放送第4回目の今回の見所は、他人に気づかいのできない主人公が、テレビで男性が泣いている女性に傘を差しかけるのを見て、雨の中泣いている幼馴染の女性を傘に入れてあげるシーンです。
 他人への気づかいをどう覚えていくかがわかります。思いやっているのではなくて、
「こういう時はこうする」
ルールで覚えているのでしょうけど。
 
 前振りとして、気の利かなさを示すシーンが連続で登場します。焼き芋を自分の分だけ買ってきたり、公園のベンチで自分の座るところの落ち葉だけはらったり、ラーメン屋でギョーザにかける調味料を自分が使ったらすぐ戻してしまったり。
 何も知らなければ、気が利かないというレベルではなく、意地悪や嫌がらせをしているように見えます。気が利かない、というのはゼロでなくマイナス、何もしていないのではなくて
「悪事を働いている」
のです。私はこの主人公よりは気は利きますが、それでも知らない間にどれほどの悪事を積み重ねてきたか想像つきません。
 
 先日の記事「人前で注意する 」のコメント欄で、電車の中でゆるゆるに座る若者の話がありました。私はゆるゆるには座りませんが、人にはパーソナルスペースというものがあるのでできれば空けて座りたいのは当然だし、ガラガラの電車内で知らない人とくっついて座ったらもっと変です。
 微妙な乗客数の電車では、どこに座ると一番変に思われないかの判断に迷うことがあります。結果的にゆるゆるに加担したことはあったかも知れません。
「つめて下さい」
と言えば済む話で、これは
「香水の匂いがきついです」
などと違って言ってまずい言葉とは思えんのです。私が思っているより、ゆるゆるは極悪な行為でしたか。
「そんなにゆるゆるに座っていると他の人が座れないでしょう」
と注意するのは非常に感じ悪いですが、これもマイルール押しつけだったでしょうか。
 
 ドラマの主人公は、何も言われないと調味料を戻していましたが
「おしょうゆ取って」「ラー油取って」
と言われて取ってあげていました。これでは全然駄目で、言われなくてもわからないと極悪人扱い、それがいけないと言っているのではありません。社会の厳しい掟です。私も昔は勘違いしていましたが、コミュニケーション能力は言語操作能力ではなく、言われなくても気づく能力です。
 
 
 11月1日の記事。私も調味料を人に回す、ということに反射的に気が回らなくて、戻してから
「いけね、隣の人に聞かないと」
と思い出したりします。逆に、調味料を使いたくないのに回されると
「使わないといけないのではないか」「使わないと非常識だと思われるんじゃないか」
と余計なことを考えたりします。
 アメブロ版面白検索キーワードシリーズ。めずらしいワードも1回だけなら気になりませんが、2回以上あるとそういう言葉があるんではないかと想像します。
 
 君側症候群、これは、30歳まで症候群 の時(検索キーワードは30歳症候群)と同じく、何か省略されているのでしょうか。
「君の側にいたい症候群」「君の側から離れたくない症候群」「君主側用人症候群」
いろいろ妄想しつつググってみますと、ありました。省略されているのではなくそのまま
「君側症候群」
ネット小説のタイトルです。もうサイトは閉鎖されており、キャッシュしか残っていないため、どういう意味の言葉かわかりません。ガーン。
 
 キャッシュに目次が残っています。第3部まであって(このキャッシュの時点では完結していないようです)、第1部の最終章のサブタイトルが「メルトダウン」、どこかで聞いたような 気はしますが、そんな話ではなさそうです。学園ものっぽい。
 振り仮名は「きみそばしょうこうぐん」ではなく「きみがわシンドローム」でした。作者もしくは読者の方がもしこの記事をご覧になることございましたら、どういう意味か教えて下さい。
 
 
 10月31日の記事。読者の方が降臨して下さいました。書いてみるものです。作者さまはいずこ。
 
えっと、君側症候群を愛読?してた中②年なんですけどタイトルの意味は知りませんでした。でも話しの内容的に「君の側から離れたくない症候群」ってのが一番あってる気が…個人的にですけど。 で、内容は幼なじみの男の子と女の子達。とそれをとりまく何人かの友達?の話しで。ほんのりラブコメちっくでした!! 主人公の女の子は少し男勝りなところがあって。でも、可愛くて。 男の子はカッコよくてモテモテ。的な設定でした。 …ありきたりですけど、楽しかったです。 サイトは最近、閉鎖されたんですけど。ショックです。。。
 
 中2のandora20002000様、どうもありがとう。メルトダウンがどんな話か気になります。
「昔はよかった。他人の子でも注意して感謝されこそすれ、文句を言われることなんてなかった。嘆かわしい時代だ」
という論調をたまに見かけます。通りすがりの他人のしているよくないことを注意するのはよいことで、それに口答えするのはとんでもないことのようです。
 
 発達障害児の保護者であれば、1度くらいは
「子供のしつけが悪い」
と見知らぬ人に怒られた経験をお持ちでしょうし、見えない障害を抱えた方が公共の場で知らない人に叱られ辛い思いをしたことはよく新聞の投書で見かけます。
 こういう人たちの注意する「悪いこと」とはどんなことなのでしょう。そういう投書や私の偏見、ではなく経験だと、若者がシルバーシートに座るとかベビーカーを使わずおんぶしろ、などであって、恐喝や万引きではなさそうです。
 
 注意する人の典型はがんこそうなおじいさん、される方の典型は今時の若い母親もしくはその子です。(イメージです)気の弱そうな若者とか女性とか子供にだけ注意しているのではないか、と思うのは私の一方的な偏見に過ぎません。
 屈強な大男に注意したら命にかかわる時代なので仕方ありませんが、自分が優位に立てそうな相手を選別しているとしたら釈然としません。
 
 見知らぬ人を注意する人は、自分が注意されてもむっとすることなく従うことができるのでしょうか。
 年配の人が一列並びを知らずに割りこんで怒られたり、エスカレータを降りたところで立ち止まって後ろの人に叱られたりすると、年寄りを大事にしないとか今の若者には優しさがないとか、せちがらい世の中になったものだとかそういう問題になっていそうです。
 
 状況にもよりますが、全然知らない人をその場面ひとつだけの判断で間違ったことをしていると決めつけて注意するというのも前時代的(本当にそんな時代あったのか?)です。注意する側が常に正しく、される側が一方的にそれに従わなければならないという論調は、説教族によるマインドコントロールではないかと思うこともあります。
 私の言葉の受け取り方が極端なせいですが、全然知らない人の言うことを聞かなければならないと思いこむと簡単に悪徳商法にだまされそうです。
 
 
 10月30日の記事。今日は11月30日。写すまで最大5ヶ月差あったのにだんだん間がつまってきました。
理由1 更新できない日でもコピペくらいはできる日もある。(それは今日だ)
理由2 10月はコメントやYahoo独自の機能への愚痴、野球の実況中継等、写せない記事が続いた。
明日から12月。すごい早いです。11月って1週間しかなかったみたいです。
 カッタウェイさんの記事 の中年表現に動揺しつつ、もしや自分も中年かという恐怖が頭の片隅をよぎります。殺人事件に合うことがあったら
「中年女殺される」
とは死んでも(死んでいるが)報道されたくありません。しかし
「美人OL殺される」
は無理そうです。この種の美人のハードルがいくら低いとはいえ。理論的には
「中年美人OL殺される」
でもよさそうですが、中年と美人が両立しないのは、美人に若さという要素が含まれているというだけでなく、中年に対するイメージが単なる年齢の刻み方を越えて固定化しているからです。
 
 漫画における中年表現で記憶に残っているのは、タイトルは忘れましたが「銀の鬼 」と同じ作者(多分)の少女漫画で、例によって平凡な少女が複数のイケメンに奪い合われる 話でした。

教師(主人公を奪い合うイケメンの1人)が男子生徒に「なあ、中年ていくつからだと思う」
生徒「やっぱ30過ぎたら中年じゃないっすか」
ショックを受ける教師「そんな、せめて35、6とかさ」
生徒「でも30歳で青年もないだろうしやっぱ中年ですよ」
ショックで言葉もない教師、やっとまずいことを言ったことに気づく生徒
「あ、もちろん先生は別ですよ、先生は若いっすよ」
果てしなく落ちこむ教師
(注:私の記憶に基づいているため、セリフやシチュエーションが若干実際のものと異なっているかも知れません)
 
 30過ぎたら中年というのは当時でも結構厳しいと感じました。サザエさんに
「定期を見ろ、僕は32歳の青年だ」
というシーンがあったので32歳までは青年だと思っていました。数え33歳が女性の厄年ということもあって、32、3歳が何となくひとつの変わり目かなという気はしていました。中年とは思いたくありませんが(恐)。
 中年とは中くらいの年代くらいの意味しかなさそうなのに、ウィキぺディア によると
「30代、とくに女性に対して中年と称することは社会生命上大きなリスクを負う」
というくらい恐ろしい言葉です。中年というと相手を揶揄しているように聞こえますね、なぜか。
 
 
 10月28日の記事。タイトルがエロトラバのようだと不評でした。これでも、本文にリンクしたカッタウェイさんの記事の(狙われた中年)に対抗して「狙われた美人OL」にしようとして、エロトラバのようだとやめたのですが。
 銀の鬼の作者は最近ネット上で復活 されたようです。
 前回、予告が怖いと書きましたが、やはり本編はそうでもありませんでした。甥に恐喝される予告編はインパクト大で
「あれを見て今回は見るのをやめた」
という人もいました。
 甥にお金ちょうだいと言われてあげてしまうのですが、その前に動物園に来た甥に恥をかかせて悪いなという気持ちがあったからのようでした。断る言葉が出てこないというのもあるでしょうけれど。
 
 この場面なら、
「何でお前にお金やんないといけないんだよ」
でいいと思いますが、通常はこれだとケンカを売っていることになり、人間関係に悪影響を与えます。
 今後とも人間関係が続く相手に対して断る、というコミュニケーションを交わすには、不快にさせないように言葉にも内容にも気を使わなければならないし、気を使いすぎても通じないのでとても難しいです。いい大人が
「お断りします。以上」
という訳にもいきません。(一般的には)
 
 Noと言える日本 という本が昔ありましたが、
「○○してくれないか」「No」
というのも変です。No は日本語では「いいえ」と訳されていますが
「○○してくれないか」「いいえ」
というのもやっぱり変です。何か言い訳をしなければなりませんが、本当のことを言う訳にいかないことが多く、つまり嘘を言う必要が生じます。さすがの私もとっさに嘘を思いつくのは至難の業です。
 ここは非言語でお断り光線を発射しなければなりません。発射できる人は。
 
 しかし甥も、クラスでトップだったのに100点じゃないからと叱られていてかわいそうでした。私にも記憶があります。自分の96点に何の価値もないんだと思ったら悔しくて悲しくて。
 クラスでトップだったらゲームを買ってくれるという約束を破られたところもです。親はみんな、
「これこれの成績を取ったら何々を買ってあげる」
と簡単に約束しては平気で破るのでしょうか。交換条件で勉強するのはよくないみたいに逃げられてしまいます。
 
 もちろん勉強は自分のためにするのです。親のためでもなくまして何かを買ってもらうためでもありません。それでも、信じて一生懸命で張り切っていた少し前までの自分の馬鹿さ加減が情けないです。
 しつこい私は何年経っても忘れずそのことを言い続け
「執念深い」「いい加減にしろ」「自分を悲劇のヒロインだと思っている」
とまた怒られます。なぜ悲劇のヒロインという話になるのか全然わかりませんでした。
 
 経験から学ばない私は社会人になっても同じことを繰り返しました。人は
「気概が欲しい」
のため、その場限りの励ましの言葉(私の世界の嘘)を言う、それが彼らの優しさだと知るまで。
 
 
 10月26日の記事。今夜第8話です。エロトラバは減ったものの、微妙なトラバが多いです。Yahooの同じ記事にはつかないのに。