日雇い派遣が全面的に禁止される様子です。
派遣禁止で「日雇い不況」も
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080717/165631/?P=1
私には、不遇の時代がありました。
ほんの数年前、正規雇用での給料が激安で、土日に日雇い派遣で働いて、なんとか生きていたわけです。
その頃には、すでにワーキングプアという存在を肌で感じていました。そして、この腐った雇用形態の中で腐ってしまった人たちを見てきました。
この日雇い派遣のシステムは腐っています。しかし、おおよそこの10年間運用された腐ったシステムの中で20代の貴重な時間を過ごしてしまった人たちには、地獄の様な未来が待っていることでしょう。そしてその地獄を支えるのは、我々の世代の仕事です。それもまた地獄でしょう。
この日雇い派遣と言う仕事は、非常にリスクの小さい仕事です。ピンハネ屋という蔑称で呼んでも良いくらい、不正直な商売であると言えるでしょう。
この商売の商品が労働力です。そしてカラクリとしてすごいところは「在庫リスクがゼロ」なのです。こんなにすごい商売はありません。
つまり、通常の商売はなんであれ、元手を使って「在庫」を手に入れ、それに付加価値を付けて販売します。
しかしこの商売では、労働力を登録しているだけの状態では、在庫にコストが発生しないのです。
営業に失敗し「本日はお仕事がありません」という状態になっても、在庫にかかるお金は限りなくゼロなんです。
そして、販売先(派遣先)が見つかったとき、初めて在庫に原価が発生するわけです。
そりゃあ、儲かるよ。マジで。
まあ、いろいろなくなると困るとか言っているんですが、要は「日雇い派遣」が禁止になるわけであって、「日雇い」は禁止になりません。
つまり、各現場がきちんと人事システムを持って一日アルバイトを雇えばそれでOKという事になると思います(あくまで予測)。
また「派遣業務」ではなく「請負業務」については禁止されないと考えられますから、企業がきちんとマネジメントと雇用の責任を果たしさえすれば、それほどの影響は無いように思いますがねえ。どことは言いませんが、運輸会社のしっかりとしたところは、日雇い派遣ではなく、自社で日雇いを行っていましたから、そういうきちんと企業責任を果たしてきたところには、ほとんど影響がないはずです。
欧米に比べて、日本はなあなあのビジネススタイルです。本来であれば、雇用する側とされる側がお互いの心を読みあってやらなきゃならない場面について、目の前のコストダウンだけを追いかけていれば、そりゃあこういう結果が待っていることは、容易に想像できたはずなんですけどね。
さて「腐ったシステムが生んだ未来の地獄」について話しましょう。
彼は4年前の時点で28歳でした。ある配送工場で一緒に働いていました。ある派遣会社から、大手メーカーの配送工場へ派遣されていたのです。
当時同じ職場には、お笑い芸人のタマゴがおりました。昼休みなど、3人で飯を食ったりしたものです。
私以外の二人は、土日以外もその配送工場で働いていました。私は土日だけでした。芸人タマゴは1年目、彼は5年目でした。
私は結局2年やりました。私が去るときも、ふたりはまだ工場に残っていました。
それで、私とほぼ入れ違いでひとりこの配送工場を去って行きました。その人は営業の仕事が見つかったそうです。
「彼」はそれを見て、この仕事以外の仕事を探したりしてました。
そしてぽつりと「僕ね、IT企業に勤めたいんだ」と言い出したことがありました。
私と芸人タマゴは「お?コンピューター使えるの?」と聞きました。「彼」は使えないと答えました。
タッチタイピングも出来ないというより、使ったこともないという事でした。
「彼」に、「なぜITがいいの?」と聞くと「儲かりそうだから」と答えました。
そして、何社か受けたけど、さっぱり受からないと嘆いていました。
私は「IT業界には、コンピューターが好きでたまらない人間が多くいる。そんなところに、コンピューターが使えない人が、入れるわけが無いでしょ」と言いました。芸人タマゴは「僕ですら情報収集のためにインターネットを使っている。まずはコンピューターを買わないと」と言いました。そして「彼」はそっかーと言いました。それ以来、IT企業を受けるのをやめました。
その後芸人タマゴが私に「ひげさん、残酷な事言いますね」と言って来ました。私は「かなわない夢を見続けている人を放置するほうが残酷だ」と言いました。芸人タマゴは「それもそうっすね」と言いました。
果たして「彼」が今何をしているのか、私は知りません。
確かに「彼」は、バリバリと考えて、ガツガツと生きてゆくタイプの人ではありませんでした。しかし、悪い人では無かったですし、仕事もきちんとできる人でした。なんらかの職人にはなれていたと思うのです。しかし世の中の「なんとなく生きていきやすいシステム」「ギリギリで人を殺さないシステム」の中にどっぷりとつかりこんで、その中でなにも出来ない人になってしまいました。
「彼」が若かりし頃、この腐ったシステムさえなければ、いずれかの正規雇用なりなんなりの職に「就くしかなかった」状態であったはずです。
そして「彼」が60歳を迎える頃の話です。
おそらくはまっとうに生きてゆく仕事に付いていると考えることは、かなり難しい話だと思っています。
また、その派遣事務所には、「彼」以上の社会不適合者が数多くいました。
少なくともその中の数名は、60歳を迎えるまでに、自分の力を使って、憲法で保障される「最低限の生活」を維持できなくなるでしょう。
そういう人々がどれほどいるのか。考えるだけで恐ろしいです。
されば、我々は彼らに対し、憲法の名の下において、生活を保障しなくてはなりません。
我々は国家と言う生活共同体を営んでいるわけですから、彼らの生活を守らなくてはならないのです。
今見える未来予測の中で、自分たちの生活すら手一杯なのに、そういう人たちを生かすためのコストを捻出することが出来るのでしょうか?
他人は関係ないのじゃありません。
日本国の日本国憲法下に生きている限り、我々日本国民は、日本国民を「より生産性の高い存在」へと導いてゆく仕事をしなくてはなりません。
石油も出ません。石炭も出ません。鉄も出なければ、レアメタルも出ません。
この国は、ひとりひとりが何らかの生産者であるか、生産者にぶら下がる存在でなければ、生きることが出来ない土地なのです。
しかし、この国は、今までの10年、最も人口が多い年代のひとつである団塊ジュニアの世代を、まるで生産性の低い人間にしてしまう政策を取ってきました。
企業は本来の目的を忘れ、手段や条件でしかない利益のみを追求してきました。
しかし、それは未来に掴むべきものを、前借してきただけの事だったのです。来年蒔くべき種もみを、今食べても良い米として間違えてカウントしてきただけなのです。
ワーキングプアの真の恐ろしさは、あと30年経ってから来るでしょう。
ああ、やんぬるかな、やんぬるかな。