一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜 -15ページ目

一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜

働きながら大学院で看護学を学びました。健康教育に関心があります。特に興味があるのは、ウェルビーイング、発酵食、呼吸です。日々のことを書とともにしたためています。最近約10年ぶりに日本習字で学び始めました。課題提出までの道のりを綴ったりもしています。


何度も行ったことのある建物の椅子に座って
上を見てみたら、ものすごく天井が高くて、壁だと思っていたところには、大きな窓があって、そこから空がよく見えました。

自分がよく行く場所にいることを一瞬忘れるほど。驚きました。
天井の高さにものすごい開放感。
行ったことのない場所にいるような新鮮な感覚。

自分がいつも通る道も、よく行く場所も、自分の家でさえ、違う角度や場所から見ると違うもののようにうつるなあと改めて感じたのでした。

それは目に映る風景だけじゃなくて、頭に浮かぶ思考も同じだなぁと思ったりして。
思い込みは、すごく自分自身を狭めてしまったり、攻撃的になってしまったりして、時に恐ろしく思うことがあります。

できる限り、普段よく行く場所もよく会う人に対しても、いつも同じところから見ないことができるようになりたいなと思います。

それと、今日は味噌作りをしました。
昨晩から大豆を浸水させて、今朝は朝から5時間くらい大豆を煮て、夕方、米麹と塩と混ぜて仕上げました。
昨年の味噌は1月26日に仕込みました。
とても美味しかったんです。
今年のものも美味しくなりますように。
一年後が楽しみです。

これはカール・ユングの残した言葉だそうで、クリスティーン・ネフ著『セルフ・コンパッション』からの引用です。

幸せになるにはどうしたらよいか、幸せということばかりに目を向けてしまいがちですが、バランスが大事ということのようです。

ずっーと幸せだったら、どう幸せを実感するのだろう?たしかにその物事自体を幸せと感じないかもしれません。
そうなると、悲しみは幸せを感じるために必要な香辛料的存在なのか?
いや、小豆を煮るときとか、お菓子を焼くときに入れる塩ひとつまみ、みたいな存在?

比喩表現はうまくいきませんが、、。
私は、このユングの言葉を読んで悲しみというものに対する見方、捉え方が変わり、少し気持ちが楽になりました。











今日は久しぶりに筆ペンではなく、筆と墨汁を使って書きました。
大きな文字を思いきり書きたかったからです。

今日はすこし気持ちが混乱していて、感情の整理が必要なできごとがあり、机に向かいました。

自分の身体なのに、感情をコントロールするのが難しいなあと思うことがありますね。

そんなときは、何かをのめり込んでするといい感じです。
なんというか、自分のことを自分自身が俯瞰してみていて、まるで他人のことを見ているような、そんな気持ちになれるから。
感情が大きく揺さぶられる体験をしたときは、意識的にそうしています。

よく整理できない感情をうまく飼い慣らすためには、自分という得体の知れないものの内部に入り込まないこと、溺れないことが大切だと思っています。

私がよく行うことは、こんな感じのこと。
本を読む。
文章を書く。
そして
筆で字を書く。

手やら目やら何やらをとにかく物理的に動かし、それに全集中することがポイント。

運動というのもいいんだろうなと思うけれど、運動苦手でなかなか始められていません…。

因みに、人間の幸福感についての書籍を何冊か読んでいますが、必ず出てくるのは、運動することです。
適度な運動が人間の幸福感を高めるそうです。
たしかに走った後はなんかいい気分〜って思えて気持ちが前向きになるような気がします。