「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -336ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2コリント12:7
そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである。


「主は重荷を負っている人を癒される」2006年10月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会
救い主は御自分が癒そうと考える人はだれでも癒すことがおできになりますが,主の神権の権能を持つ人は,常にそうではありません。神権の権能をこの世で行使する場合,その権能の持ち主である主の御心に従う必要があります。その結果たとえ長老から祝福を受けたとしても「死に定められてい〔る〕」人は癒されないと教えられています教義と聖約42:48。同じように,使徒パウロは,「肉体に〔与えられた〕一つのとげ」から癒されたいと願いましたが,主はあえて癒されませんでした2コリント12:7。後日,パウロは,主が「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」と説明してくださったと書いています9節。パウロは,主の説明に従順に応じて,「キリストの力がわたしに宿るように,むしろ,喜んで自分の弱さを誇〔った。〕……なぜなら,わたしが弱い時にこそ,わたしは強いからである」と述べています9-10節

癒しの祝福は様々な形でもたらされます。わたしたちのことを最も深く愛しておられる御方が御存じのままに,それぞれの必要に合わせてもたらされるのです。ときに,「癒し」は病気を治し,重荷を軽くしてくれます。しかし,ときには,託された重荷に耐えられるだけの力や理解力,忍耐力が与えられることによって「癒される」こともあります。

 

 


今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2コリント10:12
わたしたちは、自己推薦をするような人々と自分を同列においたり比較したりはしない。彼らは仲間同志で互にはかり合ったり、互に比べ合ったりしているが、知恵のないしわざである。



「霊的な日食」2017年10月、ゲーリー・E・スティーブンソン、十二使徒定員会
とても小さな月が壮大な太陽を遮ってその光と温もりを消すことができるように,霊的な日食も起こり得ます。日々の生活の中で出会う,小さくてもやっかいな障害物を近くに引き寄せて,イエス・キリストの光と主の福音が持つ偉大さや輝き,温もりを遮るときに,それは起こります。

ニール・A・マックスウェル長老は,このたとえをさらに掘り下げています。「人の親指ほどの小さなものでさえ,目に近づけると,巨大な太陽が見えなくなります。しかし,太陽は依然としてそこにあります。太陽を見えなくするのは,その人自身なのです。何かを優先して近くに引き寄せすぎると,天が見えなくなってしまいます。」(Neal A. Maxwell, Of One Heart: The Glory of the City of Enoch (1975),19)

……

今朝オスカーソン姉妹が話してくれたように,人生における成功は,「いいね」の数や,ソーシャルメディアの「友達」やフォロワーの人数で決まるのではありません。人々と意味のある結びつきをもち,彼らに光を加えることこそが成功なのです。

比較することで気落ちするような,現実を理想化した画像を見たときに,わたしたちがもっと現実に根差し,ユーモアを見いだし,落胆することがないように願っています。

比較はこの時代特有の現象ではなく,過去の時代にも同じでした。使徒パウロは当時の民にこのように警告しました。「彼らは仲間同志で互にはかり合ったり,互に比べ合ったりしているが,知恵のないしわざである。」2コリント10:12

理想化されたバーチャルの自分を映し出すためではなく,自分自身を教え,鼓舞し,周りの人を高め,最善を尽くすよう励ますために,適切かつ霊感を受けた方法でテクノロジーを用いましょう。また,テクノロジーの義にかなった使い方を次世代に教え,実践し,その使用にまつわる危険や有害な使い方について警告しましょう。福音のレンズを通してソーシャルメディアを見ることにより,生活における霊的な日食が起きるのを防ぐことができます。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2コリント9:15
言いつくせない賜物のゆえに、神に感謝する。


「常に感謝する」(英文)、1998年10月、卜一マス・S・モンソン、大管長会
詩篇の第30篇で, ダビデは言いました。「わが神, 主よ, わたしはとこしえにあなたに感謝します。」詩篇30:12

使徒パウロはコリント人への手紙の中で, 「言いつくせない賜物のゆえに,神に感謝する」2コリント9:15と述べ, テサロニケの人には「すべての事について, 感謝しなさい。これが… … 神があなたがたに求めておられることである」1テサロニケ5:18と書き送りました。

兄弟姉妹の皆さん, わたしたちは「言いつくせない賜物」と豊かに注がれる祝福に対して神に感謝しているでしょうか。

アルマの次の言葉について考えてください。「さて, 兄弟たち, 神は民がどの地に住んでいようとも, すべての民を心にかけられることが分かる。まことに, 神は御自分の民を数えておられ… … る。これがわたしの喜びであり,わたしの深く感謝しているところである。わたしはとこしえに神に感謝をささげよう。」アルマ26:37

ロバート・W・ウッドラフは, 一昔前のビジネス界の傑出したリーダーで, 合衆国各地で「人間関係速修コース」と題するセミナーを開きました。彼はその中で, 英語において最も大切な二つの単語は,"Thank you"(ありがとう)であると述べています。

グラシアス, ダンケ, メルシーなど,言語は違っても, 「ありがとう」を頻繁に使えば, 自分の霊は高まり, 友情の輪が広がり, 皆さんが完成に向かって旅するとき, より高い道を歩むことができます。「ありがとう」と言うとき,そこには気取りも偽りもありません。