「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -366ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルカ23:34
そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。 


「たえず目をさまして祈っていなさい」2020年10月、M・ラッセル・バラード、十二使徒定員会
救い主は,祈りの対象に制限を設けないよう教えておられます。「敵を愛し,〔のろう者を祝福し,憎む者に親切にせよ。あなたをはずかしめ,〕迫害する者のために祈れ」。マタイ5:44参照)

イエスはわたしたちの罪のためにお亡くなりになったカルバリの十字架上で次のように祈り,御自分が教えられたことを実践されました。「父よ,彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか,わからずにいるのです。」ルカ23:34

敵とみなされる人のために真心から祈ることは,神がわたしたちの心と人の心を変えることがおできになるという確信を示します。そのような祈りは,自分自身の生活や家族,地域社会に必要な変化を,それがどのようなものであれ起こそうという決意を強めてくれます。

住んでいる場所や話す言語,直面している困難にかかわらず,神は御自身の方法で,御自身のときにあなたの祈りを聞き,こたえてくださいます。わたしたちは神の子供なので,神に近づき,助けと慰め,そして世界によい変化をもたらすという新たな望みを求めることができます。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルカ23:34
そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。 


「試され,証明し,磨かれる」2020年10月、ヘンリー・B・アイリング、大管長会
試練のさなかにも聖約に忠実であると証明したときにもたらされる最大の祝福は,自分の性質が変化することです。わたしたちが聖約を守ることを選ぶとき,イエス・キリストの力と贖罪の祝福が効果を発揮できます。心が和らいで,人々を愛し,赦し,救い主のもとに来るよう勧められるようになります。主への信頼が増し,恐れは和らぎます。

艱難を通してそのような祝福が約束されていても,わたしたちは艱難を求めようとはしません。現世では,自らを証明し,救い主と天の御父に似た者となるために,一人一人が厳しい試しを乗り越える機会が十分に与えられます。

また,人の艱難に気づき,助けようとしなければなりません。自分自身も厳しい試しのさなかにあるときには,特に難しいことです。しかし,たとえ少しでもだれかの重荷を軽くするときに,わたしたちの背は強められ,暗闇の中に光を感じ取れるようになるのです。

主は,この点において手本であられます。ゴルゴタの十字架で,神の独り子でなければ死ぬほどの大きな苦痛をすでに味わっておられた主が,死刑執行者に目をやって御父にこう言われたのです。「彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか,わからずにいるのです。」ルカ23:34地上に生を受けるすべての人のために苦しみながら,主は十字架上からヨハネと悲しみにくれる御自身の母親に目をやり,試しのさなかにある母にお仕えになりました。

「イエスは,その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって,母にいわれた,『婦人よ,ごらんなさい。これはあなたの子です』。

それからこの弟子に言われた,『ごらんなさい。これはあなたの母です』。そのとき以来,この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。」ヨハネ19:26-27

その最も神聖な日の行いにより,主はわたしたち一人一人のために進んで命をささげて,現世では助けを,来るべき世では永遠の命を備えてくださったのです。

わたしは,厳しい試練の中で忠実さを証明して高みに昇り詰めた人々を見たことがあります。現在,各地の教会にそのような人が見られます。人は逆境に追い込まれますが,忠実な忍耐と努力により,さらに救い主と天の御父に似た者となるのです。

わたしは母からもう一つ教訓を学びました。母は子供のころ,ジフテリアで命を落としかけ,後に脊髄膜炎も患いました。母の父は若くして亡くなったので,母と兄弟で自分たちの母親の生活費を援助しました。

母は生涯を通じて,病気という試練から影響を受けていました。人生最後の10年間,母は何度も手術を受けなければなりませんでした。それでも,たとえ寝たきりになっても,常に母は忠実さを主に証明していました。母の寝室の壁にたった一つかかっていたのは,救い主の絵でした。母がわたしに最後にかけた言葉は,「ハル,風邪を引いたような声をしてるわね。体を大切にしないとね」でした。

母の葬儀の最後の話者は,スペンサー・W・キンボール長老でした。母の試練と忠実さについて話した後,長老はこんなことを言いました。「ミルドレッドが,これほどたくさん,長く苦しんだのはなぜかと思う人がいるかもしれません。その理由は,主が彼女をもう少し磨こうとなさったからです。」

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルカ23:34
そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。 


「信頼を取り戻す」2021年10月、ゲレット・W・ゴング、十二使徒定員会
J・ルーベン・クラーク・ジュニア管長は,こう語っています。「天の御父は子供たちを全員救いたいと思っておられるでしょう。わたしはそう信じています。……御自分の正義と憐れみをもって,わたしたちの行いには最大限の報いを,与えられるすべてを与えてくださり,その反対に,御自分が課すことのできる罰は最小限にして負わせられる,と信じています。」(J. Reuben Clark Jr., in Conference Report, Oct. 1953, 84.)

救い主が,十字架上で,御父に嘆願された憐れみ深い祈りでさえ,「父よ,彼らをおゆるしください」と無条件に求めるのではなく,「父よ,彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか,わからずにいるのです」ルカ23:34マタイ6:12も参照)というものでした。選択の自由にも意義があります。なぜなら,わたしたちは神と自らの前に,現在の自分の姿と,自らの知識と行動について報告する責任があるからです。ありがたいことに,わたしたちは,神が完全な正義と完全な憐れみをもって,わたしたちの思いと行いを裁いてくださることに信頼を置くことができます。

……

わたしたちの人生の旅は個人的なものではありますが,神とお互いと自分自身に対する信頼を通して,父なる神とその愛する御子のもとに,再び帰ることができます。教義と聖約84:20イエスは,こう招いておられます。「恐れることはない。ただ信じなさい。」マルコ5:36ルカ8:50も参照)預言者ジョセフがそうであったように,わたしたちも恐れず「麗しき朝よ」『賛美歌』18番参照)天の御父の助けに頼ることができますように。愛する兄弟姉妹,そして友人の皆さん,どうかもう一度,信仰と信頼を,主があなたに今日約束しておられる奇跡に,目を向けてください。イエス・キリストの聖なる御名により,アーメン