者
スローライフを実践するニート>>>越えられない壁>>>ネットカフェ難民
 リヴァさんの夏休み予定記事「お盆帰省中,こうなるだろう10日間 」に紹介されていた、
 
 
 要約すると、食べ物と飲み物を用意して家にこもり、1日中読書をしながら音楽を聞く、ということです。(違うかも知れません)
 一番難しいのは時間を忘れることでしょう。特に家にこもっていると、今何時かというのはすごく気になります。ボーッとあっちの世界に行っている間に数時間経っている恐れがありますから、常に現実に戻るためにも時計は重要機材です。
 
 あと、この案ではPCへのアクセスを禁じていませんが、趣旨から推測すれば禁じるべきでしょう。休日を家で過ごすとついずっとネットを見てしまいます。平塚五遺体事件の時 は廃人になりそうでした。1日中読書をすると知的な気分になりますが、1日中ネットをすると痴的な気分になります。
 ここは、何よりもネットを遮断しなければなりません。そこで、私が自分のために企画した、極上の休日を過ごす10の方法。ほぼ妄想。
 
1 ホテルを予約。あまり遠くない場所で、できれば海か河川に面した眺めのいいホテルの最上階、エステつきならなおよし。
 
2 名作文庫を5冊用意。星の王子さま 含む。
 
3 金曜日、会社帰りにチェックイン。
 
4 ホテルのレストランで、フランス料理をワインで。もちろん窓辺からウォーターサイド
 
5 シャワーの後エステ。
 
6 部屋で缶ビールを飲みながら夜景を楽しむ。
 
7 土曜日の朝は11時くらいに起き、ルームサービスでブランチ。
 
8 窓の外の景色で目を休めながら1日読書。本の感想は、後日ブログにアップするために書き留めておく。
 
9 夕食もルームサービス。部屋から一歩も出ないのが極上。
 
10 日曜日の朝、ギリギリでチェックアウト、日常に戻る。
 
 おお、妄想だけで優雅な気分に浸れました。昼間でもルームサービス対応してくれるのでしょうか。ネットを遮断するためにホテルとはぜいたくです。
 家ではパソコンの電源切っていると落ち着かなくて、ネットを見ないまでも常時立ち上げてあるのです。テレビも、見ないけどずっとBGM代わりにつけている人もいますから、依存症ということはないと思っています。それとも。
 
 
 8月10日の記事。説教するニートの脳内↓
気概のあるニート>>>越えられない壁>>>気概のない労働者
星の輝きと花の美しさを愛でるニート>>>越えられない壁>>>仕事以外何の楽しみもない労働者
日経新聞を読むニート>>>越えられない壁>>>電車で隣の人の週刊モーニングをのぞきこむ労働者