どんなジレンマ様
障害を持った人が、人の手を借りることに対して自責の念を持つのなら、それは社会のバグだと思う。
 
 もやもやするものがたくさんあります。上の主張に反対ということではないんですけど、少なくとも日本においては、自責の念を持たずに人の手を借りようとすると反発食らいます。自責の念を持っていることを証明しなければなりません。
「できないことは他人を頼ってもいいのだ」
などと、健常者が言う分にはいいのですが、障害者が自分で言うと大変なことになります。
 
 私は過去にブログ上で、人の手を借りて生きている障害者と名乗る人(偽者説あり)から
「障害を盾に取るのはひきょうだ、甘えている」
と非難されました。何度も書いているように、私は現実世界で障害を公表していないので、障害を理由にして人の手を借りたことは1度もありません。
 
 自分が人の手を借りて生きているのに、他の人間が人の手を借りることを非難するような人は、自分に対しても自責の念があるのでしょう。だけど、だとしたら、
「人の手を借りて生きる人間」
を排除するのは、
「人の手を借りて生きる人間」
自身かも知れません。自分を許さないことは他人をも許さないことです。
 
狐の王国様 「自分と同じ苦労をしなくていい人を見るとキレる人々
 
 健常者が障害者を
「甘えている」
と非難することはなかなかできないものですが、障害者が障害者を非難すると、健常者にある言質を与えます。
「障害を盾に取って甘えている人間もいるのだ、そういう人間は排除しなければならない」
と障害者の選別思想に向かわせます。
 
 もやもや。障害を持った人が人の手を借りるのに自責の念を持つ必要はない、という意見に反対する人はほとんどいないと思いますが、人の手を借りていいかどうかは誰が決めるのでしょう。
「やればできるのに努力が足りない、甘えているだけ」
と判断されたら排除されるしかありません。


 6月26日の記事。久しぶりの更新、というより今月最初の更新でした。2週間近く、トップ記事を時給800円のまま放置していたとは。更新が大幅に減っているので写す記事も減っているのです。七夕の願いは、クビになりませんように。