マニフェストジェネレーターというのができているに違いないと確信してググッてみたら、本当にできていたのでやってみます。こちら⇒ http://katte-banner.com/manifest/
  
chargeupのマニフェスト
 
 市民のみなさんこんにちは。持ち物検査で人権を没収されたchargeupです。
 
 「勉強」と聞いただけで仮死状態になってしまうほど拒否反応を示す人も多いと思いますが、どうしたら勉強のマイナスイメージを払拭できるのか私なりに考えました。
 ヒントは私が過去にお世話になったぼっぺん先生にありました。ぼっぺん先生の授業はとても印象に残っています。ぼっぺん先生は知ることの楽しみを教えてくださいました。ぼっぺん先生の授業の中で
「リオデジャネイロは空中浮遊都市である」「ガンジーは空手五段だった」
などの事実を知ったときは目から鱗でした。
 ぼっぺん先生の授業のように、知識を増やすことの喜びを実感できれば、自ら進んで机に向かうことができるのではないでしょうか。このような楽しい勉強を実現するため、私は以下のスローガンを掲げます
 
1 毎朝30分は俳優業に専念する。
2 異文化コミュニケーション論の授業は精神と時の部屋で受ける。
3 説教術の授業でわからなかったことを、先生の脳に直接語りかけて質問する。
 
以上を守り、私も日々楽しく勉強して行こうと思う次第です。
 
まずはひらがなの読み書きができるように頑張ります!
 
 うーん、うーん、作ってもらってなんですが、あまりパターンがなさそうですね。ハンドル変えても同じだったし。まずはひらがなの読み書きをがんばります。
 これだけでは盛り上がりにかけそうなので、キャバ嬢メーカー。こちら⇒ http://usokomaker.com/cabajo/
 
chargeupがキャバ嬢だったら
源氏名: 姫橋あかり  店名: 『ボッタクリシャイニング』  ランク: No.8
月収: 219万  指名された有名人: S・P    主な貢物:ダイソン 
客の声: 「微妙に素敵」「まっすぐさがたまらん」「毎晩夢に出てきて困る」
 
 うーん、うーん、このあたくしがナンバー1でないとは。でも月収214万なら十分です。ダイソンてこれか?  私の部屋が汚いからだな。
 
 
 8月7日の記事。投票日まであと1週間です。ところで、S・Pって誰だ。
 過去記事「選別される人々」コメント欄 でのやり取り。
 
【モランさん】
前提として、すべてがオートメーション化され、労働の無い社会は本当に天国か、ということを考えてしまいます。古くから散々語られてるかもしれないのですが、いまの自分の現実に照らし合わせてみて、着地点がさだまってないのです。
せめてこうなるのが理想だという形を、出せればいいのですが。
 
【chargeup】
SFの世界でよくありますね。大体ロボットに反乱起こされたりしてろくなことにならないのですが。
全てオートメーション化しても、機械を管理しプログラムする人間が必要なので、労働がない、ということはあり得ないのですが、労働できる人間はごくわずかなエリート、ということにはなりそうです。
昔なら必要だった単純作業をする人間がコンピュータ化により不要となっていく、という状況は今でもあるので、そういう社会に向かっているのかも知れません。
あぶれた人間に労働を与える方法を模索するのか、それとも福祉を充実させることで吸収していくのか、どちらも反対意見がありそうで、総理大臣は大変です。
 
 レスしたのと同じ日に、元ライブドア社長のブログにこんな記事が上がっていました。
 
六本木で働いていた元社長のアメブロ様 「働かなくてもいいんじゃないか?
 
 ベーシックインカムというのは、結構よい制度ではないかと思いました。働きたい人も働けない人もみんなハッピー、生活や将来に対する不安はなくなり、貯金の放出も期待できます。現行の制度下でも、雇用保険や生活保護の支給要件を大幅に緩和すれば可能です。
 しかし、懸念というか課題は山積みです。誰も働かなくなったらどうしよう、経済成長が止まるのではないか、少子化加速しそう、財源大丈夫か・・・無数の懸念の中でも最も大きなものは、働く人と働かない人の対立です。
 
 私の天敵である説教族は、自分が働いていないのに、働いている他人様を
「怠け者、努力が足りない」
と説教する性質を持っています。私が働いて納める税金で養われている(仮定)こいつらに怠け者呼ばわりされるのかと思うと、頭にくるなんてものではありません。
「好きで働いているんでしょ」
などと言われた日にはもう。しかし自分が
「働いている人を怠け者呼ばわりする働かない人」
になりたいかというとなりたくないのです。
 
 お互いを対等の立場で認め合い、尊敬できればいいのですが、心の狭い私は説教されたら爆発しそうです。平等をやめて
 働く人>>>越えられない壁>>>働かない人
の価値観を徹底させると、真面目な人ほど申請できずに餓死しそうで、それはそれで問題あるのが難しいところです。
 
 参考: 金融日記様 「ベーシックインカムの財源
 
 
 8月1日の記事。衆議院議員選挙には日本国民の1人として大いに期待しています。ベーシックインカムにあたる制度をマニフェストに掲げる政党もいくつかありますが、自民党でも民主党でもないので政権を取って実現していただくのは難しいでしょう。
 昨年10月から牛乳小麦粉なるべく抜き食 を始めて9か月になります。始めた時は、効果があってもなくても記録を残し、これで人に役立つブログに、ぐふふ、と企んでいたのですが
「こういう時こんな作戦を使ったら成功した」
というのと違って、いつまで経っても因果関係がはっきりしません。
 
 どうしても因果関係を知りたかったら、他の条件を全て同じにして、客観的な数字を用いる必要がありますが、日常、新しい情報があれば常に試しながらやっているので、新しい作戦の効果なのか食事の効果なのか不明です。
 9か月の間には就職活動をしたり、新しい会社で仕事を覚えたりもしました。結果はまずまずでありますが、食事のせいかも知れないし、運がよかったのかも知れませんし、4年間に培ったノウハウが開花したのかも知れません。
 
 完全に除去できてもいません。パンやパスタを食べたい時は食べています。家ではコーヒーにも豆乳を入れていますが、外で飲むコーヒーにつくポーションミルクは、植物性でもカゼイン(乳たん白)が含まれています。一説には、完全に除去できないと効果がないそうです。
 牛乳小麦粉をたまたま食した日に失敗があるとそのせいではないかとか、そういうよろしくない考えが生じるようになりました。
 
 マクロビオティックか何かの食事療法を、軽い気持ちで試してみたらはまってしまい、健康を害しても本人は健康になったと思いこんでいて、周囲の説得も聞 かず、まるで宗教、みたいな話がありますが、はまらないように適当にやる(今ここ)のと、もっとちゃんとやった上で判断するのとどっちがいいのでしょう。
 私がはまらないように注意しているのは、外から見て、根拠のない話を盲信している人みたいに見えたら嫌だからです。
 
 ここに書いているだけで、誰かに勧めてもいないし、説得を受けてもいないのですが、そういうことに、他人の目を意識してビクビクしているところが自分でも嫌だったりはします。意見を言って
「洗脳されている」
と言われると、素直な私は自分は洗脳されているのか、とビクビクしたものです。それこそ、自分の考えが正しいと信じて疑わない人の攻撃に過ぎないのですが。
 
 今のところ、生活全般の調子がよいので、願かけのようなつもりで続けようと思いますが、上記の点には十分留意したいと思います。
 
 
 7月28日の記事。インドカレーのナンがおいしすぎて困っています。バターと小麦粉たっぷり。
 トンコさんの記事「ただいま再読中」コメント欄で、鶏が先か卵が先かという話題がありました。その時の、モランさんのコメント より。
 
>卵が先だそうです
は、ちょっとハッとしました。コミュニケーションの場合に置き換えれば、変化に耐えられる方が変化する、という事がいえるんじゃないかしら。
 
 説教族との争いの原点は 
「こういう時理解があればありがたい」「まず自分が努力してからです」
「努力はしました」「したように見えない」 
でした。努力が先か支援が先かと問えば、多くの人が
「それは努力が先、努力もしないで支援を求めるのは甘え」
と回答すると思います。しかし、努力したかどうかは誰が決めるのか問題 があります。
 
1 障害者は障害を持った瞬間から努力せざるを得ない環境にある。
2 専門家でもない健常者が、努力したかしないかを審査する権限を持つのはおかしい。
3 「努力しているように見えない」という発言は許されても「支援しているように見えない」と発言することは許されない。
4 3より、支援した、と言えば支援したことになるが、努力した、と言っても努力したことにはならない。
5 努力審査をしているくらいなら支援した方が早い。
6 努力の証明がない限り支援したくない、という人はしなければいい。
 
 以上をもって、私は「支援が先」を主張します。誰しも赤ん坊の頃は努力を強要されることなく支援を受けていて、努力はその後でした。支援したくないならしたくないでいいのに、自分が性格が悪いと思われたくないものだから
「本当に努力しているように見えない」
と言いがかりをつけて追いつめてますます萎縮させる、というのは、鶏と卵の順序を逆にして生態系が回らなくなっているかのようです。
 心配しなくても、世の中にはこんな意地の悪い人よりも、優しい人の方が多いのです。声がでかいから、意地の悪い人の声がみんなの意見のように聞こえますが。
 
 こう書くとまた「あ前田あ前田」「努力が足りないだけ」と襲撃して来る人がいるといけないのでしつこく書きますが、私は障害のことを周りに伝えていないので、障害者として支援を受けたことは1度もありません。
 
 
 7月25日の記事。ややこしいのは、自分が支援を受けているのに、支援を受けようとする他の障害者を甘えていると攻撃する障害者が存在することです。健常者も、同じ障害者の言うことだから間違いないと勘違いしするし。弱者の敵は弱者。
 皮膚科に行って、日焼け止め塗っていないと言ったら怒られてしまいました。最近は日焼け止めを塗るのが日本の常識だったとは、知りませんでした。
 
 早速帰りにドラッグストアに寄ってみました。シーズンのせいかコーナーができていて、壁にたくさんぶら下がっていました。みんな不透明なプラスチックの小瓶に入っていて、どういう形状のものかわかりません。
 かなり昔、化粧水だの乳液だのファンデーションというものがどういう形状のものかわからなくて 、始めて買う時ドキドキしたことを思い出しました。
 
 化粧品の合う合わないが激しいので、とりあえず一番量の少なそうなものを買って帰って、顔に塗ってみました。いかにも塗ったという感じで気持ち悪いです。
 この時点では、肌に合わないのか、得体の知れない物質に対する恐怖感による自己暗示なのかわかりません。本当に合わなければ、ヒリヒリしたり赤くなったりするはずです。
 
 次はネットで情報収集です。日焼け止めにはSPFいくつという数値が表示されていて、主に室内で過ごす人なら25くらいで十分だそうです。私が買ってきたのは50でした。これは山や海に出かける時用の数値だそうです。ぶら下がっていたの、みんな50だったみたいですが。
 
 ネットで見た情報。
1 日焼け止めは、クリーム、乳液タイプの他、化粧水タイプ、ジェルタイプもある。
2 SPFが高いほど日焼け止めの効果はあるが、その分肌に悪い。
3 直接顔に塗るのはよくない。スキンケアの最後に塗るようにする。
 
 日焼け止めを塗っても肌に悪い、塗らなくても肌に悪いんだったら塗らなくていいような気もしますが、医師に言われたので仕方ありません。休日は何もつけない、がモットーだったのですが、ちゅうねんの身で紫外線に素肌をさらすのはよくないのでしょう。
 
 ネットの口コミ情報で評判のよかった「ニベアサンプロテクトウォータージェルSPF25 」を見てみようと、上記と同じドラッグストアに行ったら売り切れていました。みんな考えることは同じですね。
 せっかく買ったのがあるので、なくなるまではそれを使うことにします。量が少ないので、顔だけでなく首や腕に塗っていると、すぐなくなりそうです。
 
 
 7月19日の記事。ニベアサンプロテクト・・・を使っています。ネットの口コミ情報通り、使用感はよいです。元々日焼けしにくい体質(肌質)なので、日焼け止めとしての効果は不明です。