「昔はよかった。他人の子でも注意して感謝されこそすれ、文句を言われることなんてなかった。嘆かわしい時代だ」
という論調をたまに見かけます。通りすがりの他人のしているよくないことを注意するのはよいことで、それに口答えするのはとんでもないことのようです。
という論調をたまに見かけます。通りすがりの他人のしているよくないことを注意するのはよいことで、それに口答えするのはとんでもないことのようです。
発達障害児の保護者であれば、1度くらいは
「子供のしつけが悪い」
と見知らぬ人に怒られた経験をお持ちでしょうし、見えない障害を抱えた方が公共の場で知らない人に叱られ辛い思いをしたことはよく新聞の投書で見かけます。
こういう人たちの注意する「悪いこと」とはどんなことなのでしょう。そういう投書や私の偏見、ではなく経験だと、若者がシルバーシートに座るとかベビーカーを使わずおんぶしろ、などであって、恐喝や万引きではなさそうです。
「子供のしつけが悪い」
と見知らぬ人に怒られた経験をお持ちでしょうし、見えない障害を抱えた方が公共の場で知らない人に叱られ辛い思いをしたことはよく新聞の投書で見かけます。
こういう人たちの注意する「悪いこと」とはどんなことなのでしょう。そういう投書や私の偏見、ではなく経験だと、若者がシルバーシートに座るとかベビーカーを使わずおんぶしろ、などであって、恐喝や万引きではなさそうです。
注意する人の典型はがんこそうなおじいさん、される方の典型は今時の若い母親もしくはその子です。(イメージです)気の弱そうな若者とか女性とか子供にだけ注意しているのではないか、と思うのは私の一方的な偏見に過ぎません。
屈強な大男に注意したら命にかかわる時代なので仕方ありませんが、自分が優位に立てそうな相手を選別しているとしたら釈然としません。
屈強な大男に注意したら命にかかわる時代なので仕方ありませんが、自分が優位に立てそうな相手を選別しているとしたら釈然としません。
見知らぬ人を注意する人は、自分が注意されてもむっとすることなく従うことができるのでしょうか。
年配の人が一列並びを知らずに割りこんで怒られたり、エスカレータを降りたところで立ち止まって後ろの人に叱られたりすると、年寄りを大事にしないとか今の若者には優しさがないとか、せちがらい世の中になったものだとかそういう問題になっていそうです。
年配の人が一列並びを知らずに割りこんで怒られたり、エスカレータを降りたところで立ち止まって後ろの人に叱られたりすると、年寄りを大事にしないとか今の若者には優しさがないとか、せちがらい世の中になったものだとかそういう問題になっていそうです。
状況にもよりますが、全然知らない人をその場面ひとつだけの判断で間違ったことをしていると決めつけて注意するというのも前時代的(本当にそんな時代あったのか?)です。注意する側が常に正しく、される側が一方的にそれに従わなければならないという論調は、説教族によるマインドコントロールではないかと思うこともあります。
私の言葉の受け取り方が極端なせいですが、全然知らない人の言うことを聞かなければならないと思いこむと簡単に悪徳商法にだまされそうです。
私の言葉の受け取り方が極端なせいですが、全然知らない人の言うことを聞かなければならないと思いこむと簡単に悪徳商法にだまされそうです。
10月30日の記事。今日は11月30日。写すまで最大5ヶ月差あったのにだんだん間がつまってきました。
理由1 更新できない日でもコピペくらいはできる日もある。(それは今日だ)
理由2 10月はコメントやYahoo独自の機能への愚痴、野球の実況中継等、写せない記事が続いた。
明日から12月。すごい早いです。11月って1週間しかなかったみたいです。