ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。
「わたしはあなたを見放すことも,見捨てることもしない。」2013年10月、トーマス・S・モンソン大管長
わたしたちが経験する困難は,まさしく忍耐力が試される機会です。わたしたち各人は,次の根本的な問いに答えなくてはなりません。諦めるのか,それともやり通すのか。困難を乗り越えることは自分にはできないと思って,諦めてしまう人もいます。やり通すには,人生のまさに最後まで堪え忍ぶことが必要です。
だれにでも起こり得る人生の出来事について考えると,昔ヨブが言ったように,「人〔は〕 生れて悩みを受ける」のだと言うことができます(ヨブ5:7)。ヨブは「全く,かつ正し〔い〕 」人で,「神を恐れ,悪に遠ざか」っていました(ヨブ1:1) 。信心深く,裕福であったヨブは,どのような人にも耐えられないような試練に遭います。財産を奪われ,友からあざけられ,苦痛を味わい,家族を失って心が粉々になったヨブは,「神をのろって死になさい」と言われます(ヨブ2:9) 。しかしこの誘惑を退け,ヨブは気高い心の奥底からこう宣言します。
「見よ,今でもわたしの証人は天にある。わたしのために保証してくれる者は高い所にある。」(ヨブ16:19)
「わたしは知る,わたしをあがなう者は生きておられる。」(ヨブ19:25)
ヨブは忠実であり続けました。わたしたちも困難に遭遇したとき,そのようにするでしょうか。
人生の苦難に押しつぶされそうなときには,ほかの人も同様の経験をし,それに耐え,乗り越えてきたことを思い起こしてください。
この時満ちる神権時代における教会歴史は,苦闘しながらも,揺らぐことなく,元気を出した人々の経験で満ちています。どうしてそのようなことができたのでしょうか。イエス・キリストの福音を生活の中心としていたからです。この姿勢は人生でどんなことに遭っても堪え忍ぶ力となります。厳しい試練がなくなるということはありませんが,わたしたちはそのような試練と向き合い,勇敢に取り組み,打ち勝つことができるのです。
「わたしはあなたを見放すことも,見捨てることもしない」(ヨシュア1:5)という主の約束と保証によって,わたしたちは,苦しみの床から起き上がり,涙でぬらした枕から顔を上げ,天へと心を向けるのです。そのような慰めは,かけがえのないものです。
