「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -365ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

使徒行伝1:11
言った、「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」。



「またこの地に預言者たちが」2006年10月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
最後に申し上げますが,教会の総大会は以下のことを全世界に宣言するものです。すなわち,イエスがキリストであること,イエスとその御父,わたしたち一人一人の神であり御父であられる御方が,少年預言者ジョセフ・スミスに御姿を現され,古代の約束が成就されたことです。成就された約束とは,復活されたナザレのイエスが御自身の教会をこの地上に回復され,再び「天に上って行かれるのを〔ユダヤの聖徒たちが見た〕のと同じ有様でまたおいでになる」ということです。使徒1:11この大会,そしてこの大会と主旨を同じくするほかのすべての大会は,イエスが御自身を低くされ,貧しくつつましい環境にお生まれになり,悲しみと拒絶,落胆と死に直面されたことにより,わたしたちが破滅から救われ,わたしたちの命が続くようになったこと,「その打たれた傷によって,われわれはいやされた」ということを宣言するものです。イザヤ53:5この大会は「そのいつくしみは絶えることがない」という愛にあふれるメシヤについての約束をあらゆる国民,部族,国語の民,民族に告げ知らせます。詩篇136:1参照)

道に迷い,希望を失っているすべての人々,あるいはあまりにも多くのあまりにも重大な罪を,あまりにも長い間犯してしまったと考えているすべての人々,人生という寒々とした平原に取り残され,道半ばにして手車を大破させてしまったと嘆いているすべての人々に向かって,この大会は幾度となく繰り返されてきたエホバの御言葉を声高らかに宣言しているのです。「わたしは,なお手を差し伸べている。」イザヤ5:259:17,21参照)「『わたし〔は〕日々腕を伸べている……。〔そしてたとえ彼らが〕わたしを拒〔んでも,〕彼らが悔い改めてわたしのもとに来るならば,わたしは彼らを憐(あわ)れもう。わたしは終日,腕を伸べているからである』と主なる神は言われる。」2ニーファイ28:32主の憐れみはいつまでも絶えることがありません。また,主の御手(みて)は今でも伸べられているのです。主の愛は純粋なキリストの愛,いつまでも絶えることのない慈愛,たとえほかのすべての力が消えうせてしまうときでさえ絶えることのない憐れみなのです。モロナイ7:46-47参照)

わたしはこのイエスが人に手を差し伸べ,救いをもたらす憐れみに満ちた御方であること,この教会が主の贖(あがな)いの愛を礎とする,主の贖いをもたらす教会であること,また,モルモン書の預言者も宣言したように,「主から遣わされた預言者たちが〔それを告げるために〕民の中にやって来〔たこと〕,……またこの地に預言者がやって来」たことを証します。エテル7:23;9:28わたしはゴードン・B・ヒンクレー大管長が,頭からつま先に至るまで,あらゆる点でそのような預言者であることを証します。わたしたちはヒンクレー大管長が健在であることとその言葉を大切に思っており,大管長のために心から祈ってきました。年に2回開催されるこの集会の結びの言葉を,大管長がこれから語ってくれます。総大会のこの時期,これらすべての祝福とその他のあふれる恵みに対し,心から感謝いたします。イエス・キリストの御名により,アーメン

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

使徒行伝1:8
ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう。


「わたしの証人」2001年4月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
復活されたイエスは地上での教導の業を終えるに当たり、使徒や彼らに従う人々に、最も重要な責務をお与えになりました。

「それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し〔なさい。〕」マタイ28:19

「あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう。」使徒1:8

常に親切で礼儀正しく振る舞うことを心に留めて、わたしたちは、「いつでも、……どのような所にいても」モーサヤ18:9 イエス・キリストの証人となり、キリストがわたしたちに加わるように招いてくださった偉大な大義を、それぞれが独自の方法で人々に宣言する責任があります。

皆さんは、すでに御自分が思っていらっしゃるよりもすばらしい宣教師であり、宣教師として今以上に成長する力を内に秘めています。この働きをこのまま専任宣教師に任せ、彼らに1日に12時間、熱心に働いてもらうことも可能ですが、わたしたちがこの働きから得られるすばらしい喜びにあずからない手はないのです。わたしたちにも、証を分かち合うすばらしい機会に浴する資格が与えられており、幸いにもそれはどの教会員にも用意されているのです。

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルカ23:34
そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。 


「たえず目をさまして祈っていなさい」2020年10月、M・ラッセル・バラード、十二使徒定員会
救い主は,祈りの対象に制限を設けないよう教えておられます。「敵を愛し,〔のろう者を祝福し,憎む者に親切にせよ。あなたをはずかしめ,〕迫害する者のために祈れ」。マタイ5:44参照)

イエスはわたしたちの罪のためにお亡くなりになったカルバリの十字架上で次のように祈り,御自分が教えられたことを実践されました。「父よ,彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか,わからずにいるのです。」ルカ23:34

敵とみなされる人のために真心から祈ることは,神がわたしたちの心と人の心を変えることがおできになるという確信を示します。そのような祈りは,自分自身の生活や家族,地域社会に必要な変化を,それがどのようなものであれ起こそうという決意を強めてくれます。

住んでいる場所や話す言語,直面している困難にかかわらず,神は御自身の方法で,御自身のときにあなたの祈りを聞き,こたえてくださいます。わたしたちは神の子供なので,神に近づき,助けと慰め,そして世界によい変化をもたらすという新たな望みを求めることができます。