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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

サムエル上2:3

あなたがたは重ねて高慢に語ってはならない、

たかぶりの言葉を口にすることをやめよ。

主はすべてを知る神であって、

もろもろのおこないは主によって量られる。

 

「自らを自制という徳で飾る」2025年10月、ウリセス・ソアレス、十二使徒定員会

自制という徳を培う必要性について思い巡らすと、預言者サムエルの母ハンナの言葉を思い出します。ハンナは並外れた信仰の持ち主で、大きな試練の後でさえ、主に感謝の歌をささげています。「あなたがたは重ねて高慢に語ってはならない、たかぶりの言葉を口にすることをやめよ。主はすべてを知る神であって、もろもろのおこないは主によって量られる。」サムエル上2:3ハンナの歌は単なる祈りでなく、謙遜さや自制心、節度をもって行動するようにという自分への促しでした。ハンナは、真の霊的な強さとは、衝動的な反応や傲慢な言葉ではなく、主の知恵に沿った節度ある思慮深い態度に現れることを思い起こさせてくれます。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

サムエル上1:24-28

乳離れした時、三歳の雄牛一頭、麦粉一エパ、ぶどう酒のはいった皮袋一つを取り、その子を連れて、シロにある主の宮に行った。その子はなお幼かった。

そして彼らはその牛を殺し、子供をエリのもとへ連れて行った。

ハンナは言った、「わが君よ、あなたは生きておられます。わたしは、かつてここに立って、あなたの前で、主に祈った女です。

この子を与えてくださいと、わたしは祈りましたが、主はわたしの求めた願いを聞きとどけられました。

それゆえ、わたしもこの子を主にささげます。この子は一生のあいだ主にささげたものです」。

そして彼らはそこで主を礼拝した。

 

「若い男性への勧め」2009年4月、ボイド・K・パッカー、十二使徒定員会

若者が奉仕した記述は聖文の中にたくさんあります。サムエルはエリとともに神殿で仕えました。サムエル上1:24-28参照)ダビデがゴリアテと戦ったのは,青少年のときでした。サムエル上17章参照)モルモンが奉仕の業を始めたのは10歳のときでした。モルモン書1:2参照)ジョセフ・スミスは14歳のときに最初の示現を受けました。ジョセフ・スミス―歴史1:7参照)そして,イエスが神殿で賢者たちに教えを説かれているところを見つけられたのは12歳のときでした。ルカ2:41-52参照)

 

パウロは若者テモテにこう言っています。「あなたは,年が若いために人に軽んじられてはならない。」1テモテ4:12

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルツ2:7

彼女は『どうぞ、わたしに、刈る人たちのあとについて、束のあいだで、落ち穂を拾い集めさせてください』と言いました。そして彼女は朝早くきて、今まで働いて、少しのあいだも休みませんでした」。

 

「主の道にかないて」(英文)1986年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

時と所により理由は異なりますが、貧しい人、困っている人は、ほとんどいつの時代にもいました。理由にかかわりなく、私たちの天父は彼らに関心を持っておられます。皆、天父の子供であり、天父は彼らを愛し、心にかけておられます。

 

旧約聖書には数々の教訓が収められていますが、主が預言者を遣わしてイスラエルを背教から呼び戻そうとされたときには、ほとんど例外なく、貧しい者を放っておいたことを責められています。

 

聖典の教えでは、貧しい者、特に寡婦、孤児、旅人は、長いこと神および信心深い人々の関心の対象になってきました。貧しい者は律法により特に守られてきました。旧約聖書の教えでは、収穫のときには、貧しい者は落ち穂を拾うことを許されていました。ルツ2:7レビ19:1023:22果実の収穫のときには、枝に残ったものは貧しい人々のものでした。7年ごとの安息の年や、50年目のヨベルの年には、植えたり耕したりすることなく自然に生えるものは、飢えた人々のものでした。

 

貧しい者を世話する者には祝福が約束されていました。主はそのような人を悩みの日に救い出されると言われました詩篇41:1参照)。箴言には次のように真理が教えられています。「貧しい人をあわれむ者はさいわいである。」箴言14:21「正しい人は貧しい者の訴えを顧みる。」箴言29:7

 

救い主が地上で導きと教えを施しておられたとき、いつも貧しい者に関心を寄せるということを再び強調されました。主が金持ちの青年に答えられた言葉を思い出してください。「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい。」マタイ19:21ルカ18:22も参照)

 

珠玉のようなたとえ話の一つで、主はこの教えを説明されました。それは空腹のときに食べさせ、渇いていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸した人の話です。主はこれらのことをご自身になされたこととみなされ、このように教えられました。「あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである。」マタイ25:40そして、これらの者を世話しなかった人に主はこのように勧告されました。「あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである。」マタイ25:45

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)