私は周囲の人がいつ怒り出すかわからないとおびえていますが、周囲の人も私をそう見ています。今日は、加害者としての自分に迫ってみます。

 定型発達者がどういうメカニズムで怒りを感じるのかわかりませんが、私が怒りを感じる時、身体の中で風船がぐわっと膨らみます。ぶちっ、ぶちっとあちこちから中のエネルギーがもれてきます。しかし人前で怒りをあらわにしてはならないという理性が、もれてくる穴にテープを貼ってまわります。
 やっとの思いで風船を飲みこむのですが、膨らんだ風船はずっと残ります。家に帰っても、翌日になっても、膨らんだままプスプスいっています。この風船を抱えている間、私はいわゆる不機嫌な状態です。それこそ転んだだけで爆発しそうで、気をつけてそっと歩きます。
 そんな時、また怒りを誘発するようなことが起こると、わずかなエネルギーで風船は爆発します。周りにいた人は、「こんな些細なことで」「何が気にいらなかったの」と驚きます。ちょっと後悔しますが、風船を抱えて歩くのが苦しかったので、やっと解放されたという思いの方が強いです。

 家族と一緒に暮らす人なら、外で我慢して家族に当り散らしてバランスを取ることがあります。私はそれがいやで家を出ました。
 今は一人暮らしですが、家で怒鳴り散らすことで怒りエネルギーを発散させています。近所の人は痴話ゲンカかと思っているかも知れません。
 とにかくいやなことが忘れられません。ひとつの出来事に対し、いくつものいやな記憶がパパパッとよみがえって風船がぐわっと膨らみます。怒りに時間差があることも周囲を戸惑わせます。小学1年生の時、半年も前の幼稚園年長組の頃のことを突然思い出し「あの時ああすればよかった」と泣き出して、何を突然とびっくりさせたことがありました。

 どうか今度の職場で風船が膨らむようなことがありませんように。

 

 

 3月21日の記事。ここから連作になるため、昨日の記事と順番を入れ替えました。

 知的障碍を伴う自閉症のお子様を持つお母様のブログや関連サイトで、お子様の突然のパニックへの悩みや、言葉でそれを伝えられないお子様自身のいらだちを見て、私が何か言葉で表現できることはないかと考えて書きましたが、思いの他、

「そんなの誰でも同じ」

というコメントが多く、書かなければよかったと後悔しました。

 知的障碍を伴う自閉症(カナー型)のお子様のお母様ご自身から

「家で暴れていないでカラオケにでも行ったらどうですか」

という書きこみがありました。(現在は削除)

 カラオケ? 自閉症のパニックにカラオケ? お子様が自閉症ならパニックに接したことはあるはずなのに、それがカラオケで解決すると思っているの?

 全く自閉症に関する知識のない人ならともかく、お母様の予想外の反応に、私は大パニックでした。今考えるとお恥ずかしいのですが、そんな反応になると思わなかったのです。別なお母様からは

「うちの子は言葉をよく話せないけれど、chargeupさんのように考えているような気がする」

と励まされていました。医師に自閉症スペクトラムの概念を教わって、カナー型の自閉症をとても近い存在に感じていました。

 派遣先勤務初日が終了しました。初日にありがちな関係部署あいさつまわりはなく(素晴らしい会社です)、まずは直属の上司となる総務部長から「当社の発展と成り立ち」みたいな話を聞かされました。こういう話は社風を理解するのにとても参考になります。普通派遣はこういう話は聞かせてもらえません。
 次に、実際の職場となる会議室へ。大企業の会議室を中小企業の感覚で(私だけか)考えてはいけません。大中小とあり、他に打ち合わせや面談用の個室が並んでいます。そこに、私の城となるらしい小さな事務所がついています。

 前任者はもうじき定年退職する女性で、しばらくはこの人から引継ぎです。この世代の女性が定年まで勤め上げるのは困難だったでしょう。ご多分にもれず、女性事務職正社員のほとんどいない会社です。
 彼女は仕事内容の一覧表を作って下さっていました。これがどんなにありがたいことかおわかりでしょうか。(「パズルのピース(後編) 」 参照)全体がわかる。パズルの完成形が見える。ああうれしい。まさかこのブログの読者ではあるまいな。
 私が感激していると、自分が休む時代わりをする人がわからなくなるから元々作っていたのだ、というオチでした。それでもうれしいです。おばちゃんも結構いいキャラだ。
 誰でもこうした方がわかりやすくないでしょうか。部分から積み上げた方がわかりやすい人もいるのでしょうか。今はどこも忙しいから一覧表を作る余裕もないのでしょうか。
 教え方はそんなに上手ではありませんが(何という失礼)私の反応を見ながら進めて下さってとても優しいです。さすが年の功。今までの20代の派遣先上司とはえらい違いです。

 「年下に仕事を教わることに抵抗ありませんか」と派遣会社は聞くのですが、上司を年齢で差別する気はありません。彼らより私の方が社会性ありませんから。しかし若い方が年上の人間の社会性のなさを許しません。そして、「今までこれでみんな覚えてきたのだからこれがベスト」という考えを変えません。
 そこは若者を許すべきなんでしょうけれど、こいつらにクビにされてきたかと思うとおおらかな心で見守る余裕がありません。社会経験を積んでも社会性が身につかない人間もいるんだよう、とここで叫んでも通じないなきっと。
 おばちゃんから見れば私でも「若い子」のカテゴリーに入っているようで、社会性のなさをごまかせそうな気もします。おばちゃん頼りにしてるよ。でも年上の人間て自分が年取ると減るんだよな、当たり前ですが。

 

 

 3月22日の記事。このアメブロ版の8月21日の記事「失業保険をどうするか 」で紹介された仕事がそのまま決まりました。「決まりました」という記事もあったのですが、仕事が決まったというだけの内容だったので省略しました。

 半年経った今もこの職場で働いています。定年退職したおばちゃんともメールしています。おばちゃんはいい人だったけど、それでも

「私も随分長く働いたけどあなたのような人には初めて会った」

と言っておりました。その後

「苦労したんだね」

と適当に解釈してくれていましたが。

 新作です。今度はオレンジさんから イメージバトン というのをもらってしまいました。  イメージ? 妄想でよいのかしら。

 Tokyo → Big Apple → Silence World → traveling

という風に、妄想、じゃないイメージがつながってきたようです。


 さて、traveling(旅行中)、旅行中と言えば、数年前、遅めの夏休みをとってフランスはパリに滞在中のこと。ツアーのガイドさんが

「ニューヨークのビルに飛行機が次々と突っ込んだらしい」

と教えてくれました。それ以上の詳細は不明です。

 ホテルのテレビをつけても、キャスターはフランス語で、何言っているのかわかりません。映像を見る限りは、第3次世界大戦勃発の様相です。


 どこかの国がアメリカを攻撃したらしい。

→アメリカ、怒って宣戦布告。

→日本もつき合わされる。

→日本、渡航禁止区域に指定される。

→フランス滞在中の日本人、帰国不可能になり、旅行者騒然。

→フランス政府は人道的措置として難民受け入れを発表。

→旅行者にはフランスより仮説住宅が提供される。何とか生き延びねば。

→2年後、戦争は終結、仮設住宅からの退去と難民指定の解除が言い渡される。

→帰国する人もいれば残る人もいる。どうしよう。テレビを見ると、日本の戦後復興は目覚しい。

→フランスは素敵な国だ。このまま暮らしたい。でもちゃんと生活していけるだろうか。

→大丈夫、2年もがんばってきたのだから。

→仮設住宅を出、セーヌ川沿いのアパルトマンに移る。窓からはセーヌ川の流れが見える。きっと生きていける、夕暮れのセーヌ川を見つめながら自分に言い聞かせるのだった。

 

なんてことになったらどうしよう。(以上、妄想終わり)

 

 どこからが妄想でしょう。あくまで妄想ですので

「そんな都合のいい世界はありませんよ」

と怒らないで下さい。

 最後にセーヌ川のほとりに住むのですが、住む場所の近くに川があると安心します。実家の近くにも、今住んでいる場所の近くにも川があります。川のない場所は何となく落ち着きません。


 そういう訳で、次のお題は waterside にします。妄想族の方、お受け取り下さい。

 いわゆる接客系の職業の人と接する時は、普段の演技モードよりも素の自分に近いプライベートな状態であるために余計ストレスがたまります。
 私は話し手の言葉が聞こえなくて
「えっ?」
と聞き返して怒られる経験をしてからは、相手の声がよく聞こえなかった時は
「申し訳ございません、もう1度おっしゃっていただいてよろしいでしょうか」
とできるだけ丁寧に、申し訳なさそうな顔で聞き返します。それでもむっとする方はいらっしゃいますが、たいていは快く言い直してくれます。

 逆に私の声がよく聞こえなかった人はほとんどが
「えっ?」
とけげんな顔をします。声が独特のせいか、初めて私の声を聞く人は聞きなおすことが多いようです。中には単に
「えっ?」
が癖になっている人もいます。
 接客の仕事をされている人にそう対応されると、自分が人に聞き返す時は神経を使っているだけに、相手のプロ意識を疑い、イライラが生じます。
(この人はこんな言い方をして今まで誰にも叱られたことはないのかしら)
他の人が
「えっ?」
と聞き返しても私がそうするほどには相手を怒らせないようです。
 悪いことに声の大きさを微調整することができないため、言い直す時やたら大声になってしまい、
「そんなに怒鳴らなくても」
という顔をされてしまいます。

 このことは、障害を知ったことによってかなり改善に向かっています。
 相手の目を見て、ゆっくりと、「すみません、よろしいですか」とクッション言葉を入れてから話す。

 これでだいぶ聞き返されることは少なくなりました。できないことばかりではありません。少しずつ、歩み寄れます。待っていて下さい。(誰が?)

 

 

 3月20日の記事。私の声や発音は少し変です。多分聞き取りにくいと思います。記事を写していると、自分があまり変わっていないとがっかりすることも多いのですが、これに関しては随分改善したと思います。

 声の聞き取りにくさの他、視線を合わせないこと、ジェスチャーや表情がないことも、言葉が伝わりにくい原因でした。全部は難しいですが、視線、ジェスチャー(指さしなど)、表情のどれかひとつを実行するだけでもかなり違います。

久々に、内面世界の話。

 アスペルガ-症候群のコミュニケーションの特色として言われる
「婉曲な表現がわからない」「言葉を文字通りに解釈する」
は私にも根強くあります。
 対策として、「遠まわしな表現を別な言葉に置き換える」技能が必要になります。こんな面倒なことを多くの人が普通にやっているのが信じられません。やはり私は超能力者の星に置き去りにされた異星人なのでしょうか。

 外食の時はできればお店の人とあまり会話をしたくありません。お店の人とのやり取りは日々ストレスとの戦いです。カウンターのお店の牛丼やカレーが一番ですが、もう少しおいしいものを食べたい時もあります。
 なぜ、私の
「どれくらいかかりますか」
という質問の答が
「どれくらいお待ちいただけますか」
なのでしょうか。
「用事があるわけではなくて聞いているだけです」
5分という答を何とかして引き出してもその答はたいてい嘘で、その倍以上はかかります。なぜすぐわかる嘘をつくのでしょう。15分と言ったら私が腹を立てると感じるのでしょうか。
 作るのに30分はかかる料理を1分で出せるわけないでしょう。なのになぜ
「どれくらいお待ちいただけますか」
と聞く必要があるのか、しかも嘘をつくのかさっぱりわかりません。
「当店ではお客様が注文されてから料理を始めますので」
というのはもっと理解不能です。時間がかかるから悪いなんて一言も言っていないのに。

 1+1=2ではなく、1+1=ドラえもん になることに、異次元に放りこまれたように混乱します。私はよく会話がかみ合わないと言われますが、彼らこそなぜあんなかみ合わない会話で意思疎通が成り立っているのか不思議でした。
 人の質問に質問で投げ返してはいけない、と何かで教わったのですが、その時私は別な次元にいたのでしょうか。
 自分がそうして欲しいので、私が逆に質問を受けた時は投げ返さずストレートに答えるのですが、どうも一般的にはいけないことのようです。他の人と同じような会話をしなくては、と思っても、自分が言われていやなことはなかなか人に言えません。

 これは健常者が自分と違う世界で生きていると知った今も、合わせなくてはいけないとわかっていても、とてもストレスがたまります。
 日常生活を全て綿密なシナリオで動かしている私には、たとえ用事がなくても、どれくらい時間がかかるのかはとても関心があります。それによってその後のいろいろな行動予定が変わるからです。

 

 

 3月19日の記事。これは当時のコメントでも理解が難しい印象でした。それ以前は、なぜ

「私が質問したことにその答ではない言葉が返ってくる」

「相手が質問したことに私が答えると気を悪くさせたり怒られたりする」

のかわからず、困惑しまくっていました。しかも自分ではなく相手に原因があると思っていました。

 定型発達者はこういう不思議な会話をするのだ、理解できないのは自分に非がある、とわかった今も、会話がこういう展開になると、とてもイライラします。こればかりは我慢するしかありません。

 先日も

「○○と△△、いくらくらい値段に違いがあるのですか」

「大して変わりませんよ」

という会話があり、それ以上聞くのを我慢したのですが、大して変わらないってどれくらいだ、と今日もイライラ。