私はロッカーにポケットティッシュの束を常駐させ、少なくなってくると新しい束と取り替え、少なくなった束を丸ごと出して、自分のデスクの引き出しに移動させます。在庫切れを防ぐためです。
 これ自体は慣れた動作ですが、
「昼休みにティッシュを買いに言ったらストッキングが安かったので一緒に買ってしまった」
という条件が加わると、動きがぐっと複雑になります。
 
1 バッグとドラッグストアの袋を持ち、ロッカーを開ける
2 古いティッシュ束取り出し、いつもバッグを置いているスペースに置く
3 新しいティッシュ束を袋から取り出し、ティッシュ束の定位置に置く
4 ストッキングだけが入っている袋を、袋ごとバッグの中に押しこむ
5 肌身離さず持ち歩く手帳をバッグから出す
6 バッグの定位置にある旧ティッシュ束を取り、そこにバッグを置く
7 ロッカーを閉める
8 手に持っているのが、旧ティッシュ束と手帳だけであるか確認
 
 これ、考えなくてもできる人や映像で考える人には何でもないかも知れませんが、文章だけで考えるとかなりグダグダです。
 その場で考えながら書くと、それ自体が時間を取るし、歩きながらは書けないし、書いたものを見ながらこの動作をするということを考えると、書いたものをどこに置くかをシミュレーションに加える必要があります。
 
 さらに、ロッカー近辺に他の人がいて、話しかけられたら大変です。先ほどの脳内メモを思い出しながら、ひとつひとつ動作しながら、なおかつ人の話を聞くなどという器用な真似はできません。
 その場合はバッグとドラッグストア袋をいったんそのままロッカーに入れて閉め、後で戻ってきてやり直しです。その場合はすぐメモらないと、ドラ袋の存在を永久に忘れそうです。
 幸い人はいなく、無事成功しました。今日の動作脳ちゃんは絶好調です。これで一仕事やり遂げたような達成感だから困ったものです。
 
 
 4月19日の記事。あとATMでお金おろしながら通帳記入する時の動きも、複数の動作を1度に考えないといけないのでからまります。お金と通帳とカード、どれから取ればいいのかおろおろします。簡単な動作ほど、言葉で説明するとグダグダです。
 私は
「おてすうかけます」
だと思っていましたが、
「おてかずかけます」
と言う人に何人か会ったことがあります。辞書を引くと、「おてかず」の方が本家のようです。
 
 私は人に間違いを指摘されるのが大嫌いなので、逆に人に間違いを指摘する時は相当な証拠を集めないといけないと思っています。
 間違いを指摘されるのが大嫌いというだけでは誤解を招くのでつけ加えると、明らかな間違い、例えば
「織田信長は1755年イギリスでマリー・アントワネットを処刑した」
と私が書いたなら指摘されても仕方ありません。しかしそれですら、歴史SF妄想小説の執筆を開始したとも考えられます。まして
「善語、悪語などという日本語はありません」
と指摘されたら怒り狂います。
 
 2ちゃんねるで言えば、ガイシュツを
「それはキシュツと読むんですよ」
と指摘する人々。自分の知識が絶対に正しいと信じ、もしかしたら相手の世界では正しいのではないかと検証する姿勢がみじんもありません。さらに、叩かれると、
「知らなかったんだから仕方ないではありませんか。そんなに叩かなくても」
という反応になることがまれにあります。よく知らないくせに、他人にものを教えてあげようなんて何で思えるんだ?
 
 すべらか の例もありますので、誤字を指摘する時には最低でも広辞苑、Yahoo辞書、グーグル検索はしなければと考えますが、それでも業界や地方限定の言葉、妙な社内用語は拾えないこともあります。さらに間違った使い方でも、それを使う人が過半数を超えたらそちらが「慣用的な」使い方になります。
 
 新聞にまで誤字を指摘する人がいるようですが、本当に誤字か、どれだけ調べているんでしょう。私は調べる手間を考えると、そこまで思いやりをもてないので、とても指摘できません。
「すべらか」
もぜひ1度文中で使ってみたいのですが、誰かに
「それはなめらかと読むんですよ」
と指摘されはしないかという被害妄想で使えません。それこそ
「そんなに怒らなくても」
と言われそうです。
 
 
 4月17日の記事。だいたいこういう記事を書く時はコメント消しているな。繰り返し書いても、初登場でのアドバイスコメントは定期的に入ります。これはもう避けられないのでしょう。悪気のない、ただ優しい人なんだとはわかりますが、
そんなことも知らないと思われた→見くだされた→全否定された
という認知です。親切な指摘(但し間違い)が恐ろしくて「すべらか」を使えないのは残念です。
 そらさん 、いつもネタをありがとう。私も小学生時代OLに憧れていました。アルファベットが、何だかKGBかSATのコードネームのようで、かっこよさげだったからです。
 
 私は小学2年生の時から早く家を出て1人暮らしをしたいという野望を持っており、近所の不動産屋さんの前にずーっと立って、貼り出してある物件を眺めている不気味な子供でした。
 当時この地域の相場で、独身者向け木造アパートが家賃2万円ちょっとくらい、食費が3万円、光熱費や電話代で2万円、10万円お給料があれば十分ぜいたくに暮らせる、と誤った計算をしていました。
 
 小学校の担任の先生に
「おーえるになりたいです」
と将来の夢を語ると
「おーえるってどんなことする人?」
と返されました。そんな返しがくるとは予想していませんでした。先生もお年を召していらっしゃったので、本当に、OLが具体的に何をする人かご存知なかったようです。
「わかりません」
われながら間抜けだと思いました。何をする人かもわからないのに将来の夢かい。
 
 人は意外と子供の頃の夢に近いところで働いていると言いますが、私も念願かなってOLになりました。(多分、なったと思うが)もっとゴージャスな夢を語っておけばよかったです。
 女の子が1度は憧れるスチュワーデスや看護婦(いずれも当時の名称)、私も憧れてはいましたが、それでお金がもらえるという風に頭がまわっていなくて、おそらくコスプレと勘違いしていた気がします。OLこそが、仕事をしてお金をもらえる職業だと信じていました。とほほ。
 
 
 4月16日の記事。大人は子供が随分小さいうちから大きくなったら何になりたいかと聞きますが、子供は近隣500m以内くらいにしか視野がないから、そんなにたくさん職業を知りません。
 昼過ぎに駅前をちんたら歩いていると、手をつなぐロマンスグレーの紳士に若い女性と、すれ違いました。私の脳はいけないと思いつつ妄想を始めてしまいます。
 
1 不倫カップル
2 普通のカップル
3 父娘
4 手をつなぐことに何の意味も持たない人たち
 
 これ以外のケースを考え出すと妄想小説がまた始まってしまうのでこれくらいにします。年が離れていても普通のカップルはいるだろうけど、普通に不倫カップルに見えるぞ。しかし土曜日の真昼間です。不倫カップルというと
 
平日午後3時、仕事中に「8時にいつものところで」というメモを書類につけて渡す
→場面は変わって裏通りのさびれたバー、「ごめん遅くなって」と言いながら片方が必ず遅れてくる
 
のイメージがあるので、土曜日の昼間に堂々と手をつないではいけません。
 
 父娘、は成人しても手をつなぐんでしょうか。父親と手をつないだ記憶ありません。母親でも実は手をつなぐの嫌だったのです。幼少の頃から。嫌がったら悪いなという気持ちはありました。握手は抵抗ありません。2~3秒で終わるから。
 
 そういう訳で、私の脳内では4に決定することにします。そういう文化の人もいるでしょう。私は自分が手をつなぐの嫌なので、成人同士で手をつないでいる人を見ると実は一瞬ぎょっとしてしまうのです。(私の感じ方であって、責めている訳ではありません)
 
 
 4月15日の記事。私に目撃されたばかりでネタにされてしまったこの年の差カップル。コメント欄では
「5 お金で成立しているカップル」
が人気でした。私もそう思わぬでもなかったのですが、お金で成立しているならなおのこと、土曜昼間に駅前を手をつないでは歩かないのではと推理しました。それとも
「お金をいただいて、手をつないで駅前を歩く」
というサービスがあるのかも知れません。日本人だと、カップルでない成人同士が手をつないで歩いているのを見たら、私のように納得できる理由を妄想しまくるでしょう。
 会社というのは世間で不祥事があったり新しい法律が施行されたりする度に、いろいろ決まりを作ったり
「こういうことが当社でも起こらないよう、もう1度以下の点を確認しましょう」
みたいなことを言い出します。
 それでも毎日のようにウィニーから個人情報は流出します。最近は山田ナントカというウィルス(?)に取り付かれるとウィニーと関係なく情報が流出するという話もありますが、個人的にはウィニー問題をそらそうとしているように感じます。
 
 私は柔軟性がなく、決まりごとは絶対に守らないといけないと四角四面に考えていて、学生時代まではそれが許された(決まりを守っているのに許されないといけないのも変だけど)のですが、社会人は決まりがあってなきが如しと言いますか、よく言えば柔軟に対応する能力が求められます。
 確かに、学生時代は校則を半分くらいしか守っていないような人の方が、社会人としては無難にやっている気がします。
 校則には大事な校則とどうでもいい校則がありましたが、これは社会人になった時、大事なものとそうでないものを見分け、大事な校則以外は適度に破る能力を養成するための裏教育だったと考えられます。学校は、社会に出て大変役立つことをたくさん教えてくれますが、ちゃんと目的を言ってくれないと校則を全部守るのが正しいと信じこんでしまいます。
 
 社会に出てからも、
1 絶対守らなくてはいけない決まり
2 できたら守った方がよい決まり
3 守らなくていい決まり
4 むしろ守ってはいけない決まり
の区別がなかなかつきません。人に聞いても表面的な答しか返ってきません。たまに本当のことを教えてくれる人がいましたが、職場によってもその分類は変わります。
 
 毎日のように個人情報が流出したニュースを聞きますと、なぜすぐにウィニーを抜かないのか、そして個人所有のパソコンに会社のデータを入れるのか、データの入ったフロッピーを持ったまま飲みに行くのか、不思議です。どこの会社でも神経質になっているはずです。
 それでもこういうことが繰り返し起こるのは、いくら決まりごとを作ったところで現場は
「柔軟に対応」
してしまうからではないかと想像します。
 
 柔軟な対応と言えば聞こえはいいのですが、
「自分だけは大丈夫」
という根拠のない自信は危機管理を危うくします。
 と偉そうに語るのは、柔軟な対応には今までひどい目にあってきたので、ここぞとばかりに復讐に励みたいからです。
 
 
 4月14日の記事。上記の山田ナントカというのはわざと書いているので、
「それは山田オルタナティブのことです」
というコメントはしないで下さい。