「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

民数12:8

彼とは、わたしは口ずから語り、明らかに言って、なぞを使わない。彼はまた主の形を見るのである。なぜ、あなたがたはわたしのしもべモーセを恐れず非難するのか。

 

「もしあなたがたがわたしを愛するならば,わたしのいましめを守るべきである」2014年4月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

聖文には,自らの経験から従順の教訓を学んだ預言者の例がたくさんあります。

 

ジョセフ・スミスは,支援者であり友であり,筆記者であったマーティン・ハリスの圧力に屈したことによって招いた結果を学びました。マーティンの懇願に応えて,ジョセフは主に願い,モルモン書の最初の116枚の原稿をマーティンに貸し,彼が原稿を家族に見せる許可を求めました。しかし,主は断るようにジョセフに告げられました。マーティンは再度主に伺うようジョセフに頼み込みました。ジョセフが3度目に願い求めた後,主は特定の5人に限って原稿を見せることを許可されました。「非常に厳粛な誓いを立てて,マーティンはこのことに同意しました。彼は家に着き,自分に対して圧力がかけられると,自分が交わした厳粛な誓いを忘れて,他の人々が原稿を見ることを許してしまいました。その結果,策略によって彼の手から原稿が失われてしまいました。」(ジョセフ・フィールディング・スミス,Essentials in Church History(1922年),65。教義と聖約3章も参照) 結果として,ジョセフは主から叱責され,モルモン書の翻訳を続けることは許されませんでした。ジョセフは苦しみ,圧力に屈するという背きを悔い改めました。しばらくして,ジョセフは翻訳の業を再開することを許されました。ジョセフは従順について価値ある教訓を学び,それが残りの生涯益をもたらしたのでした。

 

預言者モーセの例も挙げられます。モーセが従順にエチオピア人を妻にめとったとき,ミリアムとアロンは彼を非難しました。しかし,主は二人を叱責して,「〔モーセ〕とは,わたしは口ずから語〔る〕」民数12:8と言われました。主はこの驚くべき出来事を用いて,この神権時代に教会員を教えておられます。1830年に,ハイラム・ページは教会のために啓示を受けたと主張しました。主は彼を正し,聖徒たちにこう教えておられます。「あなたは,わたしが〔ジョセフ〕に与えることにアロンのように従順で……なければならない。」教義と聖約28:3「彼はモーセのように戒めと啓示を受けるからである。」教義と聖約28:2

 

従順は祝福をもたらします。「すなわち,神から祝福を受けるときは,それが基づく律法に従うことによるのである。」教義と聖約130:2120節も参照)

 

従順は模範によって教えられます。わたしたちは自らの生き方によって子供に教えます。「若いうちに知恵を得なさい。まことに,神の戒めを守ることを若いうちに習慣としなさい。」アルマ37:35

 

従順は,わたしたちを次第に強い者にし,将来の試しと試練に忠実に耐えられるようにします。ゲツセマネでの従順によって,救い主はゴルゴタで従い,最後まで堪え忍ぶように備えられたのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

民数12:3

モーセはその人となり柔和なこと、地上のすべての人にまさっていた。

 

「柔和で心のへりくだった者」2018年4月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会

柔和は,それを得たいと望み,道徳的な選択の自由を義にかなって行使し,いつも罪の赦しを保てるように努めることを通してはぐくまれる特質です。モーサヤ4:12,26モロナイ8:25-26参照)また,わたしたちが求めることがふさわしい霊的な賜物でもあります。教義と聖約46:8参照)しかし,そのような祝福が何のために与えられているのか,すなわち,神の子たちを益し,彼らに仕えるために与えられているということを覚えておくべきです。教義と聖約46:8-9,26参照)

 

救い主のもとに来て主に従うとき,わたしたちは次第に少しずつ主のようになることができます。御霊によって,自制心を働かせ,落ち着いた穏やかな振る舞いをする力を授かります。このように,柔和さとは単にわたしたちの行うことではなく,主の弟子としてわたしたちがなる状態のことなのです。

 

モーセは「エジプト人のあらゆる学問を教え込まれ,言葉にもわざにも,力が」ありました。使徒7:22それにもかかわらず,モーセは「その人となり柔和なこと,地上のすべての人にまさって」いました。民数12:3その知識と能力のゆえに高慢になっても不思議ではありませんでした。しかしそうならずに,柔和という特質と霊的な賜物に恵まれて,人生において傲慢さは消えていき,モーセは神の目的を成し遂げるために使われる大いなる者となりました。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

民数11:29

モーセは彼に言った、「あなたは、わたしのためを思って、ねたみを起しているのか。主の民がみな預言者となり、主がその霊を彼らに与えられることは、願わしいことだ」。

 

「証という永遠の賜物」2025年10月、ケビン・G・ブラウン、七十人

わたしは美しいジャマイカで育ちました。楽しく、すばらしい経験でした。しかし、高校に入学したとき、クラスメートや友人の中には、イエス・キリスト教会の会員になるというわたしの選びを理解できなかった人もいました。「あの教会に加わるなんてどういうこと」と聞かれたり、最初の示現について、「どうしてあんな話を信じられるの」や、モルモン書について、「あんな本を読んでいるなんてありえない」とも言われたりしました。「ほんとうに全部信じているの?」「何で人生を無駄にしようとしているの」と聞かれたこともあります。

 

心が痛みました。自分が大切に思っている人たちから言われたときはなおさらです。

 

しかし彼らが知らなかったのは、わたしが聖霊を感じる経験をしていたことです。証がわたしの心を満たしていたので、日々の心の痛みは和らぎ、証が「ひとときみ座(くら)を〔わたしに〕示」してくれました。(「『賛美歌』77番)

 

恐らく皆さんも、こういった質問やほかの事柄を尋ねられたことがあるでしょう。かつてのわたしのように、今まさに質問攻めに遭っているかもしれません。

 

聖霊の賜物と証は、すべての人が得られるものです。民数11:29ヤコブの手紙1:5参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)