「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -259ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ24:12-15

おお、暁の子ルシフェルよ、あなたはどうして天から落ちたのか。もろもろの国々を打ちのめしたあなたが、地に切り倒されるとは。 あなたはかつて心の中で言った。「わたしは天に昇り、わたしの王座を神のもろもろの星よりも高くしよう。また、北の果てにある集会の山に座そう。

 わたしは雲の頂に昇り、いと高き者のようになろう。」 しかし、あなたは地獄に落とされ、穴の底に入れられる。

 

 

「高ぶりを心せよ」(英文)1989年4月、工ズラ・タフト・ベンソン大管長

前世の会議において、あの「暁の子」ルシフェルが投げ落とされたのは、その高慢さのゆえでした。(2ニーファイ24:12-15; 教義と聖約76:25-27; モーセ4:3参照)

 

神がこの世の終わりに火で地を清めるとき、誇り高ぶる者はわらのように焼かれますが、柔和な人は地を受け継ぎます。(3ニーファイ12:5; 25:1; 教義と聖約29:9; ジョセフ・スミス1:37; マラキ4:1参照)

 

主は教義と聖約の中で何度か、この高ぶりに注意するようにと命じておられます。その中には、教会の第二の長老であるオリヴァ・カウドリと、予言者の妻であるエマ・スミスに対する警告もあります。(教義と聖約23:1; 25:14; 38:39参照)

 

高慢は、はなはだしく誤った解釈をされている罪であり、多くの人が無意識のうちにこの罪を犯しています。(モーサヤ3:11; 3ニーファイ6:18参照) 聖典の中には、義にかなった高ぶりというようなことを教えている箇所はひとつもありません。高慢は常に罪と見なされています。ですから、世の中でこの言葉がどのように使われているかは問題ではありません。私たちが理解しなければならないのは、神がこの言葉をどのように使われているかです。そうすれば聖典の言葉を理解して、その恩恵にあずかることができるのです。

 

ほとんどの人は、高慢というと「自己中心」「うぬぼれ」「自慢」「尊大」「傲慢」などの言葉を思い浮かべます。確かにこれらはみな、高慢の罪の中に数えることができますが、核心となるものが抜けています。高慢の中心をなすのは「敵対心」、すなわち神と同胞に対する敵対心です。敵対心は「憎悪、敵意、反感」などを意味します。サタンは、この力によって私たちを支配しようとします。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ22:3

それゆえ、あなたがたは喜んで、救いの井戸から水をくむ。

 

 

「家族の中に信仰を回復する」2008年4月、ケネス・ジョンソン、七十人

永遠の原則を理解し,その原則に従って生活することにより,人生のあらゆる側面で得られる自由と幸福を決して忘れてはなりません。永遠の福音の原則は,実り多い,幸福な人生を築く確かな土台を与えてくれるのです。教義と聖約68:25-28参照)

 

御父の計画に定められた規範に従うことで,わたしは「幸福に暮ら〔す〕」こと2ニーファイ5:27と「喜んで,救いの井戸から水をくむ」2ニーファイ22:3ことの意味を,身をもって知ることができました。

 

救い主は教えられました。「わたしがきたのは,羊に命を得させ,豊かに得させるためである。」ヨハネ10:10

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ21:11-12

そしてその日、主は再び、残されている御自分の民の残りの者を、アッスリヤ、エジプト、パテロス、クシ、エラム、シナル、ハマテ、および海の島々から元に戻す業を始められる。

12 主はもろもろの国民のために旗を掲げ、イスラエルの追放された者を集め、ユダの散らされた者を地の四方から集められる。

 

 

「神に勝利を」2020年10月、ラッセル・M・ネルソン大管長

ですから,最近新たな洞察に至ったときのわたしの喜びは容易に想像できるでしょう。ヘブライ語の二人の学者の助けを受けて,わたしはイスラエルという言葉のヘブライ語の意味が「神に勝利を得させよ」(See Bible Dictionary, “Israel.”)であると知りました。したがって,イスラエルという名前はまさしく,人生の中で進んで神に勝利を得ていただこうとする人を指すのです。この概念に魂を揺さぶられました!

 

……

 

イスラエルという言葉のヘブライ語の定義を念頭に置くと,イスラエルの集合が新たな意味合いを帯びることが分かります。主は,人生の中で進んで神に勝利を得ていただこうとする人々を集めておられるのです。主は,神を人生の中の最も重要な影響力とすることを選ぶ人々を集めておられるのです。

 

何世紀にもわたり,預言者たちはこの集合について預言し,イザヤ11:11-122ニーファイ21:11-12モーサヤ15:11参照)今まさにそれが実現しています!主の再臨に欠かせない前触れである集合は,世界で最も重要な業なのです。

 

福千年に先立つこの集合は,大勢の人々が信仰と霊的な勇気を増していく,一人一人の物語です。そして,末日聖徒イエス・キリスト教会の会員,すなわち「末日の聖約のイスラエル」であるわたしたちは,(See Encyclopedia of Mormonism (1992), “Covenant Israel, Latter-Day,”)この重要な業において主を補佐するよう命じられています。(「わたしの宝」出エジプト19:5マラキ3:17),「わたしの宝石」教義と聖約101:3,「聖なる民」出エジプト19:6申命14:226:18詩篇135:4も参照)

 

幕の両側のイスラエルの集合について語る際,もちろん,それは伝道,神殿,家族歴史の業を指します。そして,ともに生活し,働き,仕える人々の心に宿る信仰と証を育むこともこれに含まれています。だれかが聖約を交わし,それを守れるよう助けるために何かを行うときはいつでも,それが幕のどちら側であろうと,イスラエルの集合を助けているのです。