イメージ 1

 雑誌の中で著者の記事をよく見かけるし、書店のビジネス書のコーナーでも著作をよく見かけるし、テレビに出ている著者を何度も見たことがあるけれど、著者の本を読むのはこれが初めて。しかも古書店にあったから。
 そもそもアナログ思考のチャンちゃんは、デジタル思考の著者の書籍をわざわざ買って読みたいとは思うことがなかった。マッキンゼーをはじめとする外資系企業で働いてきた方々に特有な、分別智で切り分けられた内容は、本来、荒唐無稽な世界を逍遥したいチャンちゃんの魂にそぐわない。マッキンゼー頭の代表格である 大前研一さんの著作なら読めるのは、男性に共通する部分があるからだろう。
 ところでこの本は、読む、書く、売るという一連の目的で書かれている。2008年10月初版。

 

 

【ウェブと本を比較した場合の本のメリット】
 ウェブ派の私にとっても、いまだに本は欠かせません。では、どの点においてウェブより本が優れているかというと、「本は、自分を表現し、流通させるメディアとして、ウェブよりもはるかにフォーマットが安定している」 とうことです。(p.28)
 本の価値は、基本的に 「編集力」 にあります。本においてコンテンツは、既に編集された状態で、読みやすいフォントで読みやすいフォーマットで置いてあります。(p.29)
 こう書かれているけれど、この本を読んだ私は、ウェブの寄せ集め記事を読んだ後のような印象を持ってしまった。著者なりにコンサル経験を生かしてフォーマット(形式)を決めて、出版社と打ち合わせして編集したのだろうけれど、タイトルや目次に多用されている “進化” という枠組にスンナリ同調できなかったのである。
 ノウハウ的なビジネス書として割り切って読めば、企画として意図された “進化” を辿れたのかもしれないけれど、先天的にアナログタイプのチャンちゃんはそういう読み方が好きではない。

 

 

【体験の不分明性】
 書物や読書のメリットは、むしろ以下の記述の中にある。
 人間はうまくできていて、人の体験なのか、自分の体験なのか、情報として手に入れると混ざってしまう傾向があります。結果、人の体験でも、読書により自分が体験したような意識になるので、そこからアイデアも出てくるし、自分から動けるようになります。(p.56)
 これは、イメージと現実を区別できないという脳の特性によって生じること。イメージではなく、知的に理解され貯えられた記憶であっても、忘却することなく存続しているものなら、脳の中に定位置を確保した自分自身の記憶として自他の区別なく有効活用できる。

 

 

【自分を組み立て直す作業】
 「本を読む」 とか、「人と会話をする」、というのは、相手から刺激を受けて、自分のスキーマ(ベータベースの構造)を組み立て直す作業です。(p.74)
 この記述は、全くその通りだろう。自分と同じ考えだから安心して読み、違うから不快と思って読まないというタイプの人々が2チャンネルフリークに多いらしいけれど、そういう人々って、基本的に本を読む習慣のない人々なのだろうと思っている。
 新しいことを学ぶことができ、自分を変えてくれるからこそ、本や人との出会いに価値がある。人体の細胞は数年の間隔ですべて入れ替わってしまうのが自然の営みである。人の考え方が数年の時を経て全く変わっていないとするなら、それは不自然なのである。人との出会いは限られていても、本はどのようにでも選択できる。嫌な奴と付き合うのはしんどくても、読もうと思わない本を読んでみるのはそんなにしんどくない。
   《参照》  『「逆」読書法』   日下公人  HIRAKU
            【読書の縦糸と横糸】
            【逆読書術の ”奥儀” 】

 

 

【読者の責任】
 私は基本的に本というのは、学術書以外は、著者の 「与太話」、もう少しいいことばで言うと、著者たちの経験談だと思います。 ・・・(中略)・・・ そして、しょせんは堅い学術的な証拠があるわけではない 「与太話」 ですから、その信憑性をきちんと調べるのは自分の責任になります。(p.120)
 外資系コンサルタント経験のある著者ならではの思考パターンが顕著に出ている。書物に書かれている与太話ないし経験談はその著者の仮説であり、それは読者個人の責任によって検証されねばならないと考えるのである。
   《参照》   『外資系コンサルタントの真実』 北村慶 (東洋経済新報社) 《後編》
             【PDCAサイクル】

 著者は、自己啓発的書など様々な書籍に書かれている内容も、読んだら直ぐに自分自身でやって信憑性を調べてみるという。この、即、行動に移すという態度があるから、人に抜きんでた実績を残すことができているのだろう。読書と行動が、即リンクするというのは非常に重要なこと。王陽明流に言うならば “知行合一” である。
 ついでに書いておくけれど、学術書だからと言って100%信憑性があるとは言えない。かつてノーベル賞を受賞した理論だって、全くのデタラメだったことがあるのである。
   《参照》   『もっとウソを!』 日高敏隆・竹内久美子 文芸春秋
              【タイトルの意味】

 さらについでに書いておけば、アインシュタインの相対性理論だって単なる仮説である。正しいと検証されているわけではない。(アインシュタインのノーベル賞受賞対象は、相対性理論ではない)

   《参照》   『ラムー船長から人類への警告』 久保田寛斎 (たま出版) 《前編》

              【光速という速度定数の嘘】

 

 

【ウェブ広告】
 ウェブの人たちは、ある意味、値付けを間違えたのです。アドワーズ広告1クリック7円は、コストから逆算してつけてしまったのですが、実は競合商品を考えると1回70円でもよかったのです。なぜなら、DM1通郵送するのに100円くらいかかるわけですから。ところがいったん下げたものは、上がりません。ある意味、 Google や yahoo のような規模がなければ、広告ビジネスが成り立たないプライシングです。だからこそ、出版社ももっともっと、こういった広告を利用したほうがいいのです。(p.204)
 本も、シャンプーやお菓子などが当たり前にやっていることをすれば、普通に売れるだろうと著者は書いている。つまり、広告まで含めた販売戦略を立てて売れば売れると。 アメリカでは仕掛けて大部数を得ることなど当然になっている。私などは、書籍が販売戦略に応じて大部数が売れるようなら、それは大衆が完全に衆愚化していることの証拠だろうと思ってしまう。
 実際のところ、『蛇にピアス』 は若年層の読書離れを防ぐ目的で芥川賞を与えられたらしいけれど、まともな大人の読者は、この作品によって芥川賞を侮蔑しだし小説から離れてしまったはずである。

 

 

【印税寄付ブログラム〈Chabo! (チャボ)〉】
 2008年6月に、有隣堂ルミネ横浜店でサイン会をしたのですが、当日の同店のビジネス書ランキングは、5位までの4冊が 〈Chabo!〉 の本でした。私の本が2冊、和田さん1冊、小宮さん1冊です。これはとてもうれしかったです。
 ・・・(中略)・・・ 。スタートして3カ月後には寄付総額が10,013,766円になりました。(p.223)
 この様なプログラムが付いていたら、内容に関して買うか買わないか迷う場合に、背中を押してくれるだろう。そもそも善意を推進する選択行動は、読者にとって気持ちいいものであるし、著者にとってもブランド化に寄与するはずである。この本も 〈Chabo!〉 (= Charity book) である。

 

 

【大事な時間を読書に】
 この本の最期に、著者の読書に関する思いが記述されているから、書き出しておこう。
 読書を勧める人々はみんな、著者と同じように思っているはずである。
 最期に。私は決して、読書が人生のすべてだとは思っていませんし、読書が人生のなにもかもの問題を解決する魔法の杖だとは思っていません。自分の人生を切り開くのはあくまで自分が中心です。ただ、自分だけではすべてのことはできないので、他者の力を上手に借りないといけないと思っています。そんなときに、直接会うことはできないけれども、間接的に知り合って、アドバイスをくれるのが著者たちです。
 著者たちは、私たちが自分の人生のミッションを達成するための、よりよい人生経験、楽しさ、知的好奇心、豊かさ、考え方、教養、興味、哲学、そのようなさまざまな刺激を本を通じて与えてくれるのです。
  ・・・(中略)・・・ 。
 読書は決して受け身的なものではなく、人生に目標と指針を与え、私たちを日々進化させてくれる素晴らしい方法です。ネットが全盛期の今こそ、本の役割をもう一度見直し、私たちの大事な時間をもう少し多く、読書に投資してください。そうすることで、読者の方々にとって、よりよい人生が待っているのだと私は確信しています。(p.230-231)

 

 

<了>