前回は、レビューの意味について広辞苑を参考にまとめましたが、今回は1歩進んで(進んでいるのか?)、自分が書く上での定義について考えました。
 
 
1 対象
 
 対象となるもの例:書籍、映画、音楽、商品
 対象とならないもの例:博物館、旅行、人、動物
 
 mixiのレビューの対象やその他ネット上にある文章から、経験的に区分けしました。旅行した先の感想を書いた文章は多いけど、旅行のレビューとは言わないような気がします。経験的に。
 映画を劇場で見てレビューを書くことはあるだろうから博物館との決定的な違いがわからず、定義づけるのは難しいですが、対象は上の4つに広い意味で含まれるものと考えます。
 あと、レビューとイントロダクションの違いを考えましたが、レビューの方が対象物と距離がある、客観的に見ている感じがします。
 
 
2 文章
 
 今までにもアニメや漫画や映画や本のことを書いてきて、それがレビューと言えるのかと考えましたが、違う、と結論づけました。結果的に作品に興味をもってくれた人もいらっしゃるかも知れませんが、自分の主張の材料としてその作品を扱ったということでした。
 自己主張を消して作品(商品)をメインに据え、しかし個性(自分なりの見方など)は消さない、という微妙な注意が必要です。
 
 自分が自分がという部分を抑え、他を立てるという表現の仕方は、自分の社会性アップにも有効な気がします。もしかすると、滞っている善語文の書き方にも、突破口が開けるかも知れません。私が感想文苦手だったのもうなづけます。感想文と称して自分語りに走っていたような記憶もあります。
 
 昨日も書きましたが、
「あらすじばかりではいい感想文と言えないというのは本当か」
という小学校からの永遠のテーマがあります。
 黒子に徹するだけならあらすじだけ(というか内容紹介)だけでもいいはずです。自分の個性の部分を必ず入れなければならないのは
「しっかりしていてなおかつ子供らしい夢に満ちた子供である」
という自己PR語をできるだけ目立たない形でさりげなく入れるテクニックを養成するためであったと思われます。
 
 
 5月22日の記事。自分出しまくりなのがいけないのねん。この調子でいろんな「○○の書き方」をやりたいと企んでいます。文体を使い分けたいです。
 mixiに、本や映画、CDのレビューを書くコーナーがあります。レビューというと何かのプロっぽくてかっこいいです。小中高で読書感想文と呼ばれていたものが大学で書評と表現された時、
「おーすげーかっこええ」
と思いました。レビューというと、カタカナだけにさらにかっこよさが増します。
 
 音感にだまされやすい私は
「れびゅーとゆうものを書いてみたい」
という妄想に取りつかれ(というほどではないが)まずは
「レビューの書き方」
というワードでググってみました。ん? レビューって感想文とか書評という意味でないの? 何か違うような。
 
 レビュー:批評。評論。書評。(広辞苑第四版より)  
評論というと大上段から見下ろしているみたいです。
 評論:物事の価値・善悪・優劣などを批評し論ずること。また、その文章。(同上) 
 
えー、そんなこと論じたくありません。そんな意味だったんですか。
 
 書評:書物の内容を批評、紹介すること。また、その文章。(同上) 
 
批評という言葉がひっかかります。
 
批評:物事の善悪・美醜・是非などについて評価し論ずること。(同上)
 
批評 ⊃ 書評 ⊃ レビュー ⊂ 評論 ⊂ 批評?
 
 こういう似たような言葉を区分けするには辞書だけでは限界があるので、語感やどういう場面で使われているかを経験と調査により判断しなければなりません。レビュー → 書評 → 評論と、段々語感が重くなります。
 「評論」はもちろん「書評」でも生意気感漂いますが、「レビュー」なら若干軽くなります。「批評」だと生意気感はありませんが、批評の批の字が批判の批なので、説教感が漂います。
 
 そんなに深く考えないでそういうルールだと割り切るか、紹介の部分だけを自分の中でレビューと位置づけて強引に納得するか。レビューの書き方サイトにも
「自分が感じたことを書けばいい」
という、前にどこかで見た 紋切文や
「読書感想文で言えば、自分がどう思ったのかを書くのが正しくて、あらすじばかりではいい感想文と言えないというのは本当か」
という小学校からの永遠のテーマが見え隠れします。
 
 私は自分の文章の型を持っていますが、どうもレビューなるものは、その型ではすっきり書けません。新たな型を探さないといけないようです。果たして、このブログでレビューを書ける日は来るでしょうか。次回に続く。(か?)
 
 
 5月21日の記事。4回シリーズです。しかもその後も全然レビューデビューできていないのでした。mixiの注意書きに
「よく知らない商品についてレビューを書くのは、あなたの信用を低下させることになりますのでお控えください」
みたいなことがあってびびりました。私が面白いと書いたものがつまらないということがいっぱいあったら信用されなくなってしまうのですね。それは恐ろしいです。
 mixiと言えば、アメブロはSNS目指しているらしいですね。そういう感じのブログでないような。よく言えばオープンでいいと思います。排他的な感のあるYahooブロガーの方がSNSに乗りそうです。
 日課のアジサイの水やりが終わると
「マイちゃん、コピー頼む、両面ホチキス留め30部、3時まで」
と、課長の男にしては高めの声が響いた。
(名前で呼ばないで欲しいな。キモイから)
心中とは裏腹に、明るい声で返事をした。
 マイコは地方の大学を卒業後、就職のため上京、2ヶ月が過ぎようとしていた。仕事は単調だが、徐々に慣れてもきた。地元就職をあきらめたのは、適当な就職口がなかったというのもあるが、学生時代からつき合っていた1学年上のノボルがこちらで働いていたからだった。しかし向こうが忙しいらしく、あまり会えない。
(初めて会った時はかっこよかったんだけど。あれはよく考えたらコートがかっこよかったんだわ)
冬の日、高級コートでノボルが教室に入ってきた時のことを思い出した。
 
 コピー室でコピーをとっていると、ふんわりといい匂いがした。
(ハヤミさんだ)
隣の部署のハヤミという先輩はいつもいい匂いがした。香水か整髪料かわからないが、とても雰囲気に合っていて自然だった。
「急ぎでしたら割りこみにします」
書類をもって入ってきたハヤミを気づかってそう言った。
「いいよ。急がないから」
ハヤミは派遣社員だった。仕事はできるので何度か正社員への誘いはあったが、定時に帰りたいからという理由で辞退している。ナントカというテレビタレントに似ていると、女子社員の間では人気があった。
(謎の男って感じ)
大学の時はひとつ上くらいでも十分大人に見えたが、社会人になってみるとノボルは子供っぽく見えた。
 
 金曜日、マイコは退社後同郷の友人と待ち合わせのためターミナル駅に向かった。普段は降りないその駅で、ハヤミの姿を見かけた。
(乗り換えかしら)
好奇心から後をつけた。ハヤミは駅のロッカーから大きめのバッグを取り出すと、足早に外に出た。
 マイコは時間を気にしながら後を追った。定時退社の男の謎がつかめるかも知れない。しばらく歩くとやがて裏通りに入り、何やら電飾看板のついた派手な建物の中へ消えて行った。
(キャバクラ?)
うろうろしていると、
「寄ってく?」
と後ろから男性が声をかけてきた。マイコと同じ年齢くらいだが、うっすら化粧しているように見える。
「とっ、友達と待ち合わせで、駄目です」
「ホストクラブの前で待ち合わせなんだ」
・・・ほすとくらぶ。
「ここってそうなんですか」
「そうだよ。知らないでのぞいていたの。今度おいでよ。僕を指名してね」
男はマイコに名刺を渡した。
「ホストクラブって高いんじゃないんですか」
「そんなことないよ。高いもの頼まなければ」
じゃあね、と手を振って男は店内に入って行った。
 
 
 当方、ホストクラブには行ったことも見たこともありませんので描写があり得ないくらい間違っていると考えられますが、
「間違っていますよ」
と指摘しないで下さい。全て妄想であり、実在の人物、団体とは無関係です。
 例によって次回は決まっていません。どれがいいですか。
1 マイコはホストに食い物にされ、堕落の道へ
2 マイコが複数のイケメンに奪い合われる
3 トオルがノボルからコートを奪い返す話になる
 
 
 5月20日の記事。もう6話まで書きましたが、まだ1か2か3か決まっていません。登場人物は実在の人物と無関係ですが、全てモデルはいます。
 ヤマザキトオルはある任務を背負い、九州のある地区の空港に降り立った。このあたりではめずらしい、雪の日だった。そんなことは、天気予報を見て予測はついている。
 防寒対策は完璧だ。先日出来上がったばかりの特注のチェスターフィールドコート がある。一見コートにはとても見えないスーツのようなデザイン、軽い着心地なのに毛布のように温かい。
 
 任務は、某大学の学部長カメイこと、ブログ界を侵食するバトン総長の目的を探ることだった。この日が選ばれたのは、この地区で
あつまれ!メイドさん萌エ萌エまつり
が行われるとのタレコミ情報があったからだった。
 カメイの趣味嗜好からしてそちらに向かうのは間違いない、じゃなくて、この祭はカメイがブログのトラックバックのみの宣伝で集客を図るという実験のために企画したものだったからだ。九州でこの実験に成功したら、大変なことだった。メイドさんの、ではなくてブログの力の大きさを証明することになる。
 場合によってはそちらに向かうことも考え、チケットは用意してある。もちろん業務のためであり、興味本位である訳はない。
 
 某大学某学部の学部長室に忍びこみ、パソコンをあさっているところに、カメイが戻ってきた。
(随分早かったな。それともガセネタだったか)
トオルはデスクの下に隠れた。ギリギリまで近づいたところで
「動くな」
と拳銃を突きつけた。
「あとひとつパスワードを入れればロックが解除する。さあ、入れろ」
カメイはパソコンの電源を引き抜こうとした。
「動くなと言ってるのに」
トオルのブローニングがカメイ総長の金縁メガネを吹き飛ばす。
「思い出したか?」
「お前はSATの」
「パスワードは?」
マガジンを交換するトオルにカメイ総長が叫ぶ
「どうせ喋れば殺されるんだ・・さっさと撃て!」
トオルが引き金を引きかけたその瞬間、学部長室に1人の男子学生が入ってきた。トオルはコートを学生に投げつけ、窓から逃走した。
「大丈夫ですか学部長」
学生はカメイが身体を起こすのを手伝った。
「あの男はいったい」
「何でもない」
「警察に言わなくていいのでしょうか」
「頼む、このことは内密にしてくれ」
いったい何があったのか。
 
 学生はコートを持ったまま学部長室を出た。仕立てのよいコートだ。このままもらってしまっていいものだろうか。コートを着たまま次の講義の教室に入ると、気のせいか女子学生の視線を一身に集めているような気がする。まんざらでもない。就職を控えて、いいコートが欲しかったのだ。ノボルは1人の女子学生の熱い視線 を浴びながら席についた。
 その頃、トオルはくしゃみをしながら雪の上を足跡残さぬよう忍者走りしていた。
「チクショウ、あのやろー、さみー、九州のくせに」
自分が投げつけておいて逆恨みをした。まあいい。学部長室のパソコンからデータをコピーしてきた。この中に目指す情報が入っているに違いない。
 その後、トオルがメイドさん萌エ萌エまつり会場に向かったかどうかは、今日に至るまで明らかではない。
 
 
 自分で書いておいて何ですが、このシリーズのSATはどういう位置づけなんでしょう。警察にしては行動が怪しすぎるし。完全な新作ではなく、コメント欄に散らばっていた内容をまとめました。
 
 
 5月18日の記事。なんですけど、あちこちのブログのコメント欄からかき集めました。いろんな人の記事貼ってあるし。この事件の後、某大学の近くにメイド喫茶ができたそうです。
 前のシリーズを10日連続で写した時あまりに恥ずかしかったので(誰も何も言っていないので被害妄想)今度から他の記事と同じく時系列で写します。
 よく言えば
「意志が固い」
悪く言えば
「自分の考えに固執する」
実際にそう言われるし、自閉症スペクトラムの説明にも
「ひとつの考えにとらわれると他の考えが受け入れられない」
とあります。
 
 他の人だって、そう簡単に自分の考えを変えているようには見えません。自分の考えに固執するのはそれこそ「誰でも同じ」な気がします。ただ、他の人は、うっとうしく押しつける人に対して
「そうだね、君が正しい、はいはい」
とうまくかわす力がありそうです。心にもないことを口にしても、心の中までは侵食されずに済んでいるように見えます。
 
 これを私がやったら、思考が言葉に支配されていくと言いますか、
「本当はそれが正しいんじゃないか」
「私は本当はそう思っているんじゃないか」
という思考が渦を巻いてきます。言葉と心は分裂させることができないのか、それを正しいと口にしたもう1人の自分が私自身を攻撃し始めます。
 
オマエハマチガッテイル
 
 嫌だ、嫌だ、どこかへ行け。パニクっても暴力的になっても、自分以外の何かに支配されるのは嫌だ。私は私だ。200万歩譲ってそっちが正しくても、私は絶対信じない。私が正しい。
(ほら、やっぱりこっちが正しいんだって、自分で知っているんじゃない)
違う、そんなこと言っていない、推測するな。違う違う違う。追い出しても追い出してもくすぶる、私を否定するもの。ひとつの考えにとらわれている? 何か言われる度にコロコロ変えるのが正しいのですか。
 
ワタシガゼッタイタダシイ
 
 中には分裂した人格のまま、社会をうまく渡る手段にしている人もいるかも知れないけど、
「八方美人」「流されやすい」
と言われないでしょうか。
「こんな思いをしてまで他人の考えを受け入れているのに、なぜまた責められるの、キー」
と暴れそうです。そっちの方が嫌だから、私は分裂しません。(という考えにとらわれています)
 
 問題なのは、意見が対立した時のさばき方であって、どちらかというと主体性がなくてすぐ意見を変える人の方が社会的評価低そうです。今日も根拠のない自信をひけらかして自分を信じてあげないと、グラグラだ。
 
 
 5月17日の記事。コメントをひとつ写しておきます。
「すごくよく分かる内容です。 >心にもないことを口にしても、心の中までは侵食されずに済んでいるように見えます。 そうみたいですね、マジョリティって。私は意識的にフィルターを作ってます。経験積んだり、前もって想定して割り切るとやってのけられる部分はあります。このある程度ごまかせるところが「どこまでが天然でどこまでが計算かわからない」と言われる原因にもなりますが。。」
 こうあらねばならない、という説明自体が善語だったりして、本当のことが見えにくいです。順応しようとするほどだまされやすくなったりしそうです。