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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ21:11-12

そしてその日、主は再び、残されている御自分の民の残りの者を、アッスリヤ、エジプト、パテロス、クシ、エラム、シナル、ハマテ、および海の島々から元に戻す業を始められる。

12 主はもろもろの国民のために旗を掲げ、イスラエルの追放された者を集め、ユダの散らされた者を地の四方から集められる。

 

 

「神に勝利を」2020年10月、ラッセル・M・ネルソン大管長

ですから,最近新たな洞察に至ったときのわたしの喜びは容易に想像できるでしょう。ヘブライ語の二人の学者の助けを受けて,わたしはイスラエルという言葉のヘブライ語の意味が「神に勝利を得させよ」(See Bible Dictionary, “Israel.”)であると知りました。したがって,イスラエルという名前はまさしく,人生の中で進んで神に勝利を得ていただこうとする人を指すのです。この概念に魂を揺さぶられました!

 

……

 

イスラエルという言葉のヘブライ語の定義を念頭に置くと,イスラエルの集合が新たな意味合いを帯びることが分かります。主は,人生の中で進んで神に勝利を得ていただこうとする人々を集めておられるのです。主は,神を人生の中の最も重要な影響力とすることを選ぶ人々を集めておられるのです。

 

何世紀にもわたり,預言者たちはこの集合について預言し,イザヤ11:11-122ニーファイ21:11-12モーサヤ15:11参照)今まさにそれが実現しています!主の再臨に欠かせない前触れである集合は,世界で最も重要な業なのです。

 

福千年に先立つこの集合は,大勢の人々が信仰と霊的な勇気を増していく,一人一人の物語です。そして,末日聖徒イエス・キリスト教会の会員,すなわち「末日の聖約のイスラエル」であるわたしたちは,(See Encyclopedia of Mormonism (1992), “Covenant Israel, Latter-Day,”)この重要な業において主を補佐するよう命じられています。(「わたしの宝」出エジプト19:5マラキ3:17),「わたしの宝石」教義と聖約101:3,「聖なる民」出エジプト19:6申命14:226:18詩篇135:4も参照)

 

幕の両側のイスラエルの集合について語る際,もちろん,それは伝道,神殿,家族歴史の業を指します。そして,ともに生活し,働き,仕える人々の心に宿る信仰と証を育むこともこれに含まれています。だれかが聖約を交わし,それを守れるよう助けるために何かを行うときはいつでも,それが幕のどちら側であろうと,イスラエルの集合を助けているのです。

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ21:6、9

おおかみは子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛と若いライオンと肥えた若い家畜はともにいて、幼い子供がこれらを導く。…彼らはわたしの聖なる山のどこにおいても、害を与えることも損なうこともない。水が海を覆っているように、主を知る知識が地に満ちるからである。

 

 

「主の再臨に備える」2019年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

主が来られるとき,抑圧や不当な仕打ちは軽減するだけでなく,やむのです。

 

「おおかみは子羊とともに宿り,ひょうは子やぎとともに伏し,子牛と若いライオンと肥えた若い家畜はともにいて,幼い子供がこれらを導く。……

 

彼らはわたしの聖なる山のどこにおいても,害を与えることも損なうこともない。水が海を覆っているように,主を知る知識が地に満ちるからである。」2ニーファイ21:6,9イザヤ11:6,9も参照)

 

貧困と苦難は減少するだけでなく,消え去るのです。

 

「彼らは,もはや飢えることがなく,かわくこともない。太陽も炎暑も,彼らを侵すことはない。

 

御座の正面にいます小羊は彼らの牧者となって,いのちの水の泉に導いて下さるであろう。また神は,彼らの目から涙をことごとくぬぐいとって下さるであろう。」黙示7:16-17

 

死の痛みや悲しみでさえも取り除かれるのです。

 

「その日には,幼児は年を取るまで死ぬことはない。そして,人の生涯は木の寿命のようである。

 

また,人は死ぬときに眠ることなく,すなわち地の中に眠ることなく,一瞬のうちに変えられて引き上げられる。そして,彼の安息は栄光あるものとなる。」教義と聖約101:30-31

 

ですから,苦痛や悲しみを和らげるために今わたしたちができるすべてのことを行おうではありませんか。そして,痛みと悪が完全に終わりを告げる日,すなわち「キリストが自ら地上を統治され……,そして地球は更新されて楽園の栄光を受ける」ときのために必要な備えができるよう,さらに熱心に自らをささげようではありませんか信仰箇条1:10

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ21:6

おおかみは子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛と若いライオンと肥えた若い家畜はともにいて、幼い子供がこれらを導く。

 

 

「われに近づけ」(英文)1985年10月、J・トーマス・ファイアンズ、七十人定員会

ニーファイ第二書の21章6節に,「幼い子供がこれらを導く」とあります。私たちが幼な子のような純粋な信仰をもって天父のみもとへ行き,天父が私たち一人一人に抱いておられる愛を受け入れたとしたら, 天父の喜びはいかばかりでしょうか。天父は私たちがみもとへ行くことを望んでおられます。そして私たちがそのようにするときに,ご自身の方から私たちに近づいてくださると約束されました。教義と聖約にはこのようにあります。「わたしに近づきなさい。そうすれば、わたしはあなたがたに近づこう。」(教義と聖約88:63)これこそ,天父が私たちのために用意しておられるすばらしい祝福にあずかるようにとの天父のお招きなのです。

 

加えて主は,どのようにしたら主を見いだすことができるかを教えてくださっています。そこを読んでみましょう。「熱心にわたしを求めなさい。そうすれば、あなたがたはわたしを見いだすであろう。求めなさい。そうすれば、与えられるであろう。たたきなさい。そうすれば、開かれるであろう。」(教義と聖約88:63) 求め,たたくのです。この聖句の教えを通して, 主はご自身に近づくためにしなければならないことを示してくださいました。私たちは聖典の研究と予言者の声に耳を傾けることによって主を求め,そのことを通して主や主の永遠の計画について学ぶのです。また,私たちは祈りを通してみたまの導きを求め,それを受けます。そしてたたくとき,戒めを守ることによって永遠の生命を得,主のみもとに帰ることができるのです。