わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。
あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
「主のために」2018年10月、ジョイ・D・ジョーンズ、中央初等協会会長
皆さんは,困っている人を助けるために真摯に努力し,愛情を込めて手を差し伸べたにもかかわらず,その努力に気づいてもらえなかったり,感謝されなかったり,必要とさえされなかったと感じたことはありますか。そのとき,自分の奉仕の価値に疑問を抱きましたか。もしそうであれば,ベニヤミン王の次の言葉が皆さんの疑問や傷ついた心に取って代わりますように。「あなたがたの神のために務めるのである。」(モーサヤ2:17)
憤りを募らせる代わりに,わたしたちは奉仕を通して天の御父とより完成された関係を築くことができます。御父への愛と献身が,認められたい,感謝されたいという欲求に打ち勝ち,御父の愛がわたしたちへと流れ込み,そしてわたしたちを通して流れていくようになります。
時折,義務感や責任感から奉仕を始めることもあるでしょう。しかし,そうした奉仕でさえ,わたしたちの内にある,より貴いものを引き出し,「最もすぐれた方法」(1コリント12:31),すなわちネルソン大管長の招きにある,「人々を心にかけ,仕えるに当たって,より新しく,より神聖な方法」(ラッセル・M・ネルソン「ミニスタリング」2018年4月)で行えるようにしてくれます。
神がしてくださったすべてのことに焦点を当てるとき,感謝の念から奉仕するようになります。奉仕をする際,自分がどう思われるかを気にかけなくなるにつれ,わたしたちの奉仕の焦点が神を第一とするものになっていくことに気づくでしょう。(マタイ6:1-4,33参照)
M・ラッセル・バラード会長は次のように教えています。「心と精神と思いを尽くして,神とキリストを愛する場合のみ,親切な行いと奉仕を通して,その愛が隣人に伝わるのです。」(M・ラッセル・バラード「愛ある奉仕を通じて喜びを見いだす」2011年4月)
十戒の第一の戒めにもまた,この神の知恵が記されています。「わたしはあなたの神,主で……ある。あなたはわたしのほかに,なにものをも神としてはならない。」(出エジプト20:2-3)この戒めを第一としているのは,もし神を最優先にすれば,ほかのすべてのものは—人々への奉仕でさえも—最終的に然るべきところに落ち着くということを教えているのです。自らの選びにより,神を何よりも大切にするとき,神はわたしたちの行いを祝福し,自分やほかの人々の益とすることがおできになります。
主は「あらゆる思いの中でわたしを仰ぎ見なさい」(教義と聖約6:36)と勧めておられます。また,わたしたちは毎週そうする,つまり「いつも御子を覚え〔る〕」と聖約しています。(教義と聖約20:77,79)それはすべての行いに当てはまるのでしょうか。単純作業をしているときでさえも,神への愛と献身を示す機会にすることができるでしょうか。そうできるし,そうなると信じています。
