訪問者数のキリ番ネタは10万まで書かないでおこうと思っていたのですが、本日8月8日に、どなたかによって88888が踏まれたのは大変縁起がよいので、ここに記しておきます。
 ついでにブログ開始から888日目だったらもっと面白かったのですが、911日目でした。計算しながら、これはもしかしてと考えてしまいました。
 
 キリ番の人を捕まえたかったら、上の一言メッセージの部分に
「88888が近いです。踏んだ方はどうか名乗り出て下さいませ」
と2、3日前から書いておけばねらってくれた、もしくは踏んだことに気づいてくれたかも知れません。何も情報がなければいちいち自分が何人目の訪問者かなど見ないでしょう。
 一言メッセージはああ見えても命綱なので変えたくはないのです。もっとたくさん書ければよいのですが、あの分量だからこそ確実に読んでもらえそうではあります。
 
 このメッセージになってから、ご新規の方が知らずに変なコメント(自分基準)入れることがなくなりました。メッセージは当然ながらコメント対策であり、下記3点を素早く伝達することを目論むものです。
 
1 ここの管理人はアスペルガー症候群である
→アスペルガー症候群が何かわからない人はひとまず気楽にコメントできない雰囲気を醸し出すことを期待。
 
2 ここの管理人はフルタイムワーカーである
→ニートと間違われて怠け者、努力が足りないと説教されたあげく言ってくれないとわからないと逆ギレされるのを防ぐ効果を期待。
 
3 ここの管理人はコメントにうるさそうである
→「初めての方へ」への誘導を図ることで、気軽にコメントできない雰囲気を醸し出すことを期待。
 
 コメントしづらい雰囲気を醸し出し過ぎるのも問題ですが、現状ではベストに近いでしょう。新規でない方の変なコメントもなくなっていたのですが、この前内緒罵倒された ので、その1件をもって、新規でない方の変なコメントはまだあるという認識になってしまいました。例外だと思いたいですが。
 例外であったと私が認識できるまではこの問題は未解決であり、発達障害色を薄めているのもその対策の1つですが、ブログを始めた目的からすると本末転倒であろうという悩みもあります。
 
 ともあれ8並びはめでたいもので、何かよいことがありそうな気がします。Yahooブログコメント欄にIP拒否システム導入とか、努力強要禁止法本国会提出とか。
  
 
 8月8日の記事。Yahooのキリ番ネタ。前に荒れた時、擁護者にも私に甘えている部分はあるけどやむを得ないみたいな発言した人がいましたが、そんなにみんな私が働いていることに気づかなかったのでしょうか。それとも
 
 努力することが大切と語るけど何年もニート>>>越えられない壁>>>>何とか働いている人
 
が世間の常識なんですか。信じられませんが。
 扇風機をつけたまま寝ると死ぬという話は有名なのでしょうか。私は高校の時に友達に聞きました。怪談話のように怖そうに言われました。その時は信じましたが、この度アメーバニュースの命がけの実験 により、都市伝説であったことが証明されました。
 
 コメント欄でも心配されていますが、テレビ番組で今こういう実験をやったら大変な騒ぎになるでしょう。大変な騒ぎになるくらいウォッチされたいというメディアとしてのプロ意識には驚嘆いたします。
 アメーバニュースはよくネタ切れの時(偏見)にこういう人体実験ぽいことをしますが、いつも同じ人が被験者だとしたら、とても健康に悪そうです。
 
 コメント欄には本当に亡くなった人がいるという証言が複数あり、まるっきりの都市伝説ではないことはうかがわれます。
 エアコンをつけっ放しにしたまま死んでいたという話も聞いたことがありますが、これもエアコンをつけっ放しにしたのが直接の死因ではないでしょう。むしろストーブをつけっ放しにした方が、直接の死因になりそうです。
 冷房器具というのは暖房器具に比べるとぜいたく品イメージというか、悪者扱いです。暑さは気合で乗り切れ、心頭滅却すれば火もまた涼し、冷房器具に頼る人間は根性が足りない、という先人の教えがこういう都市伝説を生み出していくのでしょう。熱中症で死者が出るご時世ですのでほどほどに気をつけなければなりません。
 
 どちらかというと扇風機つけっ放しよりもエアコンつけっ放しの方が健康に悪い気がします。クーラーという言葉が死語になってもクーラー病はまだ生きています。エアコン病とは言いません、多分。
 私も夏はエアコンに1時間タイマーかけて寝ますが、眠れなくてまたタイマーかけて、また暑くて目が覚めて、の繰り返しです。
 いっそ扇風機つけっ放しの方が電力にも健康にも良いのではないかと思ったのですが、命が惜しいのでやめます。
 
 
 8月6日の記事。今日(8月21日)現在も新しいコメントが入る人気ネタとなってくれました。
↑死ぬこともあるのは本当らしいので気をつけましょう。(BUNTEN氏提供)私はクーラー病気味で頭痛が。
これまでのあらすじ
 パソコンを所有する以前から使っていたPDA 用メールアドレスをメインにしていたものの、そのアドレスを維持するのに月500円かかるため、解約することにした。
 
 
 ずっと使っていなかったプロバイダアドレスをパソコンのメールソフトに設定してみました。2年分のメールを受信しました。半分はプロバイダからの連絡、半分は迷惑メールでした。
 本人すら知らなかったメールアドレスにしっかり迷惑メールが届いています。適当な文字列を組み合わせているということなのでしょうけれど、前のPDA用アドレスは広く使っていたのに1通も迷惑メールは来ませんでした。
 
 この設定にあたって、プロバイダ契約の時提供されたメールアドレスのことなど何もかも忘れていたので、プロバイダにメールで問い合わせました。プロバイダは私のお間抜けな質問に、丁寧な返信を下さいました。メールとは素晴らしい、電話だったらまた何言っているのかわからなくなってケンカになるであろうと感激するのでした。
 
 多分ほとんど使用しないと思いますが、なぜ突然設定したかというと、Q&Aサイト発言小町で、フリーメールは失礼か という話題を見たからです。ほとんどの人は
「失礼ではない」
と答えていますが、中には失礼と捉える人や、ビジネスではプロバイダアドレスが常識という意見の人もいます。普段使わなくても、何かの時のためにプロバイダアドレスも使えるようにしておいた方がよさそうです。
 
 先日アドレス変更を知らせた友人は全員フリーメールか携帯メールをメインにしていました。私に信用がないという可能性も否定できませんが、1人暮らしでない人がプロバイダアドレスしか教えてくれないと、ご家族に見られるのではとむしろ不安です。
 しかしフリーメールというキーワードでブログ検索すると、あやしいサイトがらみのことしか出てきません。これではフリーメールという言葉自体にマイナスイメージがつくのも無理はありません。
 
 上の発言小町の件で言えば、確かにホットメールには捨てアドっぽい印象があります。フリーメールだから捨てアドっぽいのではなく。連絡取れれば何でもいいのですが、私の経験ではホットメールに送っても返事もらえた例がなく、あまり連絡取りたくない相手に教えるアドレスという偏見を持っていました。
 ホットメールをメインに使っている人もいるということは意識しておくことにします。異文化理解です。
 
 
 8月5日の記事。この件は失礼派と失礼でない派の意見が永久に平行線です。リンク先のコメント欄も当方のコメント欄も。24時間テレビを最後ちょっとだけこれから見ます。
 牛男さんの記事「かけがえのなさ」 ことば探偵 第3回より で話題になっていた「星の王子さま」、多分小学校高学年か中学生の時読みましたが、何が書いてあるかさっぱりわかりませんでした。ストーリーも登場人物もそのつながりも。この話が好きだと言う友達もいたし、
「かんじんなことは目には見えないんだよ」
のような名セリフはあちこちで引用されていましたが、訳わからなさの記憶が強くて手に取る気にはなれませんでした。
 
 私は読書はした方だと思うのですが、このように
「何が書いてあるか地下室のシュークリーム 並にわからない」
小説は何点か覚えがあります。
「若きウェルテルの悩み」
も中学生の時かっこつけて読んだもののさっぱりわかりませんでした。小説の中で現実に起こっていることと主人公の妄想(煩悶?)部分の区別がつきにくかった記憶があります。
 翻訳物なので、翻訳の問題の他、その国の歴史的文化的背景を理解していないとわかりづらいというのはあるかも知れません。「若きウェルテル」は年齢の問題もあったと考えられますが、「星の王子さま」は一応童話ですし、広く読まれているようなので、一般的にそんなに難解だった訳ではないでしょう。
 
 ウィキペディアに載っていた星の王子さまのあらすじ (ネタばれ注意)によると
 
1 地の文は一人称らしい
2 地の文の時間軸の他に王子さまの回想という時間軸がある
3 回想部分もおそらく一人称
4 さらに回想の中にも回想シーンがある
 
という特徴がうかがわれ、ああそれでわかりにくかったんだなと推測できました。こういう構図であるという予備知識があれば読めたかも知れません。
 
 あらすじを知っていないと読解できないのでは、読書できているとは言えないでしょう。わたりとりさんの小説 も、最後を読み終えるまで実はよくわからなかったのは内緒です。
「かんじんなことは目には見えないんだよ」
は非常によい言葉とされていますが、どうも私の読解力だと仕立て屋にだまされる裸の王さまっぽいです。ああ、せっかくのよい言葉が私のせいで変なことに。
 
 それでも、私にも金色の麦わら畑は見えそうな気はします。(解説があれば)出会った人全てと一生のつき合いになることはなくて、いつか別れの時はきて、それはいつの間にか過ぎ去ってしまうかも知れないけれど、会えてよかったという素晴らしい過去となって、これからもずっとずっと私を支えていてくれるのです。
 
 
 8月4日の記事。実は読み終わったのですが、抽象的過ぎて解説がないと理解が難しいです。むしろこの物語の書評や解説は、それぞれの人生観が反映されていて面白いのだろうと想像できます。ファンタジーはその物語の中にしか世界観がないため苦手な分野です。
 神シリーズのラストはこのタイトルで締めたかったのですが、この結論にたどり着けるか、どんな形でたどり着くのかは心配でした。
 神の正体3部作で、「優しさ 」「相対的価値観 」「呪いの予言 」を上げましたが、どれもしっくりきません。結局は過去の説教の記憶に汚染された内なる声が、恐怖のあまり神の姿に見えていただけのような気がしてきました。あのうっとうしい、内なる声は神の声ではなく汚染物質の声です。
 
 現代社会で添加物も農薬も避けた食事を取るのが困難であるように、説教という毒素が体内に蓄積していくことを完全に防ぐことはできません。私は出来合い品ばかり食べているから、食品添加物が体内に溜まりまくっていると思いますが、それと同じように、説教も沈殿していきます。解毒できたとしても一時のことで、また蓄積します。汚染物質がこの世にある限り。
 
 「説教する弱者 」は異文化交流議論のために書いた記事の中でもお気に入りの1つですが、説教族の中には弱者もいる、というよりは弱者の中には説教族もいる、ということかも知れません。弱者を振りかざして説教するというよりは、弱者だからこそ説教してみたくて仕方ないような。(アタシだっておままごとでママの役やってみたい理論
 人の世話になって生きていれば、普通の神経であれば自分を支えてくれる人に感謝の念を抱くでしょうから、そのことが世界を流れる優しさの循環に貢献することは可能ですが、自分が説教されてばかりいるとストレス溜まって他人を説教したくもなるのでしょう。
 
 しかし説教できる頃合の相手がいないものだから仕方なく働いている人間を
「怠け者」「努力が足りない」
とののしって神経症に追いこんで引きずり降ろそうと企む、害悪たち。
 汚染されたターゲットはさらに有害物質を撒き散らしつつ次のターゲットに向かいます。ああ気持ち悪い。何かに似ています。細菌の増殖、リングウィルス、「デビルマン・レディー」のデビルビースト(また誰もわからない例えを)。
 
 化学肥料が、食品添加物が、放射能の危険が、もはや人類の生活から取り除くことができなくなったように、説教という汚染物質も生きていく限り存在し続けます。放射能に比べるとスケールが違いすぎますが。
 説教についてはいろいろ研究してきましたが、説教=体内汚染物質、あるいはリングウィルスという例えが私自身を納得させるものとなるかを知るには、もう少し時間がかかります。私は人よりもこの汚染物質を溜めこみやすいのでしょう。
 
 汚染物質に滅ぼされるか、少しでも除去し続けることで滅亡を遅らせることはできるか、あるいは宇宙戦艦ヤマトが「説教除去装置」を持ち帰ってくれて地上の楽園が実現するかも知れません。文章がふざけているように見えますが大真面目です。ウィルスとの戦いは、私が私自身の存亡をかけてこれから歩いていく道です。滅ぼされるその日まで。
 
 
 8月3日の記事。「努力さえすればどんなに怠けていてもいい」がなぜ成立するのかわからなかったのですが、努力の意味が全然違うのかも知れません。具体的に何かすることではなく「努力するぞ」と心で思うことである、とか。
 努力しています、と言ってもそう見えない、証明しろ、と追求されるのはやっぱりわからないのですが、この人たちは自分が心で思っていることを他人にどうやって証明しているのでしょう。自分は証明しなくていいけど他の人は証明しないといけないとか。やっぱりわかりません。