2コリント10:12
わたしたちは、自己推薦をするような人々と自分を同列においたり比較したりはしない。彼らは仲間同志で互にはかり合ったり、互に比べ合ったりしているが、知恵のないしわざである。
「霊的な日食」2017年10月、ゲーリー・E・スティーブンソン、十二使徒定員会
とても小さな月が壮大な太陽を遮ってその光と温もりを消すことができるように,霊的な日食も起こり得ます。日々の生活の中で出会う,小さくてもやっかいな障害物を近くに引き寄せて,イエス・キリストの光と主の福音が持つ偉大さや輝き,温もりを遮るときに,それは起こります。
ニール・A・マックスウェル長老は,このたとえをさらに掘り下げています。「人の親指ほどの小さなものでさえ,目に近づけると,巨大な太陽が見えなくなります。しかし,太陽は依然としてそこにあります。太陽を見えなくするのは,その人自身なのです。何かを優先して近くに引き寄せすぎると,天が見えなくなってしまいます。」(Neal A. Maxwell, Of One Heart: The Glory of the City of Enoch (1975),19)
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今朝オスカーソン姉妹が話してくれたように,人生における成功は,「いいね」の数や,ソーシャルメディアの「友達」やフォロワーの人数で決まるのではありません。人々と意味のある結びつきをもち,彼らに光を加えることこそが成功なのです。
比較することで気落ちするような,現実を理想化した画像を見たときに,わたしたちがもっと現実に根差し,ユーモアを見いだし,落胆することがないように願っています。
比較はこの時代特有の現象ではなく,過去の時代にも同じでした。使徒パウロは当時の民にこのように警告しました。「彼らは仲間同志で互にはかり合ったり,互に比べ合ったりしているが,知恵のないしわざである。」(2コリント10:12)
理想化されたバーチャルの自分を映し出すためではなく,自分自身を教え,鼓舞し,周りの人を高め,最善を尽くすよう励ますために,適切かつ霊感を受けた方法でテクノロジーを用いましょう。また,テクノロジーの義にかなった使い方を次世代に教え,実践し,その使用にまつわる危険や有害な使い方について警告しましょう。福音のレンズを通してソーシャルメディアを見ることにより,生活における霊的な日食が起きるのを防ぐことができます。
