「フリーメール 失礼」で検索すると、当然ですがフリーメールは失礼であることを示唆する文章をいくつも見ることができます。この前書いた記事
や、引用したQ&Aサイトのコメント欄は
「失礼ではない」
という意見が大半でした。しかし失礼派の論もそれなりにもっともなものであり、
「失礼だと思う方がおかしい」
では済まされない溝があります。
「失礼ではない」
という意見が大半でした。しかし失礼派の論もそれなりにもっともなものであり、
「失礼だと思う方がおかしい」
では済まされない溝があります。
1 問い合わせメールで名乗らないのは失礼
→私はwebサイトを見たというだけの間柄で、そこの管理人に質問メールを送るということをしたことはないのですが、1度もやり取りのない相手に本名(ハンドルでもいいという意味ではないですよね、この場合)を知らせるのは抵抗があります。
知り合いにすらなっていない他人から、自分のためだけに無料で情報を引き出そうということ自体が私には失礼に思えるので、名乗っているかどうかは失礼かどうかの思考の範疇外にあります。
→私はwebサイトを見たというだけの間柄で、そこの管理人に質問メールを送るということをしたことはないのですが、1度もやり取りのない相手に本名(ハンドルでもいいという意味ではないですよね、この場合)を知らせるのは抵抗があります。
知り合いにすらなっていない他人から、自分のためだけに無料で情報を引き出そうということ自体が私には失礼に思えるので、名乗っているかどうかは失礼かどうかの思考の範疇外にあります。
2 送る相手がプロバイダアドレスなら、プロバイダアドレスから送らないと失礼
→そういうものなんですか。考えもしませんでした。
→そういうものなんですか。考えもしませんでした。
ネット上ではハンドルで活動、というのが基本中の基本だったので、素性を明らかにしない人間は信用ならない、という発想には戸惑いを感じます。はてなでも話題の実名匿名論争ともつながるものがあります。
は2000年に書かれた文章で、私はこの頃ネットを見ていなかったのですが、
「身元が判明するとまずいような行動をしようとしているのであれば、おそらくそれは犯罪である」
という表現には違和感を覚えるのです。
上のリンク先の人はパソコン通信の時代のことを書いていますが、もしや実名VS匿名論争、プロバイダVSフリメ論争は、パソ通からインターネットへの世代交代に伴うものなのでしょうか。ネット上に自分のページを持つのが特別だった時代から、誰でも持っている、持とうと思えば持てる時代へ、奥が深いです。
「身元が判明するとまずいような行動をしようとしているのであれば、おそらくそれは犯罪である」
という表現には違和感を覚えるのです。
上のリンク先の人はパソコン通信の時代のことを書いていますが、もしや実名VS匿名論争、プロバイダVSフリメ論争は、パソ通からインターネットへの世代交代に伴うものなのでしょうか。ネット上に自分のページを持つのが特別だった時代から、誰でも持っている、持とうと思えば持てる時代へ、奥が深いです。
8月11日の記事。2000年は20世紀の終わり、2001年は21世紀の始まり、ネットにも転機となる時期だったようです。パソ通世代、ホームページ世代、ブログ世代の微妙な意識の差が垣間見えます。
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