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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

創世39:12

彼女はヨセフの着物を捕えて、「わたしと寝なさい」と言った。ヨセフは着物を彼女の手に残して外にのがれ出た。

 

「聖書の物語と個人的な守り」(英文)1992年10月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会

若人にとって特に大切なもののひとつに、エジプトに売られたヨセフの物語があります。ヨセフは奴隷の身でありながら、その能力のゆえに主人に強い印象を与え、主人の家と畑の全財産の管理を任せられました創世39:4-6参照)。そして、その大任を受けていたヨセフにひとつの試しが与えられました。

 

主人の妻が、姦淫の罪の誘惑をしかけてきたのです。ヨセフは彼女の誘惑を拒み、主人の信頼を裏切ることはできない、また、そのような「大きな悪」創世39:9を行なって罪を犯し、さらに神の大きな期待を裏切ることはできないと言いました。ヨセフは彼女の誘惑を何度も拒みました。

 

そして、ある日、家にほかの者がだれもいない時、彼女はヨセフの着物をつかみました。聖句には、次のように真に迫った表現がなされています。「ヨセフは着物を彼女の手に残して外にのがれ出た」創世39:12

 

なんと力強い「義に導く」教えではないでしょうか。同じ教えが現代の啓示の中にも与えられています。「あなたがたは悪人の中から出なさい。あなたがた自身を救いなさい。主の器を担う者たちよ、清くありなさい。」教義と聖約38:42。これらの言葉は、私たちすべてにヨセフの模範に従うよう命じています。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

創世39:2

主がヨセフと共におられたので、彼は幸運な者となり、その主人エジプトびとの家におった。

 

「思いやり」2001年4月、トーマス・S・モンソン、大管長会

わたしはミュージカル「キャメロット」に思いをはせました。より良い世界、理想的な人と人とのつながりを夢見ていたアーサー王は、円卓会議の目的を心に描いてこのように言いました。「暴力が強さでもなければ、思いやりが弱さでもない。」

 

この言葉を感動的に描写する出来事が旧約聖書に見られます。ヨセフは父ヤコブから特別に愛されていたため、兄たちは反感と嫉妬を覚えていました。そしてヨセフを殺す企みが仕組まれました。その企みが実行され、ヨセフは深い穴に投げ込まれて、命をつなぐ食物も水も与えられませんでした。そこを通りかかった隊商を見た兄たちは、飢え死にさせるよりも売ってしまった方がよいと考えました。ヨセフは引き上げられ、銀20シケルで商人に売られました。ヨセフは最終的にエジプトのポテパルの家に引き取られました。ヨセフはそこで繁栄しました。「主がヨセフと共におられた」創世39:2からでした。

 

豊作の年が続いた後に、飢饉の年がやって来ました。この飢謹が続いた年のさなかに、ヨセフの兄たちは穀物を買うためにエジプトへやって来ました。彼らは好意的なエジプト人、実は自分たちの弟から多くの穀物を与えられました。ヨセフは以前に冷淡で無慈悲な仕打ちをした兄たちに対して仕返しをすることもできました。しかし彼は兄たちを親切にまた寛大に扱い、このような言葉と行いによって彼らの好意と支持を勝ち取ったのでした。

 

「しかしわたしをここに売ったのを嘆くことも、悔むこともいりません。神は命を救うために、あなたがたよりさきにわたしをつかわされたのです。… …

 

神は、あなたがたのすえを地に残すため、また大いなる救すくいをもってあなたがたの命を助けるために、わたしをあなたがたよりさきにつかわされたのです。」創世45:5、7ヨセフは思いやりという徳をすばらしい方法によって示したのでした。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ6:24

だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。

 

「一人でも気高く立ち」2011年10月、トーマス・S・モンソン大管長

皆さんの中に,こう考えている人がいるかもしれません。「すべての戒めに従ってもいないし,義務を全部果たしているわけでもないが,生活は順調だ。きっと祝福にもあずかれるだろう。」兄弟の皆さん,そのような生き方は長期的には通用しないことを断言します。

 

戒めに従わなくても祝福を受けられるだろうと以前は考えていた,という男性から数か月前に手紙を受け取りました。彼はすでに悔い改めて,福音の原則と戒めに従って生活しています。手紙の一部は無益な考え方をよく描いているので,皆さんに紹介しましょう。「わたしが(痛い思いをして)学んだのは,救い主の次の教えはまさに真実だということです。『だれも,ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し,あるいは,一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは,神と富とに兼ね仕えることはできない。』マタイ6:24わたしはこの二つを両立しようと,だれよりも努力しました。その結果,わたしが得たのは,空虚さと,暗闇と,孤独でした。これらは,サタンの偽りと,幻想と,うそを信じる人が刈り取るものなのです。」

 

間違った方向へ引き込むあらゆる力,間違った道を進むよう誘惑するあらゆる声に抵抗する強さを持つために,わたしたちは個人の証を持つ必要があります。12歳であれ,112歳であれ,あるいはその間の何歳であれ,皆さんはイエス・キリストの福音は真実であることを自分で知ることができます。モルモン書を読んでください。その教えについて深く考えてください。モルモン書が真実かどうか天の御父に尋ねてください。「もしキリストを信じながら,誠心誠意問うならば,神はこれが真実であることを,聖霊の力によってあなたがたに明らかにしてくださる」モロナイ10:4という約束を,わたしたちは受けています。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)