E4系Max最後の二ヶ月〜追わなかった“大物”を追った夏④ | たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

『縁は、連結する』鉄道など交通を中心に興味の赴くままに、日々呟き語るブログ。
※最近すっかり鉄道ルポタージュ化してますが、言いたいことを素直に言うという意味でブログタイトルは変えてません。

8月9日の記録の続き…
東京駅と同じパターンを講じたら、やはりそれで終わりではないだろう。
 
8月9日のこれまで「唯一の【併合】作業を見た」
 
Maxたにがわ410号を待つ。
 
それは時間があるなら、撮りこぼしてはならぬ。
30分も経たずにまた来るのだから、もう少し蒸し暑いのは我慢して。
 

11:58、高崎駅13番線に入線。

 

デジタルATC化により入線速度は向上したが、それでも思ったより撮りやすい。

まだそんなに撮る人もおらず、ゆっくり腰を据えて撮影ができた時期だった。

 

11番線には北陸新幹線「あさま609号」もちょうど到着して、一瞬の並びも。

 

ここでは多客臨で追い越していく列車があるのだろうか、およそ4分もの停車時間があった。

そんなこともあり、後ろから前へ歩きながら撮っていく。

 

二階グリーン車・一階普通車指定席の合造車であるE444。

新潟寄りの8/16号車として連結されていた。

先頭車はE1系と比べてノーズが長くなり、窓数もそれにつれて少なくなり独特なスタイルに。

出たばかりの頃はそれがかなりの違和感につながり、何歩も引いた感じになっていたのだ。

高速化と大量輸送を両立させるための苦心が、特に両先頭車には詰め込まれていた。

 

撮れば撮るほど、愛着は少しずつ増してくる。

東京〜上野間の走りのようにゆっくりではあるが、確実にその時への思いは重なっていった。

 

…やっとのことで前へ着くと、早くも発車の時間になっていた。

 

東京駅へ向かう姿を後追いで捉え、この日の撮影はこれで終了…
そうなるつもりだった。
 
しかし、この後、湘南新宿ラインで新宿に向かい、あるイベントに顔出しした時…
関係所にご挨拶に伺った時の会話から、一気にその気が変わる。
 
そういや、ちゃんと行ったことなかったよなぁ?
 
この時はまだ忘れていたのだが、上野駅の新幹線地下ホームにロクに降りた記憶が無かった。
灯台下暗しとはよく言ったもので、3年間散々通い乗り降りしていたはずの上野駅で、その記憶が
その時に限って、おそろしく綺麗さっぱりと頭の中からすっかり抜け落ちていたのだ。
 
よ〜し、ならば行ってみるか。
 
その気になったなら、その時に行くのがベストタイミング。
ということで新宿を早々に辞し、帰る予定を撤回して山手線外回りで上野に移動。


16:22、Maxとき326号が21番線に到着。

入れ替わりに発車していくE2系との並びが。


地下鉄のような、随一の異質な雰囲気の上野駅新幹線地下ホーム。

こんな構造物のほぼ真上で授業を受けていたとか、今にして思えばなかなか得難い経験だった。

しかし、その時含め全般に新幹線への興味はあまりなく、そのままズルズルきていた感がある。


もっとも自分が通っていた頃は東京駅まで開業して久しく、かつ長野行き新幹線開業前後のために

ほとんどは東京駅ホームは1面2線、まだそれなりに折り返し列車も残っていた時期だったはず。

部活の合宿で上越新幹線も利用していたが、それでも興味が深まることはついぞなかった。


いまや、上野駅は北の玄関口とは言えなくなっている。

それでも、いざ立ってみるとやはり独特な佇まいにグッとくるものがある。

それは、身体の半分を流れる東北県人(山形)の血筋がそうさせるのだろうか。


…あとは、これだけ酷暑続きだから地下ホームは絶好なクールダウンにもなるし。


…そんなことを考えていたら、さっき東京駅に向かったMaxとき326号が、早くもMaxとき333号に

名前を変えて、およそ20分ほどで19番線に入ってきていた。

16:45、19番線着。


上野駅ホームは、そこまで乗る人は多くない。

時期も時期ではあったにせよ、寂しさも感じながらホームに佇み出迎え、見送りを繰り返した。

 
8月1日の記録