「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -337ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2コリント9:6
わたしの考えはこうである。少ししかまかない者は、少ししか刈り取らず、豊かにまく者は、豊かに刈り取ることになる。


「無私の奉仕」2009年4月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会
今の時代,世の中が求めているのは,何もしないで見返りを得ることです。貪欲という昔からの悪は,権利を主張するときに顔をのぞかせます。わたしは息子なので,娘なので,市民なので,犠牲者なので,あるグループの会員なのでこの権利がある,あの権利があると言うのです。当然の権利という考え方は概して利己的です。多くを求めながら,与えることはほとんど,あるいはまったくありません。この考え方にとらわれると,自分をほかの人よりも上に置くことを願うようになります。そして,人が神から何らかの祝福を受けるときは,それが基づく律法に従うことによるという,神聖で公平な報いの標準から自らを引き離してしまいます教義と聖約130:21参照)

貪欲と権利主張の影響は,ある企業の役員に与えられる何百万ドルものボーナスを見ても明らかです。しかし,貪欲と権利主張の例はさらに広い範囲に及びます。これらのために簡単に借金をする人が増え,過度の消費主義が広がり,全世界を脅かしている経済危機につながっているのです。

貪欲と利己心のもう一つの例がギャンブルです。かけ事をする人は,自分では最小限の投資しかせずに,他人から取り上げることで大きな利益を期待します。どのような形で装っていても,何もしないで見返りを得る行為は,福音にある収穫の律法に反します。「人は自分のまいたものを,刈り取ることになる。」ガラテヤ6:72コリント9:6も参照)

この世の価値観は「自分さえよければいい」と教えますが,それは間違っています。この堕落した姿勢は,何の変化も,成長ももたらしません。また,神が御自身の子供たちのための偉大な計画で示された行く末に到達するための永遠の進歩と相いれません。イエス・キリストの福音の計画は,利己的な欲求を超えたところにわたしたちを引き上げてくれます。そして,自分が将来,何になることができるかということが,人生で最も大切であると教えてくれるのです。

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2コリント4:4
彼らの場合、この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。


「主よ,それはわたしですか」2014年10月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会

愛する兄弟の皆さん,自分の心の中を振り返り,こう簡潔に問いかけてください。「主よ,それはわたしですか」 と。

 

皆さんはわずかでも「祝福に満ちた神の……福音」から離れていませんか。「この福音〔は皆さんに〕委ねられてい〔ます〕。」1テモテ1:11「この世の神」に思いをくらまされて,「キリストの栄光の福音の輝き」が見えなくなっていませんか。2コリント4:4

 

愛する友人,兄弟の皆さん,「わたしの宝はどこにあるのか」と自分に問いかけてください。

 

皆さんはこの世の便利なものに執着していますか。それとも,勤勉なイエス・キリストの教えに心を集中していますか。「あなたがたの宝のある所には,心もあるからで〔す〕。」ルカ12:34

 

神の御霊が皆さんの心の中にとどまっていますか。皆さんはキリストと同胞の愛に「根ざし愛を基として」いますか。結婚生活と家族に幸せをもたらすことに十分な時間と想像力を用いていますか。回復されたイエス・キリストの福音の「広さ,長さ,高さ,深さ」エペソ3:18を理解し,それに従って生活するという崇高な目標にエネルギーを使っていますか。


兄弟の皆さん,「信仰,徳,知識,節制,忍耐,兄弟愛,信心,慈愛,謙遜,〔奉仕〕」教義と聖約4:6というキリストのような特質を伸ばしたいと切に願うならば, 天の御父は皆さんを,多くの人を救うために御手に使われる者としてくださいます。アルマ17:11参照)

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2コリント3:3
そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。



「わたしの名のためにこの家を建てなさい」2020年4月、(教義と聖約124:40)、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会
エズラ・タフト・ベンソン大管長は,贖い主が「人の不死不滅と永遠の命をもたらす」モーセ1:39ために用いられる重要なパターンについて次のように述べています。「主は心の内側から外側に向けて働きかけられますが,この世は外側から内側に向けて働きかけます。この世は貧民街から人々を連れ出そうとしますが,キリストは人々から悪や汚れを取り去り,自分自身で貧民街から抜け出られるようにされます。この世は環境を変えることによって人間を形成しようとしますが,キリストは人々を変え,それによって彼らが自らの手で環境を変えられるようになさいます。この世は人の行動を変えようとしますが,キリストは人の性質を変えることがおできになるのです。」(エズラ・タフト・ベンソン「神によって生まれる」『聖徒の道』1985年10月号,6)

聖約と神権の儀式は,継続的な霊的再生と改心のプロセスの中心をなすもので,心の内側から外側に向けて主が一人一人に働きかけられる手段です。聖約を確固として尊び,常に心に留め,「生ける神の霊によって……心の板に」書き記すことにより,2コリント3:3目的を持ち,現世と永遠の世で祝福を受ける確信を得られます。ふさわしい状態で儀式を受け,それを絶えず心に留めることで,天の窓が開かれ,神性の力がわたしたちの生活に注がれるのです。

わたしたちは世の悪から身を隠し,逃避するために神殿に参入するのではありません。そうではなく,悪の世に打ち勝つために神殿に参入するのです。神権の儀式を受け,神聖な聖約を交わして守ることによって,自分の生活の中に「神性の力」を招くとき,教義と聖約84:20-21参照)自分が持つ以上の力を天より受けて,(「われ主を愛して『賛美歌』134番参照)死すべき世の様々な誘惑と問題に打ち勝ち,善を行って善い人になることができます。