半年ぶりに某医院に行きました。
「今日はどうしたの」
「頭の薬お願いします」
「頭、相変わらず悪いの」
「はい、顔はだいぶよくなってきたのですが、後、お腹にもできました」
つまんねー前ふりですが、皮膚科に行ってきました。

 冬が近くなると、頭から足まで乾燥肌です。ちょっとした刺激で出血です。飲み薬を飲み、風呂あがりは全身にローションを塗り、ひどいところには軟膏も塗ります。
 頭が特にひどいのは、多分シャンプーするからです。(医師の紹介の製品を使っています)顔は、石鹸も洗顔料も使わなくでも洗うことはできます。クレンジングなら、刺激が少なく、油分をしっかり落としながら水分を保つ、質のよいものが出ています。
 頭は、刺激の少ないシャンプーでは洗浄力が弱く、皮脂がたまりやすくなって悪化の元です。いっそ丸坊主にしたらよいのかも知れませんが、一応女性なので勇気がありません。

 実は短髪似合わないのです。短髪は美人しか似合わない気がします。私はなで肩で首が長いので、昔短髪の頃
「頭と身体が離れている」
と言われました。ろくろっ首かい。

 

 

 11月5日の記事。あ、今日は1月3日、アメブロ版では2006年最初の記事です。新年おめでとうございます。この記事はタイトルのお陰で新着の食いつきがよかったです。私も頭の中身の方に利く薬があればぜひ欲しいです。

 私はあまり汗かかないので、皮膚の水分が少なくて、乾燥肌になりやすいかも知れません。でもあれですね、乾燥肌でもニキビ(吹き出物だ)できるんですよね。あれはいけませんね。

 テラ・インコグニタ。響きのきれいな言葉は好きです。「未開の地」「未知の大地」の意味だそうです。私もまた、未知の大地に立っています。アスペルガー症候群と診断を受けたその日、私は初めて「彼ら」と出会いました。早9ヶ月。まだまだ驚くことでいっぱいです。
 
 言葉を、事実を伝える目的では使わない人々。
 お互いを否定し合う不思議な会話。
 突然怒り出し、テレパシーを飛ばしあう人たち。
 
 あれは何? 悪の枢軸? 宇宙人? それとも何かの秘密結社? 
 それは異文化でした。違う認知、違う言葉、違う感情のゆくたて。それは間違いでも悪でもなく、ただ「違う」のです。それを私の価値観で裁いてはいけません。
 事実はテレパシーで伝え合うから、言葉は自分を伝えるのに用いるのです。なあるほど。便利ですね。それは嘘ではないのです。彼らの言葉の使い方、彼らの文化。尊重しましょう。理解しましょう。
 
 私はマイノリティです。でもそれを知ったから出会えた、愛しいテラ・インコニグタ。私はあなたを尊重します。理解します。
 共に歩きましょう。私は人間ができていないので、異質を悪と信じて攻撃する人間とは、残念ながら和解できません。あなたが私を攻撃しない限りは。友好的であってくれる限りは、共に生きていけると信じます。
 
参考記事
 テラ・インコグニタ  
 テラ・インココグニタに出会う  
 そこに虹がある  
 
 最愛の隣人達に、この駄文を捧げます。

 

 

 11月4日の記事。後にマイブームとなるブログ文化論にもつながる記事を、お友達が書いて下さいました。異文化との出会いは楽しい、共存できない文化もありますが、私たちはきっと共に生きられる、共存できる範囲の差異であると信じます。

 お会いできてうれしかったです。皆様、ありがとうございました。よいお年を。

 本屋には来年の手帳コーナーができています。手帳は早く買ってしまうに限ります。待っていてももっといいデザインのものが出ることはないし、いいものは早くなくなるからです。
 メモ魔の私は、手帳には様々なこだわりがあります。

1 大きさはA5。それより大きいと、常に持ち歩くには扱いづらく、小さいと書き切れない。
2 見開き左が週間予定、右が自由記入欄になっているもの。
3 その他後半に、自由に記入できるページがたっぷりついていること。(毎年足りなくなる)

 この条件を満たす手帳が少ない訳ではないのですが、ほとんど表紙が黒かこげ茶で地味。小さいサイズならパステルカラーのカワイイ手帳がたくさんありますのに。ビジネス用ということでしょうか。
 仕事のことは別な大学ノートに書きますから、手帳はプライベート用です。買い物も掃除も洗濯も、体調によっては歯みがきも入浴も書いていきます。読みたい本、見たいテレビ番組、ネットで調べてみたいと思った言葉。書いたことが実現する度にチェックすると大満足です。
 
 手帳の困る点は、1年が終わったらどう処分するかです。ごみ箱に捨てる訳にいかないし、1枚ずつはがしてビリビリに破くのは大変だし、表紙は燃えないごみのような気がするし、仕方ないからずーっと取ってあります。

 そういうことで、来年の手帳をもう買ってきてしまいました。画像を載せようかとも思ったのですが、表紙に光が反射してきれいに撮影できなかったのでやめます。
 デートも友達との約束もほとんどなく習い事もしていないのに、日常生活満載の文字であふれていく手帳。来年はどんなことが書きこまれていくのでしょう。

 

 

 11月3日の記事。もうこの手帳使い始めています。手帳は使い終わってからの処分に困ります。プライバシー満載ですから、普通にゴミに捨てる訳にも行きません。

 私にはどうも説教したくなる雰囲気があるようです。もっと偉そうにした方がいいのでしょうか。へりくだっている時に限って説教攻撃受ける気がします。
「こうすればいいんじゃないの」
「こう言えば」
というアドバイスがあまり利き目がないのは、何事も極端に走りすぎるからです。ほどほどが苦手です。
「言われたとおりにしたのに」
「そこまでやれって言ってないでしょ」
という結果になります。物事は、やりすぎてもやらなさすぎてもいけません。よほど私をよく知っている人でないと上手に教えられません。

 だから環境、構成メンバーなどによって私の人に与える印象はとても違います。私を
「穏やかで絶対怒らない人」
と思っている集団の人が
「いつも怒っていて怖い人」
と思っている集団の人に
「chargeupさんて何を言われてもにこにこしていて本当にできた人ですね」
とうっかり言って
「???ハア???」
状態になったことがあります。二重人格、大嘘つきと言われました。どっちでもいいけど中途半端になれません。

 説教されやすいのは前者のキャラの時、とも限りません。後者の時でも説教はされますが、前者の時の方が確実にストレスがたまります。後者の時の方が、それが許される場所だというだけでも、生きやすいです。怒っていても説教はしませんよ。説教できるほど弁が立ちませんから。愛想悪いだけで。

 

 

 11月2日の記事。もう先月のです。そのうち昨日の記事を写すことになるのだろうな。説教されやすいのはやっぱりバカっぽいからでしょうか。(ぽいのではなく・・・)他の人が同じことしても私だけ説教されやすい気がするのは被害妄想でしょうか。説教してはいけない人っぽい雰囲気をかもし出さなくては。

 ウィリアムズ症候群 http://ameblo.jp/chargeup/entry-10004420115.html  という発達障碍を初めて知った時は、その特徴の鮮やかさに強く惹かれました。

1 空間認知能力が低い
2 相貌認知能力が高い
3 聴覚認知能力が高い
4 社交的
5 IQは低いが(平均60前後)言語能力が非常に高いためそうは見えない
6 天性の音感、リズム感を持ち、音楽的素質に富む

 どんな感じなんでしょう。おとぎの国からやってきた妖精を想像します。ドキドキ。しかし言語関係の書物を読んでいくと、ことさら
「言語能力が他の能力とは独立している」
ことの証拠として強調されすぎた側面があるようです。
 いわく
「言語能力が高いといっても、同じIQの他の発達障碍者と比べて高いという意味で、平均的な知能の定型発達者より高いという意味ではない」
え、そうなんですか。期待(妄想)しすぎてしまいました。

 音楽的素質が高いのは確かですが、視覚認知能力が弱いため多くは楽譜が読めないそうです。音楽業界には詳しくないのですが、日本で楽譜を読めない音楽家というのは認められるのでしょうか。
 言語能力独立説にはとても興味はありますが、そればかりで語られるのも気の毒な気はします。能力が均一であることが正常で、能力差が激しいことは障碍であるというこの社会で、才能を発揮できずに生きているのでしょうか。

 

 

 10月30日の記事。10月はこれが最後です。早いです。ウィリアムズ症候群、それは障碍か、才能か。ちょっちぷんさんが、ウィリアムズ症候群や他の発達障碍者と出会った経験を、テラ・インコグニタ(未知の大地) http://blogs.yahoo.co.jp/chocchipun/15322543.html  という言葉で表現しました。それ以来異文化がマイブームです。