「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -86ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約46:7

しかし、あなたがたはすべてのことについて、惜しみなく与える神に願い求めるように命じられている。また、あなたがたがまったく聖い心をもって、わたしの前をまっすぐに歩み、あなたがたの救いの結末について考え、祈りと感謝をもってすべてのことを行いながら、御霊があなたがたに証する事柄を行うようにと、わたしは望んでいる。それは、あなたがたが邪悪な霊、あるいは悪霊の教義、または人間の戒めに打ち負かされないためである。あるものは人間から出ており、またほかのものは悪霊から出ているからである。

 

「個人の啓示の枠組み」2022年10月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会

聖霊を通して個人の啓示が与えられるという約束は,空を飛ぶ飛行機によく似て,畏敬の念を引き起こします。そして飛行機のパイロットのように,わたしたちは,聖霊が個人の啓示を与えるために働かれる枠組みを理解する必要があります。わたしたちがその枠組みの中で働くとき,聖霊は驚くべき洞察や導き,慰めを解き放つことがおできになるのです。どんなにすぐれた才能がある人でも,その枠組みの外では,欺かれ,砕けて,焼けてしまいます。

 

聖文は,個人の啓示を受けるための枠組みの第一の要素です。2 ニーファイ32:3参照)聖文にあるように,キリストの言葉を味わうことにより個人の啓示を受けやすくなります。ロバート・D・ヘイルズ長老はこう語っています。「神に話しかけたいときには,祈り,神から話しかけてもらいたいときには,聖文を読むことができます。」(ロバート・D・ヘイルズ「聖文―救いを得させる神の力」2006年10月)

 

聖文はまた,個人の啓示を受ける方法を教えています。 そしてわたしたちは正しく,善いことを求め3ニーファイ18:20モロナイ7:26教義と聖約88:64-65参照),神の御心に反することは求めませんヒラマン10:5教義と聖約46:30参照)。わたしたちは自分自身の思いを達成する,あるいは自分自身の楽しみを満たすなど,不適切な動機から「悪い求め方」をしたりしません。ヤコブの手紙4:3。新しい国際版のヤコブの手紙4:3;2ニーファイ4:35教義と聖約8:1046:788:64-65も参照。)何にもまして,わたしたちは受けると信じて3ニーファイ18:20モロナイ7:26参照),イエス・キリストの御名によって天の御父に願い求めるのです。教義と聖約88:64-65;『聖句ガイド』「祈り」の項)

 

※聖文は,聖霊の声が大きな声や騒々しい声でなく,ささやくような穏やかで静かな声であると教えています。それは簡潔で,静かで,分かりやすい声です。心を貫き,内に燃やすことができます。心と思いの両方に影響を与え,恐れや不安や心配でなく,平安と喜びと希望をもたらします。悪ではなく,善を行うように勧め,不可解でなく,人を教え導く心地よいものです。列王上 19:11-12オムナイ1:25アルマ32:28ヒラマン 5:30-333ニーファイ11:3モロナイ7:16-17教義と聖約6:22-248:2-39:8-911:12-1485:6;ボイド・K・パッカー「主のともしび」『聖徒の道』 1988年12月号,32-37;ラッセル・M・ネルソン「彼に聞きなさい」2020年4月; ラッセル・M・ネルソン「信仰をもって将来を待ち望む」,2020年10月;ラッセル・M・ネルソン「教会のための啓示,わたしたちの人生のための啓示」2018年4月。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約46:2

しかし、書き記されたそれらのものがあるにもかかわらず、聖なる御霊によって指示され導かれるままにすべての集会を執り行うことが、初めから常にわたしの教会の長老たちに指示されてきたし、またこれから先いつまでも指示されるであろう。

 

「総大会―信仰と証を強める」2013年10月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

大会は常にイエス・キリストの真の教会の一部になっています。アダムは子孫を集め,将来起きることについて預言しました。モーセはイスラエルの子らを集め,自分が受けた戒めを教えました。救い主は,聖地とアメリカ大陸の両方で群衆にお教えになりました。ペテロはエルサレムで信者を集めました。末日に開かれた最初の総大会は,教会が組織されてからほんの2か月後に招集され,それ以来総大会は今日この日まで続けて開かれています。

 

こうした大会は常に主の指示の下で開かれ,主の御霊により導かれます。教義と聖約46:2参照わたしたちは特定の主題を割り当てられはしません。何週,何か月もの間,しばしば眠れぬ夜を過ごしながら,主を待ち望みます。断食と祈り,研究と熟考により, 主が わたしたちに語るよう望まれるメッセージを学びます。

 

こう尋ねる人もいるでしょう。「霊感がもっと容易に,そして迅速にやって来ないのはなぜだろうか。」主はオリバー・カウドリにお教えになりました。「あなたは心の中でそれをよく思い計り,その後,それが正しいかどうかわたしに尋ねなければならない。」教義と聖約9:8 大会のメッセージはよく祈って備えた後に,聖霊を通して与えられるのです。

 

この原則は,ワード大会,ステーク大会,総大会に参加する備えをするうえで,すべての教会員に当てはまります。必要なもの,天の御父に願い求めるものを心の中でよく思い計り,教えられることを理解し応用できるよう祈ります。大会の時が近づくと,ほかの活動を犠牲にして,「この世のものを捨てて,この世に勝る世のものを求め」教義と聖約25:10ます。それから,ベニヤミン王の民がしたように,主の御言葉を聞くために家族を集めるのです。モーサヤ2:5参照

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約45:32

しかし、わたしの弟子たちは聖なる場所に立ち、動かされない。しかし、悪人の中では、人々が声を上げ、神をのろって死ぬであろう。

 

「愛の腕の中に抱かれて」2002年10月、ニ一ル・A・マックスウェル、十二使徒定員会

兄弟姉妹の皆さん,混乱の時代に生きるわたしたちも,聖なる場所に立って動かされないことが可能です教義と聖約45:3287:8参照)。暴力の時代にあっても,人知で、はとうてい計り知ることのできない内なる平安を手に入れることができます(ピリピ4:7参照)。理解を超えることが起きたとしても,ニーファイのように,神がわたしたちを愛しておられることが分かりますし,神の愛というこの至福の根本的な事実さえ確信していれば,多くの困難を乗り切ることができます1ニーファイ11:17参照)

 

どうしたら,神がわたしたちを心にかけ,愛しておられることが分かるのでしょうか。神は聖文を通して語りかけられます。また,生活の中で受けている祝福と恵みを誠実な心で数え上げることも助けになります。そして何よりも,神は御霊の静かな細い声を通してその愛を伝えられるのですアルマ34:38教義と聖約78:17-19参照)

 

弟子であるために必要な「大きな変化」は,ローラーコースターのように思えるかもしれません。啓示によって高められ,その結果得た展望によって低くへりくだるという繰り返しだからです。次のように叫んで「地に倒れた」モーセも同じでした。「人は取るに足りないものであることが分かった。このことは,思ってもみないことだった。」モーセ1:9-10しかしその後に彼が主から受けたのが,次の重大な真理でした。「見よ,人の不死不滅と永遠の命をもたらすこと,これがわたしの業であり,わたしの栄光である。」モーセ1:39

 

「大きな」変化を遂げることは並たいていのことではありません。生まれながらの人が持つ衝動に絶えず影響され,じゃまされるからです。この世の雑事に煩わされ,自分の可能性をつぶしていることがあまりにも多いので,わたしたちを飛躍させてくれるような啓示を受けても,準備ができていることはまれです。しかし,考えてみてください。わたしたちの霊の部分は実際に永遠の存在です。そして,わたしたちは初めに神とともにいたのです教義と聖約93:29,33参照)

 

もちろん,このすべてを直ちに,完全に理解することはできません。今すぐ,すべての意味を理解することが無理なことも,当然です。しかし,神がわたしたち一人一人を御存じで愛しておられることを知るのは,今すぐできます。

 

それでは兄弟姉妹,神をもっと知り,愛することを妨げているものは何なのでしょうか。それは,すべての罪を捨てようとせず,とりあえずわずかな悔い改めだけで十分だと考えることです。同様に,神の御心に自分の意志をのみ込ませる,つまり完全に従わせようとせず,神の御心を認めるだけで十分だと考えることですモーサヤ15;7参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)