「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -7ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

歴代下20:12

われわれの神よ、あなたは彼らをさばかれないのですか。われわれはこのように攻めて来る大軍に当る力がなく、またいかになすべきかを知りません。ただ、あなたを仰ぎ望むのみです」。

 

「預言者の声に聞き従う」(英文)1995年4月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

生ける神の預言者の安心を与える確固とした声は、いつの世にも何ものにも増して必要とされてきました。預言者は神のみこころを語り、霊的に安全で平安と幸福に続く道を示してくれるからです。

 

愛に満ちた天父は、アダムの時代から世に預言者を遣わしてこられました。いにしえの預言者たちは、預言者の声に耳を傾けることの大切さをよく教えました。一例として、歴代志下第20章のヨシャパテの話が挙げられます。いくつもの強大な軍隊がヨシャパテ王の国を奪おうとして攻めて来ていました。当然のことながら彼は非常な恐怖を覚えました。そこで全国に断食をするよう宣言し、ユダの民を集めて、主の助けを求めました。ヨシャパテはへりくだり、熱心に祈りました。「われわれの神よ、……われわれはこのように攻めて来る大軍に当たる力がなく、またいかになすべきかを知りません。ただ、あなたを仰ぎ望むのみです。」歴代下20:12

 

すると主の答えが預言者ヤハジエルを通して与えられました。「ユダの人々、エルサレムの住民、およびヨシャパテ王よ、聞きなさい。主はあなたがたにこう仰せられる。『この大軍のために恐れてはならない。おののいてはならない。これはあなたがたの戦いではなく、主の戦いだからである。恐れてはならない。おののいてはならない。……主はあなたがたと共におられるからである。』」歴代下20:15、17

 

ヨシャパテとエルサレムのすべての民は、主のみ前に感謝の祈りをささげました。この時ヨシャパテは、今日の私たちにも当てはまる大切な勧告をしました。事実、当時のユダの民と同様、私たちが幸福、ひいては永遠の生命を得られるかどうかも、この勧告に従うか否かにかかっているのです。「あなたがたの神、主を信じなさい。そうすればあなたがたは堅く立つことができる。主の預言者を信じなさい。そうすればあなたがたは成功するでしょう。」歴代下20:20

 

約束どおり、主は正しいユダの民を守られました。ヨシャパテの軍勢が見ているうちに、彼らと戦おうと攻めて来たはずの大軍は、敵軍どうしで激しく戦い、ついにはユダの民の所にたどり着く前に完全に自滅してしまったのです。皆さん、私たちも預言者の声に耳を傾け、従おうではありませんか。生ける預言者に従う人には、平安がもたらされるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

歴代下18:7

イスラエルの王はヨシャパテに言った、「ほかになおひとりいます。われわれはこの人によって主に問うことができますが、彼はわたしについて良い事を預言したことがなく、常に悪いことだけを預言するので、わたしは彼を憎みます。その者はイムラの子ミカヤです」。ヨシャパテは言った、「王よ、そうは言わないでください」。

 

「弟子として歩むことに伴う犠牲と祝福」2014年4月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会

残念なことに,神から戒めを託された使者が人々から歓迎されないのは今も昔も変わりません。少なくとも,口から出た物を浴びせられ,マッシュポテトを投げつけられた二人の宣教師が主張するとおりです。「憎む」とは悪い言葉ですが,今日でも,腐敗したアハブ人のように「彼はわたしについて良い事を預言したことがなく,常に悪いことだけを預言するので,わたしは〔預言者ミカヤを〕憎〔む〕」歴代下18:7と言う人たちがいます。アビナダイは預言者として正直に語ったために,同じような理由で憎まれ,殺されました。ノア王にこう言ったからです。「わたしが真実を告げたので,あなたがたはわたしに対して怒っている。また,神の御言葉を告げたので,あなたがたはわたしを気が狂っていると言って裁いた。」モーサヤ13:4または,偏狭で支配的で凝り固まっていて思いやりがなく,心が狭く,時代遅れで年寄り臭いと言って裁いた,と付け加えてもよいかもしれません。

 

これは,主御自身が預言者イザヤに向けて嘆かれた事柄です。

 

「彼らは……主の教を聞こうとしない子らだ。

彼らは先見者に向かって『見るな』と言い,預言者に向かっては,『正しい事をわれわれに預言するな。耳に聞きよいことを語れ,迷わしごとを預言せよ。

大路を去り,小路をはなれ,イスラエルの聖者について語り聞かすな』と言う。イザヤ30:9-11

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

列王記下22:2

ヨシヤは主の目にかなう事を行い、先祖ダビデの道に歩んで右にも左にも曲らなかった。

 

「狭くて細い道」(英文)1990年10月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会

ヨシヤは正しい統治をしたユダの王でした。彼はわずか8歳の時に父の後を継いで王になりました。聖書には、彼が幼い子供であったにもかかわらず、「主の目にかなう事を行い、……右にも左にも曲らなかった」とあります列王下22:2

 

主は預言者ジョセフ・スミスにこう啓示されました。

 

「神は曲れる道を歩まず、また右手にも左手にも曲らず、また宣べし事と違うところなし。故に、神の道は直くしてそのふむ道は永遠にかわらぬ一すじなり。」教義と聖約3:2

 

これらの救い主の教えは率直で明確ですが、それでも私たちは道をそれるという危険を犯します。

 

中には、自分に都合のいいときだけ主や生ける預言者の教えに従い、犠牲やより大きな決心が必要なときは拒んでしまう人がいます。またある人は、自分の考えと合わないというだけで神の教えに従いません。

 

私たちは、安全な範囲を越える誘惑に身を任せると道をそれてしまいます。サタンは私たちの弱さを知っています。私たちが一番弱っているときに、道にわなをしかけるのです。

 

サタンの目的は、天の御父のみもとへ帰る道から私たちをそらすことです。罪は何気なしに行ったことや、程度さえわきまえれば何も問題のない事柄から始まります。度が過ぎれば、私たちは狭くて細い道からそれ、破滅へと向かっていくのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)