《前編》 より
 

 

【本書の基本用語】
 ペナンブラ24時間書店の奥にある「コデックス・ヴィータイ」という蔵書の暗号を解明するために、
 ローグ(ならず者:グレイ=主人公のぼく)と
 ウィザード(魔法使い:キャット=飛び級天才少女のグーグラー)と
 ウォリアー(戦士:ニール=世界一のオッパイ物理学のエキスパート)という
 欧米風冒険譚では典型的なお決まり構成メンバーによるクエスト(探索)が始まる。
 そんな場面で、ペナンブラ氏が3人に話したことの中に、本書内で頻出する基本用語があるので書き出して置いた。
「アルドゥス・マヌティウスという名前は聞いたことがあるかね?」
 キャットとニールは首を横に振ったが、ぼくはうなずいた。美術学校にもひとつはいいところがあったみたいだ。「マヌティウスは初期の出版業者の一人ですよね」・・・中略・・・。
「そのとおり」ペナンブラはうなずいた。「15世紀の終わりだ。アルドゥス・マヌティウスはヴェニスの印刷工場に書家と学者を集め、史上初の古典集を作った。ソフォクレス、アリストテレス、プラトン。ヴェルギウス、ホラティウス、オビディウス」
 相槌を打ちながら、ぼくも言う。「ええ、グルフォ・ゲリッツズーンというデザイナーが作った新しい書体を使って印刷したんですよね。めちゃくちゃかっこい書体だった。・・・中略・・・」(p.186-187)
 これだけならネタバレにはならない。むしろ読者がクエストする上で有用である。
「マヌティウスはコデックス・ヴィータイ ―― 人生の書 ―― という本を遺した。その本は暗号で書かれていて、暗号を解く鍵を教えられた人間はひとりだけだった。マヌティウスの親友でパートナーのグリフォ・ゲリッツズーンだ」(p.189)
 アルドゥス・マヌティウスのコデックス・ヴィータイの表紙には、『MANVTIVS』と書かれている。

 

 

【不死の秘密】
「われわれマヌティウスの弟子はコデックス・ヴィータイの暗号を解こうと数世紀にわたって努力してきた。そこにはマヌティウスが古典作家の研究を通じて発見した、あらゆる秘密が記されているはずなんだ ―― 第一に、不死の秘密が」 (p.189)
 ペナンブラの語りにある「不死の秘密」は、洋の東西を問わず、錬金術世界における“秘中の秘”である。
「でも、あたしがいちばん興味があるのは」キャットが言う。「グーグル・フォーエバーよ」 そうだった。寿命の延長。彼女はうなずく。「・・・中略・・・。長い目で見れば、あれがあたしたちにできるいちばん重要な研究かもしれない・・・中略・・・。例の本にクレイジーな発見があったら、どうする? たとえばDNA配列とか? あるいは新薬の製法だとか?」目が輝いている。いや、すごいよな ―― こと不死となると、彼女の想像力はとどまるところを知らない。(p.285-286)

 

 

【ガチャン、ポチャン】
 ガチャン、ポチャンという音を立てて、ディックルはモップとバケツを置いた。(p.254)
 門外不出のコデックス・ヴィータイをスキャンするために侵入した部屋からの帰り、見つかりそうになって緊張が走る場面なのだけれど、このような漫画チックな表現がいくつもあるので笑ってしまった。映画の『バック・トゥー・ザ・フューチャー』みたいな、真面目にコミカルな演出なのである。

 

 

【グーグル参戦】
 本 ―― 退屈。 暗号 ―― すごくクール。 それがいまインターネットを引っ張っている一団。
「そこであたし、グーグルもこれに少し時間を割くべきじゃないかって言ったのよ。なぜなら、まったく新しいことの始まりになるかもしれないから、一種の暗号解読サービスみたいな ――」
 キャットは自分の聴衆を良く知っている。
「そしたらみんな、それはすごくいい思いつきに聞こえるって考えたわけ。投票が行われたわ」
 すごい。もうこそこそする必要はないんだ。キャットのおかげで、ぼくらはグーグルの正式な後援を受けられることになった。シュールだ。暗号解読はいつ始まるんだろう。(p.275)
 ということで、キャットを中心に、グーグラー達による暗号解読プロジェクトが始まった。
 まずは、スキャンした『MANVTIVS』のゲリッツズーン書体を、正確に読みとる必要がある。
 「ワレワレは光学固有ベクトルについても修正しなければなりマセン」分かり切ったことだという口調で、フェドロフがくり返す。・・・中略・・・。
 イゴールがやせこけた手をあげてさらりと言った。「ワレワレはインク浸潤値のトリー・ディメンション・メイトリクスを作れるんじゃないかと思うんですが?」(p.282)
 グーグル参戦結果は、ストーリーをバラスことになるから、あえて書かない。
 以下の書き出しで止めておきます。
「会員が怒ったのは、われわれがまだあの方法を試していなかったからさ。“この成りあがりのグーグルとかいうやつに、お楽しみを全部持っていかれるとは”ってね」(p.323-324)

 

 

【クラーク・モファット】
 クラーク・モファットは〈アンブロークン・スパイン〉の天才だった。(p.289)
 『ドラゴンソング年代記』という作品の著者であるクラーク・モファットは、マヌティウスのコデックス・ヴィータイを解読する〈アンブロークン・スパイン〉という協会の天才会員だったことがわかった。
 クラーク・モファットは、不死の謎を解いていたのである。

 

 

 

 ここから先は、推理の骨子も結論も、バラしてしまっていますから、
 これから自分で読むつもりの方は、絶対に読まないでください。

 

 

 

【『ドラゴンソング年代記』の著作とオーディオブック】
 『ドラゴンソング年代記』には、ゲルッツズーン書体を作ったグリフォ・ゲリッツズーンの名と同じ、グリフォという楽器(角笛)製作者が出てくる。
 以下は、『ドラゴンソング年代記』の引用として、本文中に2回(3回だっけ?)記述されているくらいだから、この推理小説を解く上での鍵となる文章群であることは、誰でも分るだろう
「グリフォの黄金の角笛はみごとな作りだ」ゼノドタスはそう言って、テレマクの宝物にそっと指を滑らせた。「そして、これにまつわる魔法はこれが作られたことそのもののみだ。わかるか? これはなんの魔法も持っていない ―― 私が感知できるものはない」 ・・・中略・・・。
「魔法はこの世で唯一の力ではない」老魔術師はやさしく言い、角笛の持ち主である王子に返した。「グリフォの作った楽器はあまりに非の打ちどころがないので、その音色を聞けば、死者でさえよみがえらずにいられない。呪文にもドラゴンにも頼らず、彼はそれを手で作った。私も彼と同じことができたらと思うよ」(p.272)(p.319-320)
 さらに、グレイは、この著作と、モファット自身の吹き込みによるオーディオブックを聞いていて、大きな、違いを発見した。
「ウィルムの父祖、アルドラグでさえうらやむだろう」
 ちょっと待った、なんだって? ・・・中略・・・。アルドラグは初めて歌を歌ったドラゴンで、ドラゴンソングの力を使って最初のドワーフたちを溶けた岩石から創り出した。でも、大事なのはそこじゃない。 ―― 大事なのは、さっきの文章が本には載ってないことだ。(p.320)
「初めて歌を歌った、アルドラグでさえうらやむだろう」
 この比喩を置き換えるなら、
「初めてコデックス・ヴィータイを記述した、アルドゥス・マヌティウスでさえうらやむだろう」
 最初の3文字「アルド」も重なっている。
 そして
 マヌティウスでさえうらやむ不死の秘密は、「本には載っていない」
 ということは、
 ゲリッツズーンにはわかっていた ―― 不死の鍵が。 (p.372)
 

【キャットの反応】
「あなたはこれで満足できるの? 彼は書き置きを遺したのよ、クレイ。書置きを遺しただけ」叫び声になり、唇からオートミールのくずが飛んだ。・・・中略・・・。キャットはうつむいて靴を見つめている。静かな声で言った。「あんなのは不死じゃないわ」 (p.374)
 チャンちゃんも、キャットと同感。
 せめて、下記リンクにあるような、もうちょっと高邁な結論なのかと思っていたからね。
   《参照》  『ディングルの入江』 藤原新也 集英社
           【ティール・ナ・ノーグ】
   《参照》  『ピーター・パンはセックス・シンボルだった』松田義幸(クレスト)《前編》
           【生と死を司るディオニソス】

 

 

【書評的まとめ】
 とわいえ、推理小説の全体的な構成や、仕掛けや、使われている現代的な要素や、欧米文学的表現や、比喩表現や描写法の多様さを思うならば、十分面白い小説だったといえるだろう。
 読者は、推理小説としての楽しみ方だけではない、様々な面白さを、自分なりに見出せるはず。

 

 

<了>