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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

詩篇116:15

主の聖徒の死はそのみ前において尊い。

 

「永遠のための決断」2013年10月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

年を取ることも神からの賜物であり,死もまた同様です。あなたの死すべき体がやがて死を迎えることは,神の偉大な幸福の計画に不可欠です。 (アルマ42:8参照)どうしてでしょうか。死によって霊は神のもとに帰ることができるからです。 (詩篇作者はこう記しています。「主の聖徒の死はそのみ前において尊い。」(詩篇116:15 )死は貴いものです。聖徒にとってそれは主のもとに「帰る」ことだからです。)永遠の観点から見ると,神にお会いする用意をしていない人々にとって,死の訪れは早すぎるように思われます。

 

体がこのように神の永遠の計画にとってきわめて重要であることを思うと,使徒パウロがそれを「神の宮」と述べたのも驚くには当たりません。(1コリント3:16 。 6:19 も参照) 鏡で見る度に,あなたの体は宮であることを思い起こしてください。この真理を毎日感謝の気持ちで思い起こすなら,どのように体に気をつけ,どのように体を使うかについて決断するうえで良い影響がもたらされます。そして,その決断があなたの行く末を決めるのです。どうしてでしょうか。あなたの体はあなたの霊の宮だからです。そして,体の使い方が霊に影響を及ぼします。あなたの永遠の行く末を決める決断には,次のような事柄が含まれます。

 

・どのように体に気をつけ,どのように体を使うか。

・どのような霊的な特質を伸ばすか。

 

 

 

Salt Lake Temple

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

詩篇116:12

わたしに賜わったもろもろの恵みについて、

どうして主に報いることができようか。

 

「おお,わたしたちの神の計画の何と偉大なことよ」2016年10月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会

わたしは最近,北アイルランドのベルファストを訪れる機会がありました。滞在中,ベルファストの紋章に次のような意味のモットーが記されていることに気づきました。「多大なる恵みに一体何が返せようか(“Pro tanto quid retribuamus”)。」(詩篇116:12参照)

 

この質問について考えてみましょう。神がわたしたちに与えてくださったあふれんばかりの光と知識に対して,わたしたちは一体何を神に返せばよいでしょうか。

 

愛する御父はわたしたちに,御自身が与えてくださった真理に従って生活し,御自身が示してくださった道に従って歩むように言われるだけです。ですから,勇気を奮い,御霊の導きに信頼を寄せましょう。言葉と行いで,神の幸福の計画に込められた,すばらしく驚くべきメッセージを同胞と分かち合いましょう。神と神の子供たちへの愛が,その動機となりますように。すべての人がわたしたちの兄弟姉妹なのですから。これこそ大いなる恵みに対してわたしたちにできる最初のことです。

 

いつの日か「すべてのひざがかがみ、すべての舌が……告白します。」神の道は正しく,神の計画は完全であると。皆さん,その日を今日としようではありませんか。いにしえのヤコブとともにこう宣言しましょう。「おお,わたしたちの神の計画の何と偉大なことよ。」(2 ニーファイ9:13。8-12,14-20節も参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

詩篇106:48

イスラエルの神、主は

とこしえからとこしえまでほむべきかな。

すべての民は「アァメン」ととなえよ。

主をほめたたえよ。

 

「主の祈りから得られる教訓」2009年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

主は祈りの最後に,神の偉大な力と栄光を認め,「アーメン」と締めくくっておられます。わたしたちの祈りも,最後に「アーメン」と言います。様々な言語によって発音は異なりますが,意味は同じです。「心から」とか「ほんとうに」という意味です。(ヘブライ語とギリシャ語では,アーメンは,「心から」「確かに」「ほんとうに」「そのとおり」という意味である。)「アーメン」を付け加えることで,説教や祈りを厳粛に明言するのです。(黙示22:20-21参照。アーメンという言葉は,相手の言葉への合意をはっきりと認めるためにも使われた(列王上1:36参照))同意する人は,ほかの人に聞こえるように「アーメン」と言い添えます。(1コリント14:16参照)そうすることで,「わたしもそのことを厳粛に宣言します」と表明するのです。(詩篇106:48;黙示5:13-14;19:4;教義と聖約88:135参照)

 

主は祈られる前に,まず「無益に繰り返す」(マタイ6:7;3 ニーファイ13:7)ことを避けるように,そして「このような方法で」(マタイ6:9;3 ニーファイ13:9参照)祈るようにと弟子たちに言われました。ですから,主の祈りは従うべき規範ですが,暗記し,繰り返し暗唱する祈りではありません。主がただ望んでおられることは,わたしたちが絶えず悪に抵抗し,義にかなった生活を送るよう努めながら,神の助けを祈り求めることです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)