過去記事「禁断のカテゴリー6 」で、OJTの問題点として下記の6項目を示しました。当時次の仕事が決まってなくて、どうなるか興味深かったのですが、今の勤務先は導入が集合研修だったので、初期の大きな問題はありませんでした。
 
1 板書がない →集合研修なのであった。
 
2 レジュメがない →あった。
 
3 カリキュラムがない、あっても見せてもらえない →あった、見せてもらえた。
 
4 主に、作業を見せながら教える方法がとられる →一部あった。
 
5 教える人はその作業を言語化できない →一部あった。
 
6 質問すると怒られる →一部あったが、私の方が質問を控えるよう心がけた。
 
 4、5はパソコンの社内システム研修で起こりました。画面を見せながら
「ここをこうするとこうなって」
みたいに言われるのですが、発話をそのまま書き取っても意味のある文章にならず、それでも書き取っている間に画面が変わって、何のことかわからなくなります。
 
 そういうメモを取りにくい場面では、あきらめて話を聞くこと、画面を見ることに集中した方が理解に手が回るかも知れません。ASの子供は話を聞きながら ノートを取ることができないので、どっちつかずになるよりも話を聞くことに集中させた方がよい、とどこかで読んだ気がします。
 
 しかしQ&Aサイトでは 、メモを取ることこそ全て、メモを取らないと覚えられないのだ、全てメモせよ、メモしないで聞けと言われてもメモだ、という勢いです。
 ボイスレコーダー と同じで、メモを取らなければ絶対覚えられるという確信はなく、少しはましになるかも知れないと、わらにもすがる思いなだけです。
 
メモを取って20点>>>越えられない壁>>>メモを取らずに50点
 
であろうと思われます。メモを取って20点の方が、一生懸命に見えるだけましというものです。
 6については次回。
 
 
 7月3日の記事。アメブロマイページのチェックリストの下にある「あなたにオススメのブログ」というのは、今日見つけたんですが前からありましたっけ(疑問に思っているのであって質問しているのではありません)。そして、どこがどうオススメなのか謎です。Yahooのお勧めは、共通のキーワードが元になっているとわかるのですが。
どんなジレンマ様
障害を持った人が、人の手を借りることに対して自責の念を持つのなら、それは社会のバグだと思う。
 
 もやもやするものがたくさんあります。上の主張に反対ということではないんですけど、少なくとも日本においては、自責の念を持たずに人の手を借りようとすると反発食らいます。自責の念を持っていることを証明しなければなりません。
「できないことは他人を頼ってもいいのだ」
などと、健常者が言う分にはいいのですが、障害者が自分で言うと大変なことになります。
 
 私は過去にブログ上で、人の手を借りて生きている障害者と名乗る人(偽者説あり)から
「障害を盾に取るのはひきょうだ、甘えている」
と非難されました。何度も書いているように、私は現実世界で障害を公表していないので、障害を理由にして人の手を借りたことは1度もありません。
 
 自分が人の手を借りて生きているのに、他の人間が人の手を借りることを非難するような人は、自分に対しても自責の念があるのでしょう。だけど、だとしたら、
「人の手を借りて生きる人間」
を排除するのは、
「人の手を借りて生きる人間」
自身かも知れません。自分を許さないことは他人をも許さないことです。
 
狐の王国様 「自分と同じ苦労をしなくていい人を見るとキレる人々
 
 健常者が障害者を
「甘えている」
と非難することはなかなかできないものですが、障害者が障害者を非難すると、健常者にある言質を与えます。
「障害を盾に取って甘えている人間もいるのだ、そういう人間は排除しなければならない」
と障害者の選別思想に向かわせます。
 
 もやもや。障害を持った人が人の手を借りるのに自責の念を持つ必要はない、という意見に反対する人はほとんどいないと思いますが、人の手を借りていいかどうかは誰が決めるのでしょう。
「やればできるのに努力が足りない、甘えているだけ」
と判断されたら排除されるしかありません。


 6月26日の記事。久しぶりの更新、というより今月最初の更新でした。2週間近く、トップ記事を時給800円のまま放置していたとは。更新が大幅に減っているので写す記事も減っているのです。七夕の願いは、クビになりませんように。
 久しぶりに、登録している派遣会社から紹介メールが来ました。それが、タイトル通り時給800円の仕事だったのですが、交通費については記載されていなかったので、多分なしです。
 派遣、フルタイム、時給800円、交通費なし、交通費を差し引けば最低賃金以下、ダンピングもここまできたかという衝撃があります。
 
 時給が安くても交通費付きであれば、官公庁関係でたまにありましたが、今回は民間企業です。仕事内容は一般事務ですが、派遣の仕事としてはごく平均的で、少し前だったらもっとちゃんとした額の時給が設定されていたであろうと思われます。
 
 他のブログでも、時給800円交通費なし派遣ネタを見たので、ダンピングはじわじわと広がっているのでしょう。派遣会社のホームページで公開されている案件は「普通の」時給ばかりです。ダンピング案件は載せないのか、それとも載せている方は偽物かも知れません。
  
 1日7時間、月20日働いて11万程度、8時間でも13万弱、交通費は自己負担、1人暮らしの生活を支えるには厳し過ぎる金額です。しかし私にもいつか
「それでも仕事があるだけまし」
と思える時期がやってくるのでしょう。
 
 そんなことで、あまりにも紹介が来ないために各派遣会社や転職サイトの登録をまだ
「探しています」
状態のまま放置していたことを思い出して、久しぶりに修正をかけました。次回に備えて。
 
 あるサイトで、
「希望職種、業種には合致しないけど、あなたの経歴と志向から見たお勧めの求人」
というのがあり、その中に
はてな のプロデューサー」
がありました。私の経歴と志向のどこがはてなのプロデューサーなのかわかりません。
 
 最近のネット広告は、こちらのプロフィールや他の巡回先を分析しているのか と疑惑するほど精度が高いですが、このサイトも私がはてなを巡回していることを知っているのかも知れません。
 
 
 6月21日の記事。しまった、追いついてしまった。わかっていたことですが。
 新しい会社から健康保険証をもらいました。裏がドナーカードになっていました。
「私は、臓器を提供しません」
に○をつけ、サインしました。善意のかけらもありません。
 
 単純に、痛いんではないかという恐怖からです。数年前読んだ脳死反対派の書籍に
「脳死者の肉体にメスを入れれば血圧が跳ね上がり、涙を流す」
という事例が紹介されていました。生理的な反応であり、脳が痛みを認識している訳ではないそうですが、脳死して臓器提供して生還された方はいない訳で、痛かったらどうしようと不安です。
 
 健康保険証の裏のドナーカードでは、心臓死後のみの提供希望もできますが、これも自分の中で整理できていないところがあります。どうせ焼かれるのですが、焼かれるのも怖いのです。熱かったらどうしようとか。どうしようもないんですが。
 
 この話を友達とした時、
「それでも自分が助かる見込みがないなら、それで助かる人に提供したい」
と言われました。ああ、やはり私には優しさのかけらもありません。
 もしかしたら、身内か友人に、移植医療によって命が助かる人がいる、という背景があれば、違う考えだったかも知れません。私が、自分を提供する方の立場に置いてしか考えられないのでしょう。
 
YOMIURI ONLINE 15歳未満認める「A案」衆院で可決…臓器移植改正案
 
 本人意思が不明でも、生前の拒否がない限り、家族の同意で臓器提供できるようになる法案が、昨日衆院で可決されたそうです。私は自分が提供するのは嫌だけど、移植医療の発展には賛成します。関係者にとっては切実なことであろうと思うからです。
 
 私の意思は保険証の裏に書き、身内にも伝えました。私は提供しません。しかし提供する方、される方を尊敬し、尊重します。こう書くと、両方の陣営に説教されそうですが。
 
 
 6月19日の記事。一昨日の記事は今朝RSS配信されたようだが今日の記事は大丈夫か。Yahooの方は、今の仕事を始めてから週2回くらいしか更新できていないので、段々記事が追いついてきた。
琥珀色の戯言様 「ブロガーという病
 
ブログを書いていると、だんだん、「このくらい書いてもいいはず」というハードルが下がってくるのだ。
 
 私はこれと逆に、だんだんハードルが上がってきました。最初は今よりも、現実の自分の情報を出していました。その後、ネットのリテラシーだ何だというブログを読んだり、変な人に
「どこそこに住んでいるんでしょう」
と絡まれたりして怖くなって、自分のリアル属性がわかるようなことは控えるようになりました。
 
 就職活動の時期も、もう少しリアルタイムに、派遣会社のこんな案件にエントリーしたら10分でお祈りがきたとか、面接でこんな面白い人に会ったとか書くつもりだったのですが、いざとなると、その時の関係者が読んだら私だとバレる、とビビって書けませんでした。
 
 その時の関係者に読まれる可能性は限りなく低く、仮に読まれても私のことを覚えている可能性はさらに低く、10万歩譲ってあの人だとわかったとしても、 リアルでその後も関わりを持つ相手ではなく、関わりを持ったとしても、地名や社名でも出さない限りは似たようなこともあるものですね、で済む話です。
 就職活動中の人のブログをいくつか購読するようになりましたが、どれも赤裸々です。赤裸々でないと面白みがありません。
 
 何を恐れているのでしょう。シュレッダーの話 と同じで、大して価値のない個人情報を、外へ出かければ交通事故に合うかも知れない程度の可能性に怯えて、一生懸命つぶしているだけの、滑稽な姿です。
 
 外歩いていて交通事故に合うことに比べると、ネットに書いたことが原因でリアルに悪影響を及ぼした場合、
「それはあなたが悪いのではないでしょうか」「自業自得」
と責められるであろうことが恐ろしいです。
 
 
 6月14日の記事。私もそうですよ恐怖症でもある。診断のきっかけとなった仕事覚えられない問題の頃、私は若年性痴ほう症ではないかと真剣に悩んでいたのに、同僚も友達も
「30過ぎれば仕事覚えられなくなるのは誰でも同じ」
と一蹴したのだ。違う違う違う。私は違うことを知っていた。誰でも同じと言われても何の解決にもならない。