「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -280ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1ニーファイ11:17
それでわたしは、「わたしは、神がその子供たちを愛しておられることは知っていますが、すべてのことの意味を知っているわけではありません」と言った。


「愛の腕の中に抱かれて」2002年10月、ニ一ル・A・マックスウェル、十二使徒定員会
兄弟姉妹の皆さん,混乱の時代に生きるわたしたちも,聖なる場所に立って動かされないことが可能です教義と聖約45:3287:8参照)。暴力の時代にあっても,人知で、はとうてい計り知ることのできない内なる平安を手に入れることができますピリピ4:7参照)。理解を超えることが起きたとしても,ニーファイのように,神がわたしたちを愛しておられることが分かりますし,神の愛というこの至福の根本的な事実さえ確信していれば,多くの困難を乗り切ることができます1ニーファイ11:17参照)

どうしたら,神がわたしたちを心にかけ,愛しておられることが分かるのでしょうか。神は聖文を通して語りかけられます。また,生活の中で受けている祝福と恵みを誠実な心で数え上げることも助けになります。そして何よりも,神は御霊の静かな細い声を通してその愛を伝えられるのですアルマ34:38教義と聖約78:17-19参照)

……

それでは兄弟姉妹,神をもっと知り,愛することを妨げているものは何なのでしょうか。それは,すべての罪を捨てようとせず,とりあえずわずかな悔い改めだけで十分だと考えることです。同様に,神の御心に自分の意志をのみ込ませる,つまり完全に従わせようとせず,神の御心を認めるだけで十分だと考えることですモーサヤ15;7参照)

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1ニーファイ11:16-17
すると天使はわたしに、「神が御自身を低くされることがあなたに分かるか」と言った。 それでわたしは、「わたしは、神がその子供たちを愛しておられることは知っていますが、すべてのことの意味を知っているわけではありません」と言った。



「堅固な土台」2002年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
しかし、堅固な土台を築くならば、たとえ容易に答えが見つからないような疑問に直面しても、主に助けを求めることができます。詩人がこのことを次のように詠んでいます。

「あなたはどのような御方なのか、わたし知らない。

けれども、これだけは知っている。

あなたは銀を敷き詰めた

プレアデス星団を造られた。

あなたは気ままに吹く

風を放たれた。

あなたは夜と昼の間に

はっきりとした壁を置かれた。

あなたは花を咲かせ、

星をきらめかせられた。

まばゆいばかりの金の鉱石を

地中に隠された。

しかし、あなたの行われた最大の不思議、

あなたの計画の頂に立つのは

主を求める心を

人に置かれたことだ。」(ジェームズ・ダルトン・モリソン編、Masterpieces of Religious Verse(1948年)、46-47に集録のハリー・ケンプ、“God the Architect”)

わたしたちはあらゆることを知っているわけではありませんが教義と聖約101:32-34121:29-32も参照)、神が生きておられること、わたしたちを愛しておられることを知っています。1ニーファイ11:16-17参照)わたしたちは確固とした土台に立っているならば、神に助けを求めて、人生の重荷を負い、堪え忍ぶための力を得ることができます。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

1ニーファイ8:23-24
そこで、暗黒の霧が起こった。まことに、非常に深い暗黒の霧であったため、道を歩き始めていた人々は道を見失い、迷って姿が見えなくなってしまった。 そして、わたしはまた、押し進んで来るほかの人々を見たが、この人々は進んで来て、鉄の棒の端をつかんだ。そして彼らは、鉄の棒にすがりながら暗黒の霧の中を押し進み、ついに進んで来てその木の実を食べた。


「またこの地に預言者たちが」2006年10月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
総大会のメッセージと意義に対するわたし自身の証(あかし)と感謝という形で,年に2度開かれるこの集会が全世界に宣言している,3つの事柄について提案させてください。

第1に,この集会は,主の御名(みな)によって語る生ける預言者がいにしえの時代と同様この地上に存在するということを,積極的にまたはっきりと宣言しています。このような導きをわたしたちはどれほど必要としていることでしょう。今わたしたちは,荒れ狂う困難な時代に生きています。世界各地では戦争を,国内では悲惨な事件を目の当たりにしています。至る所で人々は,個人的な苦悩と家族の悲哀に直面しています。大勢の人々がありとあらゆる種類の不安や問題を抱えています。このような状況からわたしたちはあることを思い起こします。リーハイの命の木に関する示現の中で,あの暗黒の霧が鉄の棒に沿って進んでいく人々を包んだとき,暗黒の霧はそこにいたすべての人々,不義な人々だけでなく義人も,年を重ねた人々とともに若人も,新会員とともに教会歴の長い人々も皆同様に,すべての人々を包みました。この象徴的な夢では,すべての人々が反対のものと苦難に直面しています。そして,鉄の棒,すなわち神から宣言された御言葉(みことば)以外に彼らを安全へと導くことのできるものはありません。すべての人々がこの棒を必要としています。すべての人々がこの言葉を必要としているのです。この鉄の棒がなければ,だれ一人として安全は得られません。なぜなら,この鉄の棒がなければ,聖文に言われているように,だれもが「禁じられた道に踏み込んで姿が見えなくなって」しまうからです。1ニーファイ8:2823-24節も参照)この2日間,この大会で神の御声(みこえ)を聞き,この鉄の棒の力を感じたわたしたちはどれほど感謝すべきでしょうか。