1ニーファイ8:23-24
そこで、暗黒の霧が起こった。まことに、非常に深い暗黒の霧であったため、道を歩き始めていた人々は道を見失い、迷って姿が見えなくなってしまった。 そして、わたしはまた、押し進んで来るほかの人々を見たが、この人々は進んで来て、鉄の棒の端をつかんだ。そして彼らは、鉄の棒にすがりながら暗黒の霧の中を押し進み、ついに進んで来てその木の実を食べた。
「またこの地に預言者たちが」2006年10月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
総大会のメッセージと意義に対するわたし自身の証(あかし)と感謝という形で,年に2度開かれるこの集会が全世界に宣言している,3つの事柄について提案させてください。
第1に,この集会は,主の御名(みな)によって語る生ける預言者がいにしえの時代と同様この地上に存在するということを,積極的にまたはっきりと宣言しています。このような導きをわたしたちはどれほど必要としていることでしょう。今わたしたちは,荒れ狂う困難な時代に生きています。世界各地では戦争を,国内では悲惨な事件を目の当たりにしています。至る所で人々は,個人的な苦悩と家族の悲哀に直面しています。大勢の人々がありとあらゆる種類の不安や問題を抱えています。このような状況からわたしたちはあることを思い起こします。リーハイの命の木に関する示現の中で,あの暗黒の霧が鉄の棒に沿って進んでいく人々を包んだとき,暗黒の霧はそこにいたすべての人々,不義な人々だけでなく義人も,年を重ねた人々とともに若人も,新会員とともに教会歴の長い人々も皆同様に,すべての人々を包みました。この象徴的な夢では,すべての人々が反対のものと苦難に直面しています。そして,鉄の棒,すなわち神から宣言された御言葉(みことば)以外に彼らを安全へと導くことのできるものはありません。すべての人々がこの棒を必要としています。すべての人々がこの言葉を必要としているのです。この鉄の棒がなければ,だれ一人として安全は得られません。なぜなら,この鉄の棒がなければ,聖文に言われているように,だれもが「禁じられた道に踏み込んで姿が見えなくなって」しまうからです。(1ニーファイ8:28;23-24節も参照)この2日間,この大会で神の御声(みこえ)を聞き,この鉄の棒の力を感じたわたしたちはどれほど感謝すべきでしょうか。
