「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -85ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約46:8-9,26

それゆえ、欺かれないように気をつけなさい。そして、欺かれないために熱心に最善の賜物を求め、それらが何のために与えられているのかを常に覚えておきなさい。

まことに、わたしはあなたがたに言う。それらは、わたしを愛してわたしのすべての戒めを守る者たちと、そうしようと努める者たちのために与えられる。それは、わたしを求める者たちや、わたしに願い求める者たち、願い求めるけれども自分の欲のために使うようにしるしを求めるのではない者たちのすべてが、益を得られるようにするためである。

これらすべての賜物は、神の子たちを益するために神から来る。

 

「御霊の促し」2023年10月、ゲーリー・E・スティーブンソン、十二使徒定員会

福音のレンズを通して見ると,神は御自分の子供たちに多くの霊的な賜物を授けて,彼らを霊的に才能のある者としておられます。聖約を守っている教会員は,御霊の賜物を授けられます。それには,救い主イエス・キリストについて証する賜物,聖霊の賜物,癒す,そして癒される信仰の賜物,識別の賜物,奇跡を受ける賜物,知恵と知識の賜物が含まれます。教義と聖約46:13-25参照)主は,最善の賜物,実に霊的な賜物を熱心に求めるようわたしたちを招いておられます。神はわたしたちを祝福するため,またわたしたちがそれを用いて人々を祝福するために,霊的賜物を授けてくださいます。教義と聖約 46:8-9, 26; 「わたしの福音を宣べ伝えなさい」(2023),103参照)

 

才能あるパフォーマーの話に戻りますが,賜物だけでは卓越した人になれないということを覚えておくことが重要です。並外れた天性の才能があるとしても,パフォーマーが技能を磨き上げて最高レベルに達するのは,忍耐して熱心に練習し,努力することによるのです。贈り物でも,受け取って包装を解くと,「組み立てが必要です」という,不安を与える言葉がしばしば添えられています。

 

同様に,わたしは霊的な賜物に関する学習曲線を目にしてきました。霊的な賜物を用いるのには,霊的な鍛錬が必要です。「生活の中で聖霊の導きを受けるには,霊的な働きが必要です。この働きには,熱烈な祈りと着実な聖文研究が含まれます。また,聖約と神の戒めを守ることも含まれます。……毎週ふさわしい状態で聖餐を受けることが含まれます。」( 「わたしの福音を宣べ伝えなさい」,101第4章:御霊を求め,御霊に頼る

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約46:8

それゆえ、欺かれないように気をつけなさい。そして、欺かれないために熱心に最善の賜物を求め、それらが何のために与えられているのかを常に覚えておきなさい。

 

「個人の啓示―預言者たちの教えと模範」2007年10月、ロバート・D・ヘイルズ長老

一般に,紅海を分けたり,死者を生き返らせたり,牢ろうの壁を崩したり,天の使者が現れたりする奇跡は,神の力を物理的に示すものではありません。ほとんどの奇跡は本来,神の力が霊的に現れたものです。つまり奇跡とは,印象を受けたり,考えが浮かんだり,確信が持てるようになったり,問題の糸口が見つかったり,困難に立ち向かう力が得られたり,失望や悲しみに耐えられるよう慰めが与えられたりすることを通して,主の深い憐れみが穏やかに与えられることなのです。

 

こうした奇跡は,聖文の中で「信仰の試し」エテル12:6と呼ばれているものをわたしたちが堪え忍んでいるときに起こります。その試しが,答えを受けるまでにかかる時間であることもあります。デビッド・O・マッケイ大管長は若いころ,牛の世話をしながら,証を祈り求めました。しかし,証が得られたのは,それから何年もたったスコットランドでの伝道中のことでした。マッケイ大管長はこう述べています。「それは,わたしがまだ若く疑い深かったころ,一人ひそかに,丘や牧草地で熱心にささげた祈りに対する答えでした。この経験を通して,心からの祈りは『いつか,どこかで』こたえられるという確信を得ました。」(フランシス・M・ギボンズ,David O.McKay : Apostle to the World,Prophet of God(1986年),50で引用)

 

「今はその時ではない……辛抱強く待ちなさい」という答えもあるのです。

 

主がわたしたち一人一人に与えてくださる御言葉は必ず成就することを証します。それは,丘や牧草地,森や自分の部屋かもしれません。今すぐにかもしれませんし来るべき永遠の世でかもしれません。「求めよ,そうすれば,与えられるであろう。捜せ,そうすれば,見いだすであろう。門をたたけ,そうすれば,あけてもらえるであろう。」マタイ7:7ルカ11:93ニーファイ14:7わたしたちはしるしを求めてはならないと戒められていますが,「熱心に最善の賜物を求め……なさい」と命じられています。教義と聖約46:8この賜物には,聖霊と個人の啓示も含まれます。その啓示は「教えに教え,訓戒に訓戒を加えて」与えられ,主が言われたように「〔主を〕受け入れる者にさらに多く与え」られるのです。2ニーファイ28:30

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約46:7

しかし、あなたがたはすべてのことについて、惜しみなく与える神に願い求めるように命じられている。また、あなたがたがまったく聖い心をもって、わたしの前をまっすぐに歩み、あなたがたの救いの結末について考え、祈りと感謝をもってすべてのことを行いながら、御霊があなたがたに証する事柄を行うようにと、わたしは望んでいる。それは、あなたがたが邪悪な霊、あるいは悪霊の教義、または人間の戒めに打ち負かされないためである。あるものは人間から出ており、またほかのものは悪霊から出ているからである。

 

「個人の啓示の枠組み」2022年10月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会

聖霊を通して個人の啓示が与えられるという約束は,空を飛ぶ飛行機によく似て,畏敬の念を引き起こします。そして飛行機のパイロットのように,わたしたちは,聖霊が個人の啓示を与えるために働かれる枠組みを理解する必要があります。わたしたちがその枠組みの中で働くとき,聖霊は驚くべき洞察や導き,慰めを解き放つことがおできになるのです。どんなにすぐれた才能がある人でも,その枠組みの外では,欺かれ,砕けて,焼けてしまいます。

 

聖文は,個人の啓示を受けるための枠組みの第一の要素です。2 ニーファイ32:3参照)聖文にあるように,キリストの言葉を味わうことにより個人の啓示を受けやすくなります。ロバート・D・ヘイルズ長老はこう語っています。「神に話しかけたいときには,祈り,神から話しかけてもらいたいときには,聖文を読むことができます。」(ロバート・D・ヘイルズ「聖文―救いを得させる神の力」2006年10月)

 

聖文はまた,個人の啓示を受ける方法を教えています。 そしてわたしたちは正しく,善いことを求め3ニーファイ18:20モロナイ7:26教義と聖約88:64-65参照),神の御心に反することは求めませんヒラマン10:5教義と聖約46:30参照)。わたしたちは自分自身の思いを達成する,あるいは自分自身の楽しみを満たすなど,不適切な動機から「悪い求め方」をしたりしません。ヤコブの手紙4:3。新しい国際版のヤコブの手紙4:3;2ニーファイ4:35教義と聖約8:1046:788:64-65も参照。)何にもまして,わたしたちは受けると信じて3ニーファイ18:20モロナイ7:26参照),イエス・キリストの御名によって天の御父に願い求めるのです。教義と聖約88:64-65;『聖句ガイド』「祈り」の項)

 

※聖文は,聖霊の声が大きな声や騒々しい声でなく,ささやくような穏やかで静かな声であると教えています。それは簡潔で,静かで,分かりやすい声です。心を貫き,内に燃やすことができます。心と思いの両方に影響を与え,恐れや不安や心配でなく,平安と喜びと希望をもたらします。悪ではなく,善を行うように勧め,不可解でなく,人を教え導く心地よいものです。列王上 19:11-12オムナイ1:25アルマ32:28ヒラマン 5:30-333ニーファイ11:3モロナイ7:16-17教義と聖約6:22-248:2-39:8-911:12-1485:6;ボイド・K・パッカー「主のともしび」『聖徒の道』 1988年12月号,32-37;ラッセル・M・ネルソン「彼に聞きなさい」2020年4月; ラッセル・M・ネルソン「信仰をもって将来を待ち望む」,2020年10月;ラッセル・M・ネルソン「教会のための啓示,わたしたちの人生のための啓示」2018年4月。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)