一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜

一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜

働きながら大学院で看護学を学びました。健康教育に関心があります。特に興味があるのは、ウェルビーイング、発酵食、呼吸です。日々のことを書とともにしたためています。最近約10年ぶりに日本習字で学び始めました。課題提出までの道のりを綴ったりもしています。

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約半年ぶりです。

この半年、いろいろなことがあり、心がずーっとざわざわしていて、書道をする心持ちにならず、またブログを記すということからも遠ざかってしまっていました。


毎日慌ただしく過ごし、あっという間に夜になる…という生活は変わらないのですが、この春からやっと少しずつ色々な活動を再開し始めました。


そのひとつ。

ジムに通い始めました。

コロナ禍でずっとジムなどの場所に行くのは控えていたのですが、この春から始めることにしました。

昨日は、岩盤浴ヨガのレッスンを受けました。

6、7年前くらいに確か岩盤浴ヨガに通っていて、暖かい場所で行うヨガがとても気持ちがよく、ハマっていたことがあります。

久しぶりにレッスンを受けてみたけれど、やっぱりとても気持ちがよかったです。

でも体力の低下をひしひしと感じましたね。

その後、マシンを使った無酸素運動と有酸素運動のランニングマシンを少し。


しっかり今朝は筋肉痛です。

久しぶりにたくさん身体を動かしました。


今日は岩盤浴で30分弱何も考えず、ぼーっとしてきました。


今まで幸福感に関するいくつかの書籍を読みましたが、ほとんどの書籍で出てきていたのが「運動をする」というものですね。

身体を動かすとか運動するという項目を見つけるたび、あっ、この本も…と思うのと同時に、身体を動かすことってやっぱり幸福感には大事な要素なのだなと思います。


幸福度を高めるためというのはもちろん大事ですが、コロナ禍で増えた体重をなんとか元に戻さないと…と焦っているのが身体を動かし始めた1番の動機です。いまごろ…。

持っている洋服が着られないとなると、購入しなくてはならず…。

それは経済的でもなく、地球にも優しくないので、なんとか元に戻さねば…と思っています。


食生活もこの春から、コロナ流行前に心掛けていたことに戻しつつあります。

ストイックにやって、すぐしんどくなってやめるというのが私の悪いところなので、ゆるくやっていきたいです。


とりあえず、朝食はパンの日もあったのですが、全てごはん食に変えました。

パンはとても好きですが、私の場合、パンを食べすぎると体調があまり良くなくなります。

なので、ひとまずしばらくパンは食べないことにしました。

そして、毎朝ほぼ同じ朝食メニューを作ることで、考えることを減らすようにしました。

今のところ、朝食は…

・ごはん

・納豆

・味噌汁(具はその日に冷蔵庫に入っているものか前日に味噌汁を作ったときはその残りに卵を入れる)

・鮭(塩麹を薄く塗ったもの)

・小松菜とか葉物を茹でたものとすりごま、亜麻仁油

・ヨーグルトとバナナ半本、蜂蜜少し


基本はこんな感じで、あとはきんぴらなど夕食の副菜が残っていたら、茹でた葉物とそれをを少し鮭の隣に置いたりします。


明朝いただく鮭も冷凍庫から冷蔵庫に移して準備完了です。


一日一筆といいつつ、半年一筆くらいになっていますが…

またゆるりと日々のことを記していけたらと思っています。




今日は、課題を1枚だけ書いて、ちょっと気分が乗らなかったので、頭に浮かんだ字を思うままに書いてみました。


『放』という字です。

辞書で調べると、

1.外に向けて出す。はなつ。

2.束縛を解いて自由にする。

3.思うままにする。ほうっておく。

4.ほうり投げる。

という意味が載っていました(weblio辞書より)。


私は、割と自由に生きてきたように感じていたのですが、実は自分で自分に蓋をするように生きてきた側面があるかもしれないと思うことが最近よくあります。

自分で自分のキャラクターを決めつけて、似合わない(と思う)ことは蓋をしてきたのかなって思うのですね。

特に容姿に関係することに関して、重い蓋をしてしまってきました。


小学校の高学年から太り出して、思春期もずっと太っていることが悩みでした。(今もですが…)

だから着たい服を思うままに着るということが難しく感じていたし、私なんて…という気持ちがいつもどこかにあって、外で誰かが近くにいると鏡で自分を見ることができないくらいでした。今も苦手です。


ずっとそうやって生きてきたから、私がこんな服を着たらおかしいとか、こんなこと言ったら分不相応だろうとか、この場にいるべきじゃないとか、かなりネガティブな感情でいっぱいになることが多いのですが、誰がその重い蓋をしてるんだ?と思ったら、間違いなく自分じゃないか!とここのところ強く思うのですね…。


年を重ねて、まーいいかーと思えることが多くなった産物かもしれませんが、数十年前に出来なかったことも含めて、今の自分もトライしてみたいと思うなら、やってみればいいじゃないか?と思えるようになりました。


私はキラキラしたものがとても好きで、子どもの頃からネイルに憧れていました。

キラキラするアクセサリーもメイクももっとしてきたらよかったなぁと思います。

原色カラーのワンピースや、帽子も大好きです。今までの人生、殆ど同じ髪型で生きてきちゃったけど、本当はもっと違うスタイルもしてみたいと思っていたのです。

若い時におしゃれしたかったけど、なかなかうまく出来なかったことを少し後悔しています。


ということで、今日の字が『放』です。

昔に戻ることはできないけれど、今を変えることはできるから重い蓋を自分であけて、これからの自分自身を解放してあげたいです。


それに太っているのは、誰も悪くなくて、自分の管理の問題でもあるわけでね…。

健康にも関わることですから、食べるものを丁寧に作ることを大事にしていこうと思っています。

(何度も挫折している運動もぼちぼち…。)


あと、好きな服をどんどん着るぞ!









毎日目まぐるしく過ぎていきます。

いったい何に対して一番焦っているのかよくわからないままに心がざわざわしていることがあります。

つい最近もそういう状態になっていたのですが、ひとまず落ち着こうとスケジュール帳に書き出してみたら、落ち着いてきました。

書き出すって簡単なことですが、とても効果的だと改めて思います。

焦っていたり、不安に思っていたりすることを書き出してみると、思っているよりやるべきことは多くなかったり、複雑でなかったりします。


今日、本当に久しぶりに筆を持ちました。

いくつかの字を練習したのですが、今日の気持ちにぴったりだったのは、『無』という字です。

草書はやっぱり運筆がとても難しいですね。

何度も書きましたが、なかなか満足のいく出来にはなりませんでした…いやぁ、難しいです。


『無』ってことばって、「なにもない」みたいにネガティブなイメージをしてしまいがちですが、無の「からっぽ」っていう感覚って人にとってとても大事なんじゃないかと常々思うのです。

だから、この『無』っていう字、結構好きです。


無の時間や空間がないと、物事に追われ、心も身体もぎりぎりの状態を綱渡りするような感じになってしまうのですよね。

私は、自分の時間と空間に様々なものを詰め込み、自分で綱渡り状態をつくり出しがちなので、最近はできるだけ、からっぽのじぶんを意識する時間を持つようにしています。これがなかなか難しいのですが…意識するだけでもましかなぁと思ったりして。


なにもしない、なにも考えない、ごちゃごちゃ物を持たない、誰もいない、そんな時間と空間を1週間に何時間かは味わえるといいなぁと感じます。


明日はそんな時間が少しつくれるといいな、いやつくり出そう!と誓っている土曜日の夜です。