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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

サムエル上10:6

その時、主の霊があなたの上にもはげしく下って、あなたは彼らと一緒に預言し、変って新しい人となるでしょう。

 

「見守り強める」2000年4月、ヘンリー・B・アイリング、十二使徒定員会

その後、救い主はわたしたちのために個人の清さの標準を次のように定められました。「わたしたちに負債のある者を皆ゆるしますから、わたしたちの罪をもおゆるしください。わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。」(欽定訳ルカ11:4より和訳)わたしたちが見守る人々に与えなければならない強さは、救い主から与えられます。わたしたちも彼らも、救い主から赦しを得るためには赦さなければなりません(マタイ6:14参照)。わたしたちも彼らも、救い主の守りと、救い主の贖罪によってもたらされる心の変化によって、清さを保つことを望むことができます。常に聖霊を伴侶とするには、この変化が不可欠です。このような賜物は、わたしたちにとって、またわたしたちが奉仕する相手にとって、あまりにも気高く、またあまりにも縁遠いように思われるかもしれません。しかし、主の預言者サムエルは、一人の若者サウルを召し、任命しました。その日、サムエルはサウルに約束しました。「主の霊があなたの上にもはげしく下って、あなたは彼らと一緒に預言し、変って新しい人となるでしょう。」(サムエル上10:6)

 

その約束は、多くの歳月を経ずに、それどころか何日もたたないうちに成就しました。サムエル記上第10章の記録に耳を傾けてみましょう。

 

「サウルが背をかえしてサムエルを離れたとき、神は彼に新しい心を与えられた。これらのしるしは皆その日に起った。

 

彼らはギベアにきた時、預言者の一群に出会った。そして神の霊が、はげしくサウルの上に下り、彼は彼らのうちにいて預言した。」(サムエル上10:9-10)皆さんは主の奉仕の業にあって自信を得ることができます。救い主は皆さんが召された務めを果たすのを助けてくださいます。教会での奉仕者としての一時的な務めでも、あるいは親としての永遠の務めでもです。皆さんはその務めを果たすうえでの助けを祈り求め、それが得られるのを知ることができます。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

サムエル上9:2

キシにはサウルという名の子があった。若くて麗しく、イスラエルの人々のうちに彼よりも麗しい人はなく、民のだれよりも肩から上、背が高かった。

 

「わずかな誤差」2008年4月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会

イスラエルの王サウルの物語はその良い例です。サウルの人生は偉大な約束とともに始まりましたが,結末は不幸で悲劇的でした。聖典には初め,サウルは「若くて麗しく,イスラエルの人々のうちに彼よりも麗しい人はな〔かった〕」と記されています。サムエル上9:2サウルは神から直接選ばれて王となりました。サムエル上9:17参照)多くの長所を兼ね備えていました。体つきも見事で,名のある家柄の出身でした。サムエル上9:1参照)

 

もちろんサウルにも弱点はありましたが,主はサウルを祝福し,支え,栄えさせると約束されました。聖典には,神は常にサウルと一緒におられ,サムエル上10:7参照)サウルに別の心を与え,(サムエル上10:9参照)サウルを新しい人に変えると約束されたと書かれています。サムエル上10:6参照)

 

主の助けがある間,サウルは卓越した王でした。イスラエルを統一し,イスラエルを侵略していたアンモン人びとを打ち負かしました。サムエル上11:11参照)その後すぐ,サウルはさらに大きな敵に直面します。ペリシテ人びとです。ペリシテ人びとには戦車と騎兵から成る恐ろしい軍隊がありました。さらに「民は浜べの砂のように」多くいました。サムエル上13:5イスラエル人びとはペリシテ人びとを非常に恐れ,「ほら穴に,縦穴に,岩に……身を隠し」ました。サムエル上13:6

 

若い王には助けが必要でした。預言者サムエルは,自分がサウルのもとに行って燔はん祭さいをささげ,主に助言を求めるまで待つようサウルに伝言しました。サウルは7日間待ちましたが,サムエルは到着しません。しびれを切らしたサウルは民を集め,神権の権能を授かっていないにもかかわらず,自分で燔祭をささげてしまいました。

 

サムエルは到着すると,心底落胆してこう言いました。「あなたは愚かなことをした。」新しい王サウルがもう少し忍耐し,主の道を離れず,啓示された神権の秩序に従ってさえいたら,主はサウルの王国を永遠に確立されたことでしょう。サムエルはこう言いました。「しかし今は,あなたの王国は続かないであろう。」サムエル上13:13-14

 

その日,預言者サムエルはサウルの性格に重大な弱点があることをはっきりと知ったのです。外部の影響から圧力を受けたサウルには,道にとどまり,神と神の預言者を信頼し,神が確立された規範に従うだけの自制心がなかったのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

サムエル上8:19-20

ところが民はサムエルの声に聞き従うことを拒んで言った、「いいえ、われわれを治める王がなければならない。

われわれも他の国々のようになり、王がわれわれをさばき、われわれを率いて、われわれの戦いにたたかうのである」。

 

「自由という完全な律法」(英文)1991年10月、マリオン・G・ロムニー、大管長会

このようなことは、イスラエルの歴史の中で繰り返し起こっています。イスラエルの民は、神の定められたさばきづかさによる統治を拒み、王を与えよとサムエルに訴えました。サムエルは、国王を立てれば、イスラエルの子孫は捕虜となり、重税と夫役を負わされ、戦いに送り出されるだろうと警告しました。「ところが民はサムエルの声に聞き従うことを拒んで言った、『いいえ、われわれを治める王がなければならない。われわれも他の国々のようになり……』」サムエル上8:19-20

 

そこでサムエルはサウルの頭に油を注いで王にしました。そのうちに、サムエルが預言したように、イスラエルの民は重い負担に苦しみ、息子や娘は王の奴隷となり、戦争が始まりました。国はイスラエルとユダの二つの王国に分裂し、やがて両国の民はそれぞれ他国の捕虜になって連れ去られました。彼らは政治的な自由を失うどころか、国家として存続することすらもできなくなってしまったのです。

 

......

 

自由意志を誤って用いれば、政治的、経済的、個人的な自由が失われますが、自由意志それ自体は永遠の原則ですから、なくなることはありません。しかし、自由意志はその使い方によって、適用できる範囲が広がったり狭まったりします。間違った決心をすればその度に、自由意志を使える範囲は狭まります。しかも、そのような自由意志の使い方をすればするほど、失った自由を取り戻すのが難しくなるのです。そして、あるところまでくると、もはや元の状態には戻れなくなり、惨めな奴隷となるだけです。自由意志を使うことによって、次第に自分の行動範囲が狭まり、ついには自由意志のない身動きできない状態に追い込まれてしまうのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)