派遣会社の紹介でカード会社との顔合わせ。向こうが一方的にしゃべるだけでした。
3月10日の記事。妄想癖はASと無関係でないようです。何をする時も具体的にシナリオ作るからです。 巫女は1回くらいやってみたかったです。2時間サスペンスにならなくてもいいのですが。そういえば火曜サスペンス劇場終わるそうですね。残念です。 |
すごくいい言葉なんでしょうけど、私が今不安を感じる言葉ナンバー1です。アスペルガ-の特徴のひとつに「言葉を文字通り受けとる」「婉曲表現が理解できない」というのがありますが、タイトルの表現が私には「障害者に支援は必要ない、甘ったれるな」に見えるのです。
そんなつもりはないとは思うのですが、ではどんな意味なのか、わからないんです。こんなこと書いたらびっくりされるかも知れません。
「人類皆兄弟」みたいなキャッチフレーズで、特に意味はないのでしょうか。「人類皆兄弟」もわかりにくくて親に聞きまくりました。人類が全員兄弟だなんて、そんなことがある訳ないではありませんか。先祖をたどれば皆親戚だという意味だ、と教わったのですが、今は「皆仲良くしましょう」という比ゆだと納得しています。
アスペルガ-程度に支援は必要ない、という世間の目を感じます。障害者枠での就職はできず、普通にふるまうためのトレーニングは人材不足で受けられない、全て自己責任です。有料でもいいから普通に生きて行くための支援が欲しいのです。
私はこのブログに、今まで障害に関心のなかった(1ヶ月前までの私のような)定型発達者の方に多く来て欲しいと願っています。そして、私達は支援を必要としていると知って欲しいのです。
不愉快な表現ございましたら申し訳ございません。どう受け取られるかわからない、こんなコメントしたら傷つけるかな、という遠慮もなさらないで下さい。説得力ありませんが、定型発達者はこう受け取るのだ、という現実も私には必要なんです。
3月8日の記事。この頃から今とそっくりなこと書いていますね。JJさんも優しかったし、少なくとも私を怠け者と非難する人はいませんでした。何が最近と違うのでしょう。もちろん賛成してくれる人ばかりではなかった、というより戸惑う人の方が多かったのですが、私の考え、感じ方は尊重して下さっていた気がします。「同じ人間」という言葉の使い方が人によって違うだけでなく、1人の人の中にも複数あるようでした。
かなり反響を呼び、トラックバックが3つもつきました。中でも印象的だったのは、ASのお嬢様をお持ちのぴいさんのブログ HappyFamily きまぐれ日記 。私はこの記事を読んで涙が止まらなかったのです。
派遣のお仕事の紹介は相変わらず多いですが、世の中には金融かITしか業界がないのでしょうか。
「興味の持てる仕事」
などと言っていられません。
「人間関係を重視しない会社がいいよ」
と言われていますが、そんな会社あるんでしょうか。
今週面接、じゃない、顔合わせの予定があるのはカード会社と生命保険会社。この前の通信会社に比べて仕事が簡単そうだったからです。時給も安いですが、安いくらいの方が安心です。
「文系の業界より理系の業界がよい。不動産よりはコンピュータ」と指導されていますが、だったらITの方がよいのでしょうか。ITってなんだかわかりません。カードや生保の方がまだ何やっているのかわかります。で、どちらかというとカードが理系で生保が文系な気がするんですがどんなもんでしょう。
今のところカードの方がいいかと思っています。生保は回転が早いイメージ。営業ではありませんが、生保を扱うための資格が必要だそうで、一生この業界にかけようとしているわけではないのにそこまでするのはどうでしょう。
ただ最初は資格取得の勉強が中心で、恐怖のOJTではなく集合研修です。その間に職場の雰囲気をつかめるメリットはあります。もしかするとFP(ファイナンシャルプランナー)のような専門職への道が開けるかも知れません。
書いていると生保の方がよさそうな気になってきました。別々の派遣会社の紹介なので、顔合わせが終わるとその場で意思確認されるんですよね。保留しようものなら
「何がひっかかっているんですか」「どこが解決すればOKなんですか」
と派遣会社の営業に怖い顔されるし。どちらを優先するかくらいは決めておきませんと。
業界関係者の方、もし失敗してもあなたのせいにしたりしませんから、経験談を教えていただけますか。
3月7日の記事。文系の業界、理系の業界って何だかわかりませんが、職種の問題ではありません。自分の仕事は一般事務でも、日常接する相手が技術系の人である方が話が通じやすいのです。そして、技術系の人の多い会社はあまり人間関係にうるさくない、ような気がします。
今日のタイトルは、今読んでいる『自閉症だったわたしへⅡ』の原題 ”SOMEBODY SOMEWHERE”の直訳です。
この本のⅠを読んだ時は「私はこんなにひどくない」という気持ちが強かったのですが、Ⅱは自分の世界観にストレートに入り込んできました。読み進むのが苦しいです。
Ⅰは著者のドナ・ウィリアムズが大学を卒業するまでの話です。家庭環境に恵まれず、そこから抜け出して大学へ行くまでが悲惨です。私がこの時代の彼女を自分と違うと感じたのは家庭環境面が大きかったかも知れません。私は恵まれていました。
Ⅱは大学卒業後教職課程で勉強を続け、オーストラリアからイギリスに移り住むまでを描いています。自閉症だと打ち明けて突然態度を変えられたり、友達に嫌われたりしながら定型発達者の感情のシステムを懸命に理解しようとする様子が涙を誘います。
ドナの周りのドナを理解する人たちが、とても辛抱強くそれを教えています。彼らは私にも教えてくれます。人の感情の種類、意味、他から自分はどう見えるか。
とても不思議です。何の報酬もなく、面倒くさい、忍耐力のいることなのに、他人にこれほど思いやりを持って接することができるなんて。
ドナは私のように隠そうとせず、知り合った人に自閉症であると打ち明けます。それで態度を急変させる人もいれば素晴らしい理解者になる人もいます。そして、彼女を救い導くのは理解者だけです。何も知らずに思いやることは難しいのです。
私は周囲の誰にも話さないので、このことが理解者を遠ざけてもいます。「どこかにいる誰か」にめぐり会えずにいます。
このブログで初めてこの障害を知った人のコメントもいくつかいただくことができました。こうして理解者が増えていけば、いつかどこかでカミングアウトできるかも知れません。
3月6日の記事。今度から原文で「健常者」になっている部分は「定型発達者」と直します。この頃自閉でない人たちを何と呼んでいいかわからなくて健常者と呼んでいたのですが、あまりいい表現ではありませんね。
当時よりも今の方が後退した部分。自閉症であると打ち明けたとしても、努力が足りないと言われてしまうのは変わらないということです。この頃は、障碍であることを説明すれば理解してもらえるか、最初から偏見もって近寄らないかどちらか、だと思っていました。書くことによって理解が深まることもあれば誤解が深まることもあります。
この記事に、他社のブログから初トラックバックがつきました。みかんさんの 「陽だまりのねごと」
でした。
新潮文庫「自閉症だったわたしへⅡ」に著者が1冊目の本を書いた後マスコミのインタビューを受け、混乱するシーンがあります。
インタビュアは著者に、あなたの症状には母親の虐待も関係しているのでしょう、と聞きます。著者が何度否定しても
「影響はあったでしょう」
と繰り返し聞きます。私はここで正視できずに本を投げ出します。本の中の著者と一緒に混乱します。
なぜ言葉が通じていないのだろう。こちらの言葉を聞く気がないならインタビューなどしなければいいのに、なぜ自分が正しいと信じている言葉しか聞こうとしないのでしょう。
この本は読むのに体力がいります。10ページごとに過去がフラッシュバックしてきて私は本を投げ出します。長期記憶がいいと言えば聞こえはいいのですが、いやなことが忘れられません。何かの弾みで繰り返しよみがえります。
私は多くの自閉症の人と同様、身体を触られるのが苦手ですが、日本の50歳以上の男性(会社員なら60歳以上)にはセクハラ概念が浸透していないため、人格に関わりなく、女性の身体に触れることを全然悪いと思わない人がいます。手や肩や頭なら問題ないと考えるようです。(該当する方ごめんなさい。もちろんそうでない方もたくさんいらっしゃいます)
場面は変わって友人と世間話。
私「おじさんに眉触られて気持ち悪かった」
友「それはおじさんだからで、好きな人ならいいんだよね」
私「好きな人でも眉触られるのやだなあ」
友「違うな、好きな人ならむしろうれしいんだよ」
世間話ルール第3条「2回否定されたら相手を立てる」により、うなずくしかありません。
心にもない肯定をしたことで、眉を触られた時の気持ち悪さがフラッシュバックしてくると共に、なぜ自分の言葉が否定されたのか、信じてもらえなかったのかという悲しみに心の中が渦を巻きます。私は心優しい女友達に「セクハラおやじって本当にいやよね」と賛成して欲しかったのです。自分と他人は違うのですから賛成してもらえると思う方が間違っています。
世間話とは、会話がスムーズに進めば内容は嘘で構わないのでしょうか。懸命に、
「私は好きな人であっても眉を触られるのはいやだ」
と論を展開しても場がしらけるだけです。世間話は話題を選ばないとストレスがたまります。
「そうだよね、気持ち悪いよね」
と賛同してもらうことなど期待してはいけません。
フラッシュバックと戦いながら、私は自分と向き合うためにこの本を読みます。いつになったら読み終わるんでしょう。Ⅲも買ってありますがなかなかたどりつきません。
3月5日の記事。この本のインタビュア、やな感じでしたが、相手の結論を予測して話しかけてきて、否定してもそちらの方向に持っていこうとする人いますね。著者は外国人なので、日本よりスキンシップに苦労するようです。ハグとか握手とか、いやですね。
日本人は人の身体にやたら触る文化がありませんが、おっさんのセクハラと、指摘すると逆ギレするのはどうにかなって欲しいものです。