毎年冬が近づくと鼻炎に悩まされます。夜寝る時専門の鼻炎で、寝る前だけ薬を飲みます。でないと鼻呼吸できずに死にそうになるので。口やのどが乾いて変な咳が出ます。私のは鼻水が出ない(花粉症の季節除く)鼻づまりなので、乾く作用は抜いて欲しいものです。
 
 朝になっても咳が止まらないまま出勤すると、今日来ている人(会議室の事務なので、その日会議室を利用する人ということです)の中に乾いた咳の人がいます。この人が風邪ならば今年の流行は乾いた咳である可能性が浮上、私にも風邪の疑いが出てきます。
「風邪ですか」
と聞こうとして思いとどまります。これは業務内容ではありません。世間話です。
「風邪ですか」
「そうです」
「そうですか。大変ですね」
シーン。
 
 こんな恐ろしいことになったらそっちの方が大変です。向こうから持ちかけられたならともかく、世間話をこちらからしかけてすべった日には、1日落ちこんでしまいます。一応顔見知りなので、
「風邪ですか」
と質問するくらいで変には思われないでしょうが、咳をしている人に
「風邪ですか」
と聞くのは
「咳がうるさい」
という意味にも受け取られかねません。
 
 昔学校で、クラスメートが次々に聞きにくるのを
「みんな心配してくれているのね」
とお気楽に受け取っていたら、「風邪の時にはマスクをしましょう」という言葉と共に、黒板いっぱいに私がマスクをした似顔絵を描かれてしまいました。朝来てびっくりです。こういう時は、そのままにしておくのと消すのとどっちが正しいのでしょう。
「風邪ですか」
には4万種くらいの意味があるに違いありません。シチュエーションによっては愛の告白になったりします。
 
 そういう訳で、面倒くさいので聞くのはやめました。世間話は、できるだけ避けるに越したことはありません。なので今私が風邪なのかいつもの鼻炎なのかまだわかりません。
 季節の変わり目でございます。皆様も暖かくしてお休み下さいませ。

 

 

 11月16日の記事。何もしなくてもしばらくしたら咳は治ったので、結局風邪かそうでないのかわかりませんでした。鼻炎は相変わらずです。例年、春になるとこのまま花粉症です。

 休日は、日頃の睡眠不足を取り戻そうと親の仇のように眠りをむさぼります。そしてやっと起き上がると、うう、頭が痛い。寝すぎによる頭痛を前にテレビで解説していたことがあります。だったら起きればいいのですが、いやというほど寝たいという欲望に頭痛は勝てません。
 実眠8時間くらいでも頭痛がするので、あまり眠るのに向いてなさそうです。1度寝てしまえば、起きるのは辛いのですが。
 
 「睡眠障害あり 」 という記事でも触れましたが、どうもASの中にも常に眠っていたいタイプと不眠症の2タイプがあるようです。
 幼少期は眠れない上に眠りも浅かったのですが、成人後は1度眠ってしまえば深く眠れるような気がします。成人したからというより1人暮らしになったからかも知れません。
 1人でいる時間をたっぷり取れることでとても楽になりましたし、眠るための環境を自分で工夫できるようになりました。
 私は眠る時に音楽をかけることがあります。眠れない時は頭の中でごちゃごちゃ考えすぎ、涙が止まらなくなるので、音楽をかけることで気を紛らわします。実家で音楽をかけて寝ようとしたら、多分
「そんなことするから余計眠れなくなるんだ」
と叱られます。
 
 それはいいんですが、いくら眠っても眠り足りないよりは、眠れない方がましなのかなと思いました。睡眠時間たっぷり取らないとダメだったら、フルタイムで働きながらこうしてブログを更新し続けるのは難しかったような気がします。
 

注:「こうすれば眠れる」「眠れないのはこうだからだ」系のコメントは、私にとってはきついのでお控え下さい。

 

 

 11月12日の記事。大変申し訳ないのですが、不眠系の記事を書くと、どんなに注意書きを添えてもアメブロ版だとアドバイスコメントが入るような気がするのでコメント拒否にします。(単なる被害妄想です。ごめんなさい)

 日本のドラマのリメイクだそうで、ストーリーも想像つきます。ヒロインの病名は
「若年性アルツハイマー」
内容はベタベタですが、こういうめずらしい病気をテーマにした映画は、それなりに啓蒙になってよいです。
 
 しかしすぐ、こういう映画を説教族がご覧になったらどんな反応をするのかと被害妄想に走ってしまいます。
「メモを取れ、壁に貼れ、忘れることに怯えていないで思い出す努力をしたら」
なんておっしゃるのでしょうか。感動も純愛もありません。
 
ヒロイン「何もかも忘れていく。あなたのことも忘れていく、愛したことも」
ヒーロー「それでも君を愛している。君が忘れても、僕が愛し続ける」
いいですねー、ベタベタでんな。うへへ。
 そこへ悪役登場。
「甘えているんじゃないよ、世の中にはもっと大変な人がたくさんいるんだ、忘れる忘れると泣いてばかりいないで覚えろ、もう1度がんばってみなさい」
うわ、悪役もベタベタ。(これは妄想で、実際の映画のシーンとは異なります)
 
 説教族の皆さんは自分こそが世直しのヒーローだと思っていらっしゃるようですが、それでうまくいった人いるんでしょうか。100歩譲ってうまくいったとして、それは説教なしでは成功しなかったことなのでしょうか。
 こういう人たちは、うまくいけば自分の手柄、いかなかったら相手が怠け者だからと話を作り替えている気がします。被害妄想ですが。

ヒロイン「あなたのお陰よ」
ヒーロー「君ががんばったからだよ」
悪役  「ほら、だから言ったでしょ、やればできるって。私の言った通りでしょ」
願わくば、滅びて下さい。

 

 

 11月11日の記事。説教族はうまく行った時だけ

「それをわかって欲しくてあの時わざと厳しいことを言ったのよ」

と言って出てきそうでいやです。

 正常な人は、どの分野においても同程度の能力を持っており、分野ごとに一定以上の能力差があるのは異常である、という話は信じがたいものでした。
「誰でも得意なことと苦手なことがある」
というのはごく常識的に語られているではありませんか。これも、私の言葉と他の人の言葉では意味が違っていたようです。
 
 漫画でよく登場する
「勉強はできるが運動はまるでダメなガリ勉君」

「勉強はできないが、とある分野で天才的な才能を発揮する主人公」
は、現実にはいそうでなかなかいません。
 
正常な人は、分野ごとの能力に大きな差はない。
   ↓
個人の内部の能力差は、環境や好き嫌いや、指導者に恵まれたかどうかなど、後天的な要素で決まる。
   ↓
苦手なことでも、努力すればその人が普通にできることくらいのレベルには引き上げることができる。
 
という図式になっているのでしょうか。
 
 昔、大学入試で一芸入試というのが流行しました。(今もあると思いますが)その時、大学の学長だか入試担当者が、
「何かでトップクラスになれる人間は、他のどんなことをやっても一流になれる素質を持っている」
みたいなことを言っていてまさかと思いました。そこには
「1人の人間の能力は、その内部においてはどの分野でも大きな差はない」
という大前提がありそうです。
 
 天才と呼ばれる人々には、レオナルド・ダ・ビンチみたいなオールマイティな天才もいますが、たいていは分野限定です。天才とナニカは紙一重です。ひとつの分野が天才で他が人並みというのも一種の「異常」なのでしょう。せめて天才に生まれたかったものです。

 

 

 11月8日の記事。定型発達者の嘘のメカニズムのひとつには、同じ言葉でも度合いが全然違っている、というのもありそうです。


 昨日の記事「頭に利く薬」でちょっちぷんさんが紹介してくれた生姜紅茶。代謝を促進するそうです。私は代謝悪そうです。あまり汗かかないし。表皮の水分足りないから、服がチクチクするのでしょうか。
 
 チューブ入りの生姜をティースプーン半杯カップに入れ、紅茶を注ぎます。生姜の香はしますが、味は紅茶の味です。想像より飲みやすい、と思ったら、混ぜ方が足りなかったらしく、生姜成分が下に沈澱していただけでした。
 だんだん飲むのが辛くなります。最後の2口を捨てて2杯目を入れます。しまった、もしかしたら最後の2口にこそ大事なエキスが含まれているのでしょうか。しかし連続2杯はとても飲めませんでした。
 
 ネットによると、身体がポカポカして発汗する人と、変化のない人といるようです。自己暗示にかかりやすいので、ポカポカまではしますが、全然汗は出てきません。だめかな。チューブだからでしょうか。効いているのかな。
 体質改善には時間かかるから、とりあえずチューブの中身がなくなるまで(短いよ)1日1杯続けてみます。

 

 

 11月7日の記事。コメント欄を見ますと、本物の生姜でないと効き目が薄そうです。ダイエットブログでも評判がよいのですが、家で紅茶を飲む習慣がなく、会社で飲むのでチューブでないと厳しそうです。味は大分慣れてきて、おいしく感じるようになりました。