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 この本は、「本が好き」 のサイトで“献本”として頂いたものです。つまり、タダでもらっちゃった本。なので、チャンちゃん自身を押し殺してでも、読書欲をそそるような読書記録を、“献身”的に、ないし、義務的に、書こうと思ったのですが、推理小説って、ネタバレしないように書くのって、えらく難しいのです。
 なので、これからこの本を読もうと思っている人には、「ここから先はネタバレです」としておきました。読むとしても、そこまでにしてください。2017年2月初版。

 

【ペナンブラシ氏の24時間書店】
 主人公であるクレイが、ペナンブラ氏の24時間書店で働くことを希望した時、言われたこと。
「この仕事には三つのきわめてきびしい条件がある。簡単に同意してはいかんよ。ここで働く店員は1世紀近くにわたってこの規則に従ってきたし、それが今になって破られるのを許すつもりは、わたしにはない。ひとつ、きみはここに午後10時から午前6時までのあいだずっといなければならない。・・・中略・・・。ふたつ、棚に入っている本は読んだり、拾い読みしたり、そのほかどんな形でもなかを見てはならない。メンバーのために本を出してやる。やるのはそれだけだ」 (p.32)
 ペナンブラシ氏の24時間書店は、アンブロークン・スパイン〈折られざりし背表紙〉という協会メンバー以外の客など殆ど来ない、極めて奇妙な書店。
 で、3交代の深夜時間帯勤務なのだから、あえて「棚の本を読むな」と言うのは、大いに奇妙である。そして、これこそが、物語の本番スターターとしての、キックオフ・センテンスになっている。
 ペナンブラ氏が語るこの条件によって、クレイと同時に読者は、まんまと焚き付けられ、著者の術中に嵌ることになるのである。
 ところで、上記書き出しの、ペナンブラ氏の発言は、「~。やるのはそれだけだ」で終わって改行されているけれど、本来、2行先の、「~。ああ、ないとも」までだろう。誤植。

 

 

【小説表現】
 作品中の登場人物であるマットを形容するのに、以下のような表現がされている。(ILMは、『スター・ウォーズ』の監督ジョージ・ルーカスが作った実在する会社だけれど、ここではマットが属する会社名)
 ILMにいないときは、個人の作品を制作している。ものすごい集中のしかたで、乾燥した小枝をつぎつぎと火にくべ、それをとことん燃やしつくすように何時間も働く。眠りは浅く、短く、椅子に背を伸ばして座ったまま、あるいはソファにファラオみたいに寝そべってということもたびたびある。物語に出てくる精霊、小さなジンなんかに似ているけど、彼をつくっているのは空気と水ではなく想像力だ。(p.38)
 ファラオとか精霊とかジンといった単語が、この小説のちょっと謎めいた雰囲気を醸し出すのに役立っているけれど、欧米のヒット小説には、このような中世的世界観を指し示す単語は、必要不可欠なのではないだろうかと思っている。
 また、この作品は、欧米映画の場面展開のように、かなりのスピード感で、興味深い表現が歯切れよく次々と記述されてゆく感じだけれど、それはいうならば、著者の頭の回転数が良好な証拠だろう。最近読書をさぼり気味だったチャンちゃんはおのずと回転数が落ちていたので、移り変わる表現風景を十分楽しむために、こっちの都合でシフトダウンせざるを得なかった。ヤバイ。
 特に、上で書き出した集中力に関する記述などは、この作品を盛り上げるために登場するグーグラーたち(マットはグーグラーではないけれど)の冴えた有り様を代弁するのに最適である。

 

 

【グーグル】
「グーグルには総理大臣がいるの?」
「やだ、違うわよ」とキャト。「プロダクト・マネジメント。委員会なの。最初は2人だったんだけど、それが4人になって、今はさらに増えて64人。会社の運営はPMがしているの。新しいプロジェクトを承認したり、エンジニアを任命したり、資産を配分したり」
「それじゃ、メンバーはみんな最高幹部なんだね」
「いいえ、そこが肝心なところなのよ。くじ引きで決まるの。名前が引かれたら12か月間、PMの仕事をするわけ。誰でも選ばれる可能性があるのよ。ラジ、フィン、あたし。ペッパーだって」
「ペッパー?」
「ここのシェフ」
 ワォ ―― 民主主義以上に平等だな。(p.120)
 ホント、「ワォ!」ですね。
 キャットは、後に、(どうでもいいことだけれど)メンバー数が2倍の128人に拡張されたのを機に、PMに選出されたことになっている。(p.237)
 ところで、この小説には、グーグラー(グーグルの社員たち)がたくさん登場するがゆえに、『スター・ウォーズ』の登場人物たちが、けっこう頻繁に、比喩として登場している。例えば、以下のように
 ぼくらは少人数の反乱同盟軍で、ペナンブラはわれらがオビ=ワンだ。コルヴィナが誰かは言わなくてもわかるよね。(p.214)
 これらが分からなくても、推理小説を解明する上での筋には関係ないけれど、小説の場面々々を楽しむ上では、『スター・ウォーズ』の内容を知っておいたほうがいい。
 グーグルと『スター・ウォーズ』が不可分であることについて、下記リンクを付けておきます。
   《参照》  『ウェブ人間論』 梅田望夫・平野啓一郎 (新潮社) 《後編》
           【グーグルの通過儀礼としての 『スター・ウォーズ』 】

 また、「邦画ならまだしも、『スター・ウォーズ』になんか、全然興味ない」というコッテコテの純日本人のために、以下のリンクを付けておきます。
   《参照》  『下流志向』 内田樹 (講談社) 《中編》
          【『スターウォーズ』に見られる師弟関係】

 

 

【プログラミング言語】
 C言語と呼ばれるやつは、乱暴な命令調でほとんど味もそっけもない。Lisp(リスプ)っていうプログラミング言語は、従属節がいっぱいくっついてぐるぐる輪を描くように長くなる。あんまり長いんで、そもそもなんのコードだったか忘れてしまうくらいだ。Erlang(アーラン)ってプログラミング言語は音のとおり。スカンジナビア生まれのエキセントリック。いま挙げたプログラミング言語のなかにぼくが使えるものはない。みんなむずかしすぎるから。
 でも、〈ニューベーグル〉時代から使っているRuby(ルビー)は開発者が陽気な日本人プログラマで、親しみやすくて理解可能な詩みたいに読める。ビリー・コリンズ(ウイリアム・コリンズ。18世紀の英国詩人)がビル・ゲイルになったような感じだ。(p.79)
 こういう記述って、プログラミング言語などチンプンカンプンな人でも、なんとなく楽しめるのではないだろうか。
 陽気な日本人によって開発されたという記述があるだけで、Rubyというプログラミング言語名だけは記憶に残るだろう。下記リンクに、日本人開発者の名前が書かれている。
  《参照》  『たかが英語!』 三木谷浩史 (講談社) 《後編》
           【IT技術と英語】

 チャンちゃんは、“スカンジナビア生まれのエキセントリック”という表現がおかしくって、アーランというプログラミング言語名を記憶した。コーランではない。
 どうでもいいことだけれど、Rubyは、本書内で、もう一度登場している。
 ローズマリー・ラピンが社員の一員として入社する。ぼくがRubyの使い方を教えて、彼女が会社のウェブサイトを作る。 (p.384)

 

 

【OSのアップグレード】
「あたしはね、大きな変化は人間の脳に起きるんじゃないかって考えてるの」キャットは耳のちょっと上をトントンと叩きながら言う。彼女の耳はピンクでキュートだ。「コンピュータのおかげで、思考の新しい手段が見つかるんじゃないかしら。あなた、あたしがそう言うと思ってるでしょ」うん。「でも、それはもう起きたことよ」。あたしたちの脳は千年前の人間と同じじゃないもの」
 待った。「同じだよ」
「ハードウェアは一緒だけど、ソフトウェアは違うわ。プライバシーっていう概念が、ごく最近のものだって知ってた? ロマンスっていう考えもだけど、もちろん」 ・・・中略・・・。
「そういう大きな概念の誕生はオペレーティングシステムのアップグレードに相当するわ」キャットはにこにこして言う。彼女の得意分野だ。「一部は作家のおかげよ。内面的な独白はシェイクスピアが考案したって言われてるし」
 ああ、内面的な独白ならよく知ってるよ。
「でも、作家の出番はもう終わったと思う」とキャット。「今度、人間のオペレーティングシステムをアップグレードするのはプログラマよ」(p.85-86)
 この本が「面白い」と言いそうな理系の大学生辺りは、このような記述に食いつくのだろう。
 進み行く社会の先を捕えようとする人々は、OS(オペレーティングシステム)のアップグレードが必要であることを、しばしば語っている。その場合の捉え方は、人それぞれだけれど、ダニエル・ピンクの『モチベーション3.0』 なんかはその例である。
 OSの書き換えについて、チャンちゃんも、キャットが言うように、作家の出番はもう終わったと思っている。というか、最初から無理だとわかっている。作家家業をやっている人々は、その限界を自覚しているはずである。少なくとも、村上春樹がそれを自覚していることは、『アフターダーク』のクロージングなどに現れている。
    《参照》   『アフターダーク』 村上春樹 (講談社)
              【アフターダーク】

 人間の進化には、脳の進化(OSのバージョンアップ)がどうしても必要だけれど、それはキャットが拘る「不死の問題」と絡んでいる。つまり錬金術における最重要課題なのである。但し、プログラマがそれをやるとなると、人間はアンドロイドになってしまう。これがグーグルが目指す世界であるなら、それは機神界であって、本来の自然神界ではない。
 そのあたりを予見的に著していたのが、鈴木光司の『リング』『らせん』『ループ』の三部作だろう。これらは、単なるホラー小説などではない。貞子オンリーで終わっている人たちは、本当に本を読んでいないのである。
    《参照》   『ループ』 鈴木光司 (角川書店)
              【主催者

 ちょっと横道に逸れちゃったので、本筋に戻ります。

 

 

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