ASDの中年男性の人生の生き方。ときどき投資。

ASDの中年男性の人生の生き方。ときどき投資。

シェアハウスで社会不適合者たちと暮らしています。発達障害(ASD)だから社会に適応できません。どうやら唯一トレードが好きだから、ひたすらトレードしてるかなぁ。

最近は大自然の中で農作業が主です。最近生きやすくなりました!

「お金があっても幸せは買えない」とか世間ではよく言われますが、はっきり言えば幸せの定義は人それぞれですし、漠然としすぎた表現すぎて私にはよく理解できません。(なんとなく言わんとすることは分かりますが…)


投資をやっていて、経済的に潤うと明確に断言できることがあります。


「お金より人が大事。完全に人との関わりが大事」ということです。


端的に理由を言うと、お金は「自分の“思考の範疇”にある便利や贅沢や安心しか享受できない」からです。


一方で、人は「自分の“思考外”のところから恩恵を運んでくる」からです。つまり他人はサプライズを運んできてくれるから、まさに盲点だった、意外な角度の情報をぶっ込んでくることがあります。ワンチャン自分の度量や視野を広げてくれます。


「あ、こういう視点があるのか!」

「ヤバい!そういう考えがあるのね!」

「知らない世界を教えてくれた」

「世の中に良くも悪くも、こういう人が存在するんだ」

これらは、まさに自分の“思考の枠外”の資源です。


そしてここからさらにオモシロイことも起こります。


「あなたの〇〇の才能や能力や技術を活かしたいから、今度〜〜〜の人に紹介していいですか?あなたが〇〇をヤル気ならいい条件だと思いますが」

「あなたは口が固いですね、そして信用もできる。この仕事をお任せしたいのです」


このように自分の得意とする分野のオイシイ話も持ち込んでくれますし、それが仕事に化けることもあります。


だからトレード一回で1,000,000円を得るよりも、時給1,000円でも仕事して他人と関わっていたほうが人生の幅が広がるような価値が秘めてあります。まさに金では買えない、プライスレスな価値があります。


自分の“思考外”の刺激から自分が広がっていくのは本当にビックリさせられますし、その他人は金持ちや貧乏という社会的ステータスは一切関係ありません。むしろ自分にはないステータスがある、違う人生経験をしてきた人と関われるのは奇跡的です。


「成功したければ、成功者と一緒にいろ」とか、自己啓発書で読んだことがありますが、何を以てして成功かは定義が各々異なるので、私にはよく分かりません。


ただ「人間としての幅を広げたい、人間力を広げたいなら、いろんな種類の人と関われ」とは思います。社会的な身分や境遇の良し悪し関係なく、すさまじくオモシロイです。


まさに金では買えない価値があります。

「人生の目的は幸せになるため」という一部の意見がありますが、幸せってなんかハードルが高いです。


「あ、いいな〜」とか「こういうの好きだな」とか、そういう雰囲気が好きです。


日常でイライラするもの、ムシャクシャするもの、腹が立つもの、そういう日常生活で害になるものを片付けたいものです。


人生は勝手に時間が進むし、時が経過すれば何かしら状況も変わりますし。その都度対応する感じでいい。


自分の手で幸せを掴み取ることは、あくまで現時点での自分の定義した幸せでの範疇であって、それが未来の自分にとっては「幸せ」ではなかったという経験もしました。だから「幸せ」を求めて生きるのは、なんか自分はしっくりきません。


だから不愉快なものを片付ける生活をしたほうが、よっぽど建設的に思えます。たとえば、ウンコを我慢しないて排便するとか、ザワザワするものを処分するとか。


「幸せ」って、結局のところ自分のためになってないで、むしろダメ人間になる要素があるのがオモシロイなと思います。

トレードには色んな手法があり、それこそ無限にトレードをやり続ける前提で資産を増やし続けていくゲームなので特に他人と競うことはしなくていいと思います。


ただ自分のやり方で、市場に飛び込むタイミングで飛び込む。飛び込んだときに、自分の思惑方向に動いてくれたらいい。


思惑方向に動く≒なんの障壁がない場面


その障壁とは、レジスタンスライン(サポートライン)、移動平均線、とかとか…だったりします。


トレンドは継続し続ける傾向にあるとはいえ、いつかはトレンドは終わります。ってことは、トレンドの初動こそが鍵になり、ある程度レートが伸びてしまった後ではもう手遅れになっているのでスルーして、次の機会を待ちます。


ひたすらその輪廻なので、難しく考えなくてもいいです。


よく分からないゴチャゴチャした場面では市場に参加しなくてもいいので無視するに限ります。

シェアハウスの住人にこんな人がいます。


「今は金より銀がアツいっスよ」


と得意げに話します。


なんかよくわかりませんが、その人が言うには毎週1回に“サロン”といわれるところに通い、無料でお金についてのセミナーを受講しているらしいです。


ただその人は、20代半ばのくせにバイトに応募しては尽く落とされたりだとか(普通は20代半ばのバイト応募なら採用される)、生活保護がどうこうとか、格安シェアハウスの家賃すら払えずに母親に肩代わりしてもらったりだとか、祖父が大金持ちだからと自慢してきたり、日雇いの単発バイトでギリギリの生活をしています。ギリギリの貯金しかないのに、ギリギリの収入しか得ません。その割には他人を小馬鹿にしてくるのでハッキリ言えばクソ人間です。


クソ人間はクソ人間で別に構わないのですが、一つだけ言えることがあります。


家賃すら払う金が自分にないのに、投資のことを語ってアホなのかな?


と思います。


安定収入があり毎月ドルコスト平均法で積み立てていく戦略ならまだしも、そもそも彼みたいな人がなけなしの金で仮に投資したところで、その利益は微々たるものです。


仮に彼が1万円の銀を買ったとします。そして年利100%だとします。銀の価値は2万円です。


ん〜と……投資するよりもお前は黙って働いて稼いだほうが良くね?と思います。銀がアツいとかって投資情報はお前には不要だよね?としか思えません。


今の時代はUberや出前館やらの配達員でもやれば、24時間フル稼働でも稼ぐ手段はあるので。


投資は種銭がなきゃ始まりませんので、そもそも投資資金もない人は、まず投資資金を貯めることをせねばなりません。


というように、ギリギリの生活をしてる奴がギリギリの収入を得る生活を維持して何が人生変わる可能性あるんだろ?と彼を傍観するしかないです。


どうやら爺さんが死んだら相続遺産が入ってくるだとか言ってるけど、ちゃんと爺さんが遺言書作成してんのかな…とか思いますが、彼にはそういう知識もなさそうです(爺さんの子はご存命。子が相続放棄したら当然孫には遺産がいきません)。


「相続遺産が入ってきたら〇〇に寄附するんだ」とかイキってカッコつける発言もしますし、馬鹿かな?と思います。


そんな彼はどうやら日本の古代文字のカタカムナを書いて錬金術で金が降ってくるよう願ったり、引き寄せの法則を信じて、そのわりには自分では行動しないという殊勝な人物です。乙。

本記事は世にある投資のやり方を良い悪いと評価するものではありませんので、ご承知おきください。


投資信託、国債、株式、先物、FX、不動産、暗号資産…と人間は欲深いせいか分かりませんが、世の中には金融商品なんてたくさんあります。きっと私が知らない金融商品もあるかもしれません。


どれが良い、どれが悪いなんて知りませんし、各々が満足していれば何でもいいんじゃないでしょうか。


ただ私の投資人生で感じることとして、同じ金額の元手から同じ期間で同じ金額の利益を出したのに、二極化している価値観が存在しているように思います。


たとえば1000万円の元手があるとして、1年間で10%の利益を得たとします(つまり100万円の利益)。


この100万円を「すぐ100万円くらい稼げるっしょ」という投資家と、「やっと100万円を稼いだ」という投資家に二極化されるように思います。


具体的に言うなれば、勝ち組トレーダーは前者で、投資信託などで積み立てていく投資家は後者のように思います。


勝ち組トレーダーは“自分で稼げるスキルがある”からこそ、いつでもお金を稼げる自信を持っているように思います。


一方で積み立てていく投資家は“自分で稼ぐスキルがない”からこそ、自信がないように思います。そして積み立てタイプの投資家は積み立てて複利で儲けたはいいものの、いざ崩すとなったら渋る人も多いように思います。


同じ元手資金で100万円を稼いでも、両者の100万円の価値はまったく違うのですね。


どちらが良いとか悪いとか評価するのは無粋ですが、若くて労働できるうちはトレードスキルを培うほうを個人的にはオススメします。


暗号資産を保有して億り人を狙うのも別にいいですが、それではお金を稼ぐ力が養われるとは思えません。本当にお金を稼ぐ力を身につけたいならトレードかなと思います。



私は暗号資産がハッキングされる前は大量に通貨を保有していたため、一日で含み損益が1000万円が乱高下するのはザラにありました。


ただそのとき思ったのは「単純に保有していればこうなる。+1000万円だからって別に俺の力でも何でもないんだよな…」ということでした。まったく投資家としては成長していない感覚でした。これは腰が据わっていないようで気持ちが悪い。「あ〜俺は弱いなぁ。脆いなぁ。」という感覚です。


別にそれで満足できるなら満足してもいいですが、私は満足できませんでした。だからトレード主体でやったほうが自分の成長する感覚がありますし、つまり人それぞれな気がします。


トレードは人生の縮図みたいな感覚ですし、人間が生きる上で教訓になることも多いので私みたいなタイプの人はトレードを選択するのがよいかもですね。