「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -255ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ31:15

わたしはまた、御父がこう言われる声を聞いた。「まことに、わたしの愛する者の言葉は真実であり、確かである。最後まで堪え忍ぶ者は救われる。」

 

 

「キリストの教義を信頼する」2023年4月、エバン・A・シュムツ、七十人

ニーファイは,記録に最後の言葉を刻む作業を終えるところでした。「さて,わたしの愛する同胞よ,わたしはこれでわたしの言葉を終える」と記したのです。2ニーファイ30:18しかしその後間もなく,御霊はニーファイに,記録を再開して結びの言葉を書き足すよう強く促しました。そこでこの偉大な預言者は,聖霊の力強い影響の下,再び尖筆を手に取りこう刻んだのです。「しかし,これまで書き記してきたことで十分である。ただ,キリストの教義については少し述べておかなければならない。」2ニーファイ31:2

 

この「少し」2ニーファイ31-32章参照)という言葉に対して,また,それらを書き記すようにとニーファイを駆り立ててくださった御霊に対して,わたしたちはどれほど永遠の感謝の念を抱いていることでしょう。キリストの教義に関するニーファイの論考は,それをよく味わう人々にとっての宝物となります。そこには,救い主のバプテスマの示現2ニーファイ31:7-8参照)に加え,御自身に従い2ニーファイ31:10参照),「〔御自身〕が行うのを見たそのことを〔行う〕」ようにとすべての人を招かれる御子の声2ニーファイ31:12が記録されています。また,キリストを信じる信仰を持って心から罪を悔い改め,救い主に従ってバプテスマの水に入る人は「聖霊を受ける。すなわち,そのとき火と聖霊によるバプテスマを受ける」というニーファイの証が含まれています。2ニーファイ31:13さらに,御父が証される声も聞こえてきます。「まことに,わたしの愛する者の言葉は真実であり,確かである。最後まで堪え忍ぶ者は救われる。」2ニーファイ31:15

 

 

 

Cristo by Jorge Cocco Santangelo

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

 

2ニーファイ31:13

したがって、わたしの愛する同胞よ、もしあなたがたが十分に固い決意をもって御子に従い、神の前に決して偽善と欺きを行うことなく誠意をもって行動し、罪を悔い改め、バプテスマによって、まことに、あなたがたの主であり救い主である御方に従い、主の言葉のとおりに水に入り、バプテスマを受けることによって、キリストの名を喜んで受けることを御父に証明するならば、見よ、そのとき、あなたがたは聖霊を受ける。すなわち、そのとき火と聖霊によるバプテスマを受ける。するとあなたがたは天使の言葉で語り、イスラエルの聖者に賛美の声を上げることができるのである。わたしはそれを知っている。

 

 

「人生にとって霊的に重要な記憶」2020年4月、ニール・L・アンダーセン、十二使徒定員会

ラッセル・M・ネルソン大管長は最近,このように述べました。「次の重要な質問を深くまた頻繁に考えてください。あなたは主の声をどのように聞くことができますか?また,より鮮明で頻繁に主の声を聞くために行動してください。」(ラッセル・M・ネルソン「主の声をどのように聞くことができますか?」特別な招き,2020年2月26日)大管長は今朝,その招きを繰り返しました。

 

わたしたちは,祈りや家庭,聖文,賛美歌の中で,また,ふさわしい状態で聖餐を受けるときや自分の信仰を宣言するとき,周りの人に仕えるとき,信者の仲間とともに神殿に参入するときに主の声を聞きます。人生にとって霊的に重要な瞬間は,よく祈りながら総大会の話を聞くとき,また,戒めをよりよく守るときに訪れます。そして子供の皆さん,このような経験は皆さんのためのものでもあります。イエスが「子供たちを……教え導き,……子供たちは大いなる驚くべきことを……語った」ことを思い出してください。3ニーファイ26:14主は言われました。

 

「〔この知識〕は,わたしの御霊によってあなたがたに与えられている……。わたしの力によらなければ,あなたがたは〔これ〕を得ることはできない。そのために,あなたがたは,わたしの声を聞いたこと,そしてわたしの言葉を知っていることを証できるのである。」教義と聖約18:35-36霊的な知識には必ず感情が伴います)

 

救い主の比類のない贖いの祝福のおかげで,わたしたちは「主の声を聞く」ことができるのです。

 

人生にとって重要な瞬間が訪れる時期を自分で選ぶことはできませんが,それに備えることについてヘンリー・B・アイリング管長は次のように助言しています。「今晩と明日の晩,皆さんは祈り,深く考えながら,次の質問を自分に問いかけるかもしれません。『神はわたし個人に向けてメッセージを送られただろうか。自分自身や〔家族〕の生活に神の御手を見ただろうか。』」(ヘンリー・B・アイリング「記憶にとどめ,覚えておきなさい」2007年10月)信仰,従順,謙遜,誠意によって天の窓は開かれます。(2ニーファイ31:13モロナイ10:4参照)

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ31:6-7

そこで、わたしの愛する同胞よ、神の小羊は水でバプテスマをお受けになることによって、どのようにあらゆる義を満たされたのか、わたしはあなたがたに尋ねたい。あなたがたは小羊が聖くあられたことを知らないのか。しかし小羊は、聖いにもかかわらず、肉においては御父の前にへりくだることを人の子らに示される。そして、御父の戒めを守ることについて御父に従順であることを、御父に証明されるのである。

 

 

「なぜ聖約の道なのか」2021年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

第一に挙げるのは,わたしたちの神への従順の本質です。わたしたちは,ただ善意を持つだけではなく,神の口から出る一つ一つの言葉に従って生きると厳粛に決意します。バプテスマを受けることによって「聖いにもかかわらず,肉においては御父の前にへりくだることを人の子らに示される。 そして,御父の戒めを守ることについて御父に従順であることを,御父に証明される」イエス・キリストの模範に従うのです。2ニーファイ31:6-7参照)

 

聖約を交わしているわたしたちは,単に間違いを犯さないように常に注意したり,賢明な判断を下すよう心がけたりするだけではなく,自分の選択と生き方について神に対して責任を感じています。わたしたちはキリストの御名を受けます。キリストに心を向けて,イエスの証に雄々しくあり,キリストの特質を育んでいます。